神々の山嶺

エピソード8:お母様をなんと心得る

 神々の山嶺と呼ばれる地域がある。


 書物にこそ残っていたが、モンスターの蔓延る世界でその実在を確かめる人も、その余裕もなかった。


 悪魔神と呼ばれたアークマシーンの戦いの後、もっとも変わったのは人の心の有り様だった。


 それは感覚的な物言いをすれば、学生が学校という空間から出ることができず、行き場のない閉塞感を感じ続けていたのと似ている。


 もしくは田舎からまだ見ぬ都会へ旅立ちたいと願う心か。


 アークマシーンという大きな災厄が地域や国だけで完結した枠組みを壊し、人は世界そのものがとんでもなく広いことを知った。


 ニューグラン王国、シュトナイダー帝国、フリードハーモニー自治区。

 かつて王国や帝国、共和国と教導国だけが世界の全てで、それ以外の領域はアークマシーンに全て滅ぼされている。

 そう思われていた。


 それを冒険者……探検家とでも言おうか。

 フリードハーモニー自治区の探検家が神々の山嶺と呼ばれた地の向こうに、生き残っている人々の存在を確認した。


 探検家は言った。

 生きることは未知との遭遇である。

 未知は恐怖でもあり、喜びでもある。

 未知の先に誰もが真実を知る、と。


 世界は滅びてはいなかったのだ。


 調査は慎重に進められ、大規模な調査団が過去に2回。

 今回で3回目の500人ほどの大規模調査団が送られることになった。


 そのメンバーの中に、ハバネロ公爵第2夫人の私の名があった。

 ……っていうか、総責任者という立場で。


 いくつかの集団と小さな国とも言えるほどの規模の集落地も発見され、今度の調査ではそことの交渉も兼ねており、外交権限を持つ人物が送り込まれることとなった。


 それが私である。

 いま、誰か人選ミスじゃないか、とか言った?

 言ってない?


 これでも私は人から争う気を無くすとまで言われるほどの交渉上手なのだ。

 荒事にも慣れていて、まさに未開の地での交渉にはうってつけなのだ。


 そんな私が双子の娘を産んで5年の月日が経った。


 私が産んだ2人の娘、セリエとターニャは元気にすくすく成長した。

 姫様が産んだ2人の兄にあたるアレイリオも元気だ。


「お兄様ァァアアアアア!」

「兄さま……」

 セリエとターニャがいつも通りアレイリオにしがみつく。

 そう、しがみついているのだ。


「セリエ、ターニャ、動きづらい……」

「当然です! お兄様と私たちは一蓮托生、運命共同体、前世からの永遠の絆、運命の幼馴染でございますわよ!」

「……他の女には近寄らせない」


 世界の人口はここ最近増え始めているが、いまだに1000万人を超えたかどうか。

 それより下回ると世界は緩やかに滅びるしかなくなる。


 しかし当然、同腹の兄妹では結婚は認められていないし、遺伝子上や成長過程においての問題により、近親相姦は忌避されることであることは変わらない。


 それでも例外的にではあるが、異母兄妹などの関係では結婚が認められている。

 我が娘たちは一歩間違えば、絶望的な禁忌の関係に至るところであったのを免れたのは不幸中の幸いだろう。


 これは世界人口が緩やかに改善に向かうであろう数十年後となれば、改めて禁止となる可能性は高いが、少なからずいま彼ら彼女らにとってそれが合法であることが1番である。


「これこれ娘たちよ、そんなに引っ付いては鬱陶しくてアレイリオに嫌われますぞ」

 私はそんなヤンデレを匂わす娘たちをやんわりとたしなめる。


「母さんは黙っててください!」

「……そう、これは女の戦い。邪魔」

 そう言って私の言葉を無視して、定位置であるアレイリオの腕にそれぞれしがみつく。


「お母様に向かってその口の聞き方はなんじゃァァアアアアアアアア!!」

「きゃぁああ!」

「……わー!」


 暴れる母娘3人を見ながら、5歳のアレイリオはやんわりと言う。


「まあまあ、メラクル母様。セリエもターニャも安心して。そんなにしがみついたりしなくても僕は2人を手離したりはしないよ」


 アレイリオは本当に5歳!?


 生まれながらにしてのスケコマシなのか、それとも実はゲームの記憶が引き継がれた転生者とかあるんじゃない!?


 私の目が点になっていると、私の拘束を抜け出した娘たちが再びアレイリオに駆け寄る。


「お兄様……」

「兄さま……!」


 2人は感極まった表情でまたアレイリオにしがみつく。

 アレイリオは仕方ないなぁと呟きながらされるがままになっている。


 そこに。


「アレイリオの言う通りだ。そんなことでアレイリオは2人から離れたりしないな」

「ですから手を離してやってあげて。自由を奪い合う関係はお互いにとって不幸でしかないですから」


 廊下の先からハバネロと姫様が並んで歩いてくる。

 姫様の腕には一歳になるアレイリオの妹メイヤーが抱かれている。


「「お父様、お母様!」」

 我が娘2人はハバネロと姫様に気づくと、アレイリオの両サイドに立ち、5歳にして完璧な淑女の礼を返す。


 おい、娘たち。

 実の母とのその態度の差はなんじゃァァアアアアアアアアアアアア!!

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