エピソード9:メラクル調査団

 娘たちとの涙の別れもなんのその。

 一路、第3回調査団通称メラクル調査団は神々の山嶺に至るふもとの村までやって来た。


 メラクル調査団の命名はハバネロである。

 いい加減に決めたのかと思えば、第3回調査団は言い換えれば第3次調査団とも言う。


 歴史上、言葉の語呂合わせとは不思議なもので、そのタイミングに合わせるように大惨事が起こってしまうものなのだそうだ。


 それを避けるために、最初からこの調査団をメラクル調査団と呼称した方が良いのだと、ハバネロは笑いながらそう言った。


 ハバネロはそんな風にふざけた言い方をしていたが、私を心配してのことであることを私はもう知っている。


「涙の別れって……。先輩、皆と一緒にあっさりと見送られてたじゃないですか。それ以前になにかありました?」


 コーデリアは私の口から出てしまった心の声にツッコミを入れてきた。

 そっとしておくのがマナーだと思うんだ、私としては。


 ハバネロを起こすために旅立ったときとはまるで違う。

 危険がないわけではないが、今生の別れすらも覚悟しての旅ではないのだ。


「なにもないよ? いつも通り娘たちからはアレイリオの両脇を陣取ってハンカチ振ってくれただけ。あとお土産頼まれた。神々の山嶺まんじゅうってあるかなぁー?」

「無いと思いますよ……」


 娘たちよ、母は悲しい。


 そんな軽口を叩きながら、ぱっからぱっから馬に乗って進む。


 私の立場的には馬車で移動が妥当らしいが、神々の山嶺への道は整備されているわけではないので馬車は通れない。

 馬もいくつかの渓谷を引っ張りながら進むしかない。


 メラクル調査団には歴戦の勇であるメラクル隊の面々も一緒だ。

 ちなみに大半はその相手も一緒だ。

 相手が一緒に来ていないのは私とサリーだけだ。


 ……サリーは元から相手がいないが。


 そう考えたところでサリーがくわっと牙をむくように口を開いた。

 おおぉ……、なんとオソロシイ。


「サリーは面白いなぁ〜」


 褐色肌で軽口を叩く案内人のケラハーはよく見ればイケメンともいえるが、サリーをこうやってからかうのでサリーの標的には入っていない。


 ケラハーは神々の山嶺に住まう部族の人間で、今回の調査団の派遣にあたり案内役を買って出てくれた。


 出発してからおよそ1か月、そこから案内役のケラハーが合流してさらに半月。

 ようやく神々の山嶺のふもとにまでたどり着いたのだ。


 ここからさらに半月ほど緩やかに山を登り、山嶺の中に入って行くのだ。


 ケラハーがからかい笑うので、サリーはむすっとして言い返す。


「そうやって笑って見てなさい。私はいまに白馬に乗った王子様をゲット……じゃなくて、彼氏に迎え入れてみせるから!」

「彼氏を迎え入れるってどこにだよ!」

 揚げ足を取るようにケラハーがからかう。


 サリーの中では彼氏と結婚相手はイコールだからそんな言い方になったんだろう。


 もう、ゆっくりお付き合いして見定める歳ではなくなりだしているからだ。


 そんなことを思うと同時にサリーは私の方に顔を向け、くわっと歯をむき出しにして威嚇してくる。

 どう見ても100年の恋も冷めそうな行動である。


 気配だけで威嚇してくるのはやめて!


 少なくとも同じ調査団には目的の王子はいないのだろう。

 すでに私とコーデリア、それにキャリアが出産している。

 周りが結婚して、ましてや子供までいるとなれば焦るのは当然かもしれない。


 私たちの場合、誰もが夫婦仲が良い。

 それだけにより一層サリーの理想はうなぎのぼりである、もうじき登りすぎて竜にでもなりそうだ。


「こういうのは運だからねぇ……」

 キャリアがサリーを見てぼやく。


 クーデルなんかは生まれながらにして運命に導かれたとか言い張るので、サリーからすればどうしようもない。


「まあまあ、そのうちどっかから飛んでくるんじゃない? コウノトリとかが運んで来てさー」

 ケラハーが適当なことを言う。


「むきー! ばかにしてー! コウノトリなら赤ちゃんを先に運んでくるってことじゃないのよ! ふざけんなー!」


 すたすたと坂道を登って先行するケラハーを、その辺で拾ったぺんぺん草片手に走って追いかけるサリー。


 この半月、もはやこの調査団の名物となっている。

 慣れすぎてもはや誰もツッコミを入れないぐらいである。

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