第136話リターン18-ユリーナ・クリストフは男が苦手

「ユリーナ様! 合コン行きましょう!」


 仕事の報告で執務室にやって来たサリーが唐突にそう言い放った。


 ユリーナが仕事の休憩にと、ハバネロの絵姿を眺めながら机の上に突っ伏していたのを見られてしまい、とち狂ったとでも思われたのかもしれない。


 ユリーナは苦笑いを浮かべながら、素知らぬ顔で顔を起こしながら、絵姿を横に押し退けて隠しながらそれに返す。


「行くわけないでしょ?

 さあ、もう一踏ん張りしようかな」


「ユリーナ様〜、働き過ぎですー」

 泣かれてしまった。


 それからサリーを追い出し仕事を黙々と再開し、一区切りがついたので食事でもしようと廊下を移動していると。


「ユユユユユ、ユリーナ様!」

「どうしました?」

 廊下を移動中に、背に高い青年聖騎士の1人がユリーナに声を掛けてきた。


 誰もが見惚れるような美形だ。

 さぞモテることだろう。


「こここここ、今度お食事にでも」

「私は婚約者のいる身、みだりにそのような真似を致したりしません」


 ……行く訳ないでしょ!


 内心、ため息を吐く。

 今となってはハバネロが婚約者でなかったとしても、ユリーナとしては他に目が行く気がしない。


 その自身の感情にまた内心でため息を吐く。

 ここに彼が居ないことに胸が痛くなるほどで、自らの感情は心地良いとは決して言えない。


 恋に慣れないユリーナとしては、サリーたち女性陣が言うような恋を楽しむ気持ちには到底なれない。


 心に思うことすら躊躇うが、会いたくて胸をかきむしりたくなるような想いがするのだ。


 もうやだ……。


 ユリーナはそんな自分の感情に振り回されてばかりだ。


 廊下の真ん中で、ほったらかしの状態の青年騎士に下がるように伝える。

 そこに。


「なぁにぃを〜、しているのかなぁ〜?」

 廊下の先の角からローラの声。

「ひぃぃいいええぇぇー、お許しをー!」

 同じく廊下の先の角からサリーたちの声。


 ローラにイタズラが見つかり、こっ酷く叱られているようだ。


 ユリーナはさらに大きくため息を吐く。

 この所在無さげな青年騎士は、どうやらあの4人の仕込みらしい。


 婚約者持ちの主人に、別の男を勧めてどうするのよ!


 この辺りの自由さは隊長だったメラクルのせいに違いない、きっとそうだ!


 ……やっぱり違うかも?


 メラクルはユリーナと同じぐらいに恋愛ベタだ。

 自由なのはメラクル譲りかもしれないが、恋愛ごとに対して自由なのは彼女たちの性分なのだろう。


 名残惜しそうにする青年騎士に、貴方も聖騎士としての本分を勘違いしないように、と若干苛立ち混じりに言い含める。


 その際に、殺気が籠ってしまったのはご勘弁。


 青年騎士が怯えの表情で直立不動で敬礼したところで、彼女らの声のする方に向かう。


 腰に手を当て鬼の形相のローラと怯えるキャリアとサリーとソフィアとクーデル。


 以前ならばここに後2人混ざっていた。

 その2人を思い出す。


「ローラ、もういいわよ。

 貴女たちも心配してくれるのは嬉しいけれど、余計なお世話よ?」


 明らかに方向は間違っているが、この4人がユリーナを元気付けたくて、こんなおかしな行動を取ったのは疑いようがなかった。


「ごめんなさ〜い!」

 涙ながらに4人はユリーナにしがみ付き謝る。


 ローラは腰に手を当ててユリーナに。

「姫様も甘過ぎます!」

 そう言って口を膨らませるのでユリーナは少しだけ可笑しくて笑った。





 ユリーナは男の人が得意ではない。

 もっと言えば、苦手である。


 もちろん、立場があるので男だからといって距離を取ったりはしない、というより出来ない。


 だが本音で言えば、男と2人っきりになるような状況にはなりたくなかった。


 これはトラウマになる何かがあった、ということではない。

 表に出さない元々の性分というのもあったが、何よりも育った環境による。


 今でこそ大公国の聖騎士として任務に走り回ってはいるが、ユリーナは大公国の直系の後継ぎであり大公女であった。


 それ故に小さな頃は何か間違いがないように周囲の者たちにより、変な男と接触しないように細心の注意が払われた。


 そうは言っても、隔離されることが逆に男に興味を持ってしまう娘も多い中、ユリーナが男を苦手としたのは、やはりその性分が大きかったのかもしれない。


 もっとも身近な男と言えば、本来ならば父であるサワロワになるのかもしれないが、ユリーナにとってサワロワは父の前に大公であった。


 これはサワロワが子に愛情を注がなかったという訳ではない。

 大公という立場の割には情を傾けた方だとは言える。


 しかしながら、大公という立場であるため子育てよりも世継ぎを作る役目の方が大事であった。


 サワロワもまた大公であることと生来の女好きもあって、過大なものではないがハーレムを形成していた。


 3大臣の1人であるレイリアも実はそのハーレムのメンバーの1人である。


 彼女の場合は元からハーレムの一員という訳ではなく、3大臣として頭角を現す中、サワロワに手を出されてしまったという感じである。


 そのためという訳ではないが、生まれてすぐに母を亡くしたユリーナにとって、レイリアは幼い頃よりサワロワよりも自分を面倒見てくれた親代わりでもあった。


 結局のところハーレムというものは世継ぎのためのシステムであり、生まれた子に対しての親子としての絆の形成には関係がない。


 むしろ子育てに関わる機会が減る以上、大公に限らずある一定以上の貴族は、どうしても親子関係は距離を置くものになりやすい。


 そこまでしてもサワロワの子に男が生まれなかったというのは、皮肉めいたものなのかもしれない。


 大公国は王国に比べ比較的、夫婦の情も親子の情も形成されやすい風土はあり、サワロワとユリーナの親子関係はそれなりの愛情は持ちつつも、それでもまた一定の距離があったことは否めない。


 だからというだけではないだろうが、ハバネロが全力の愛情表現を示してくることに大いに動揺してしまったのである。


 再会当初などあまりにそれが理解出来ないので、愛の言葉が書き連ねたハバネロから届いた手紙に、何か裏の狙いがあるのではないかと疑い火であぶってみた。


 何も浮かびあがってはこず、黒騎士に大笑いされながら旦那はマジなだけだと説明された。


 正直に言おう。

 今もユリーナはその全力の愛情を信じ切れてはいない。


 ユリーナがそれを信じられるようになる前に、ハバネロにドロドロに堕ちてしまった。

 ただそれだけなのだ。




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