エピソード7:ハバネロ入り激辛まんじゅう

 そういえば、2日徹夜でユリーナが無理矢理連れ出すほど疲れてたわ、ははは、ハハハ、はぁ……。


 仕事も色々片付いた。

 しばらくは休もう。


 セリーヌはそんな疲れ切った俺を目を丸くして見つめ口を開く。


「あらあら、まあまあ! こんなイケメンさんだなんてぇ〜! あらやだ、それであんなにイチャイチャしてて? あらぁ〜、噂ってほんとアテにならないものね!」

「アリガトウゴザイマス……」


 噂はどうせ、いつも通りのものだろう。

 あえて聞くまでもない。


 黙っていれば女神のごとく貴婦人なのに、口を開けばこんな感じである。

 そこにメラクルとの血の濃さを強く感じてしまった。


「それに比べてメラクル!」

「ひょっ!? マミー、なに?」


 急に話を振られ、目を丸くして身体を起こすメラクル。

 先ほどのセリーヌと同じ表情。


「あわわわわ!」

 その隣でコーデリアがさらに慌てた様子を見せる。


 いや、いいんだ、コーデリア。

 わかってるから、もうなにも言わんでいい。


「あなたの旦那はいつ紹介してくれるのかしら? 妊娠した〜とか連絡しただけで、どこの誰が相手とも言わないで……まさか、言えない相手なのかしら!?」

「アハハ……」


 笑って誤魔化そうとするメラクル。

 そこを誤魔化す必要なくないか!?


「おばさま、メラクルはレッドの第2夫人です」

 疲れ切った俺の代わりに、すでに心構えを済ませていたユリーナがやんわりと真実を告げる。


 セリーヌは目を丸くして、俺を見てユリーナを見て、メラクルを見て、ついでにコーデリアを見て、再度俺を見て。


 そして、戸惑いを隠せない表情で言った。


「……えっ、不倫?」

「違います」

 即座に否定する俺。


「えっ、寝取り?」

「違います」

 断固として違う。


「……ハーレム?」

「……違います。皇宮に囲われる意味でのハーレムでもありません。ついでに言えば愛人などの非公式な立場ではなく、公爵夫人として表に立つ正式な立場です」


 一部の例外や物語が先行してイメージをつけてしまったせいで、複数の妻を持つことに良いイメージは持たれないことは多い。

 しかし、これは制度としてしっかり確立されたものだ。


「……形だけの?」

 母として心配するところはあるだろう。

 誰かに答えるには気恥ずかしさはあるが、誤解の種はどこにでもある。

 ここははっきりと否定しておく。


「……2人とも心より愛しております。遊びでもなければ貴族としての形だけのものでもありません」


「そうよ〜、玉の輿こしなのよ」

「おまえは黙っててくれ、ポンコツ娘」

「酷い!」


 寝転んだままでのんびり言いのけるメラクル。

 実家に帰った安心感で、より一層ダラけている。


「そもそも、おまえがちゃんと伝えていればこうならなかっただろうが!」


 メラクルの隣で座るコーデリアは引き続き泡を食ったままだ。

 コーデリアはこうなることを最初から予想していたのだろう。

 そこでメラクルが困ったように反論する。


「いや、でもさぁ。一般庶民の中では、あんたはまだやり手で有能だけど極悪非道のハバネロ公爵の印象が強いから、その嫁になったというだけだと心配されるでしょ?」


「アア、ウン、ソウダネ」

 その通りなので否定できない、まったくもってその通りだ。

 つい先ほどユリーナもセリーヌに涙ながらに心配されたところだったし。


 悪逆非道の悪名はずっとついて回るんだなぁと遠い目をすると、ユリーナがそっと俺の手を握ってくれた。


 押し倒していい?

 あ、ダメ? そうだよねー。


 目で会話する俺たち。

 セリーヌはそんな俺たちの様子を見て……ふっと柔らかく笑った。


 それから見惚れるような淑女の礼を俺に向けて告げる。


「失礼いたしました。改めましてメラクルの母、セリーヌ・バルリットでございます。公爵様に置かれましては、このような粗末な家にまでお越しいただき感謝の念が絶えません」


 このオンオフの切り替えの凄まじさは血のなせる技か。

 最初からこれで見ていれば確実に騙される。


「いや、こちらも急な来訪ですまなかった。それもこれも……」


 俺は立ち上がり、メラクルのそばに。

 およっと身体を起こすメラクルのこめかみをぐりぐりと、痛くないように優しく。

「いだだだ!」

「我が妻が急に実家に来いとか言い出すから……痛くしてねぇだろ!」


「あらあら……」

 嬉しそうにセリーヌは笑う。

 俺たちの関係が支配するしないの関係ではないことがわかったからだろう。


 そしてセリーヌは俺に深く頭を下げる。

「不肖の娘ではありますが、メラクルをどうぞよろしくお願いします」

「うむ、こちらこそ今後ともよろしく頼む」


 頭をあげたセリーヌはニコッと笑い、嬉しそうにユリーナに声をかける。


「でもまさか、ユリーナちゃんとメラクルが同じ旦那様に嫁ぐなんてねぇ〜。でもそうでないとうちの娘なんて、嫁の貰い手なんてなかったものね!」


「母ちゃん!?」

 メラクルが慌てて母の口を塞ごうとして転けそうになるのを咄嗟に支える。


「おっと……」

「あ、ありがとハバネロ……」

 俺に抱き抱えられ、赤くなるメラクル。


「あらあら、まあまあ……」

 わざとらしく口元に手で隠し驚くセリーヌ。


 そこに。


 仕事帰りのメラクル父、ロッドフェルト・バルリットが帰って来る。

 ロッドフェルトは部屋の中を無表情で見回し……。


「ハバネロ公爵閣下ーーーー! 大変失礼いたしましたァァアアアアア!!!」


 早業である。


 事情もわからないであろうに、部屋の中の配置、各人の性格により状況を素早く組み立て判断し、迷わず土下座したのだろう。


 さすがは瞬発力では右に出る者のいないメラクルの父である。


 ああ、うん。

 苦労しているんだね?


「あ、父ちゃん。旦那のハバネロ連れてきたよー」

「メラクル……、いまそういうタイミングじゃないから」

「あわわ……」


 いつも通りのメラクルにユリーナがツッコミ、コーデリアは再度、泡を食う。


 俺はそれを見ながら深くため息を吐く。

 いつも通りのドタバタした状況、だが俺はそれが嫌いではなかった。


 激辛ハバネロ入りの人生すらも肉まんじゅうに詰め込んでしまえば、味わいの一つに過ぎない。

 終わってしまえば、夢に見ることさえできなかった未来がそこにあったのだから。


 こうして俺のメラクル実家への訪問は終わった。

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