第137話ハーグナー侯爵
「流石だな、あれほど素早く兵を送ってくるとは思わなかったぞ?」
ハーグナー侯爵の屋敷で、俺は援軍を送ってくれたことに感謝の言葉を述べる。
「ワグナー男爵が思っていた以上に有能だっただけに過ぎません。
申し訳ありませんが、私は戦場のことはからっきしなので」
今日は王都にあるハーグナー侯爵の屋敷を訪問していた。
先の大戦時に援軍を送ってもらったことへの感謝の意を述べるためだ。
ロルフレットが帝国に帰り、今日もメラクルは絵師により絵姿を描かれている。
公爵領でもそうだったが彼女の側には、使用人や騎士など色んな人が集まり楽しそうに話をしていた。
大丈夫そうだな……。
俺は室内には入らず、そっとメラクルのその様子を確認してから、王都に出てきたハーグナー侯爵に会っている。
ハーグナー侯爵の屋敷に到着すると、戦死したワグナー男爵の嫡男が出迎えてくれた。
父であるワグナー男爵を戦死させてしまったことを詫びようとしたら、逆に感謝の言葉を大きな声で伝えられた。
「この度は、我が父に見事な戦場を与えて頂き、これ以上に名誉はありません!
誠に、まことにぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!
有難うございます!!!!!!!」
たしかに先陣は武人の誉れとする風習がある。
ましてや今回は王国の命運を賭ける一戦であって、結果的に大勝利のための一番槍。
武人としてこれ以上の誉れはないと、耳が痛いぐらいの大声で感謝された。
その功績を持って男爵位は嫡男である彼に引き継がれ、かつ子爵位へ
ワグナー男爵の魂は確かに次代に引き継がれているようだ。
うるせぇよ。
そんなやり取りを経て、今はハーグナー侯爵と2人。
「戦場においては不得手でも、代わりにハーグナー侯爵は宮廷においては一戦級の将軍だがな」
魑魅魍魎の住まう貴族の地では老練な名将だ。
味方に付けておくべきだったと気付くのはあまりに遅かった。
……いいや、その余地を奪われていたのだから、元よりどうにもしようがない、か。
「どうでしょう?
孫娘を妻の末席に迎える気は?」
「やめておこう。
沈み逝く船の持ち主の隣に置くにはあまりにも哀れな上に、ハーグナー侯爵にも失礼だ」
俺は深く身体をソファーに沈ませ、柔らかく笑う。
「そのようなことは……」
ハーグナー侯爵が困ったような顔をする。
それを見て、やはり俺は彼のことを大きく誤解していたこと、いや、誤解『させられていた』ことを実感せざるを得ない。
まったく愚かだな、俺は。
もしも……とは思わなくもなかったが、いずれにせよ、ハーグナー侯爵を味方に付ける時間も残っていなかったし、その方策もなかった。
それをするには、魑魅魍魎の貴族社会を乗り越えるために、それこそハーグナー侯爵の軍門に降り彼の指示に全面的に従う覚悟がいっただろう。
そうなった場合、助かるのは俺の公爵としての立場だけ。
ユリーナはとの婚約は確実に解消させられたことだろう。
公爵の俺が生き残るには、それが最も良い方法だからだ。
俺が詰まされた元凶にユリーナを奪われ、それを指を咥えて眺めることが。
……認められる訳がないな。
「そうだな、ハーグナー侯爵。
一つ個人的頼まれてくれないだろうか?
ああ、心配しなくて良い。
沈む船とは全くの無関係、いや貴殿の有利に働く話だ」
「どのような話でしょう?」
訝しげな表情をするハーグナー。
そもそもハーグナーも、この訪問が本当に援軍に対する礼だけだとは思ってはいなかっただろう。
彼はここからが本題なのだと身構える。
「メラクル・バルリットが何故俺のところに居るか知っているか?」
「レンバート伯からの『紹介』とおっしゃっておりましたな。
得難き人材を紹介されたようで」
やはり……知らなかったか。
それもそうだ。
ハーグナー侯爵も俺との関係に亀裂を生じさせるために、彼もまた共に罠に掛けられたわけだからな。
「正確には暗殺に来たのだがな」
「な!? 聖騎士が一体何故!?」
俺は一度目を閉じる。
ハーグナー侯爵の驚きに嘘はない。
そうして俺は全ての元凶のことを告げる。
「陛下からのプレゼントだ」
「陛下からの……」
ハーグナー侯爵は、まさか、などの否定の言葉をあげなかった。
それはつまり、ハーグナー侯爵からしても、それは十分あり得る話であると考えたということ。
そして、俺と同じくその可能性を除外していただろう。
王が仕掛けた証拠自体が出て来る事はないだろう。
だが情報を精査し並べてみると形は見えてくる。
「ハーグナー侯爵。
この話を聞いて、公爵家と縁続きになろうとは思わんだろ?」
俺は苦い顔で笑った。
ハーグナー侯爵の苦渋をにじませた表情を見るのは初めてだった。
そこから至る結論も、彼ほど貴族の権謀術数に長けていれば、自ずと導き出される。
「王は王国の暴力装置、暴君ハバネロ公爵家を除くのをお望み、か……」
絞り出すようにその言葉を吐き、ハーグナー侯爵は天井を見上げた。
ハバネロ公爵家は王国の暴力装置としての役割を担う。
それは言わば、国の最後の護り手。
王国に噛み付くと、辛〜い辛いしっぺ返しを喰らうという皮肉である。
その王国の暴力を王が取り除くということは。
「戦争自体、王は勝つ気が無かったのかも知れないな。
皇帝に気を付けろとまで言われてしまったよ」
会談の際にふと皇帝はそんなことを漏らした。
その時には手遅れだった俺は苦笑するしかなかった。
「……なるほど、戦犯として王太子は除かれ、和平の証として第4王子マボーを皇女と結び王国第1の地位につける。
帝国に尻尾を振ることになっても、ですか。
……それほどに」
「王は王太子が王の子ではなく、王の兄であった先々代ハバネロ公爵の子であるという噂を本気にしたのだろう」
その噂が真実であったかどうかは今ももって不明だが、王はそれを信じた。
全ては噂に過ぎないのであるが、その噂を信じ込みハバネロ公爵一族をこの世から消し、自らの血筋をこそ残そうとした。
そして俺は大戦にて、その野望を取り除き逆恨みを買った。
そうなる前にユリーナ・クリストフとの婚約を破棄し、第4王子マボーにユリーナを『捧げていれば』許されただろう。
何故ならそれこそが、王が貴族を使いパールハーバーに手を回し、メラクル・バルリットを暗殺者として動かした真の狙い。
そこに邪教集団が絡んでいたのは、あくまで副次的な結果に過ぎない。
大公国との関係に楔を打ち、ハバネロ公爵が大公国に怒り、潰そうとするところを王が取りなし、ユリーナを第4王子マボーに与え大公国を王国のものとする。
その功績を持って王太子とハバネロ公爵家に比する権力を手にする。
そんな青写真。
俺の話を聞いてハーグナー侯爵はため息を吐き何かを言おうとして……、しかし力なく首を横に振る。
「良いのだ。
気付いた上でやらねば、王国という大地が沈むのだからどうしようもあるまい。
だが俺はあまりに完璧に勝ち過ぎた」
ははは、とわざとらしく笑う。
そう勝ち過ぎたのだ。
それは他の貴族の嫉妬をあまりにも買い過ぎた。
メラクルも俺の下にいるのだから王国貴族からすれば、大敗北を俺1人で塗り替えたことになる。
それも側近のほぼ全てを失うことなく。
王太子を救うことが出来たことだけが俺の唯一の救いだろう。
ゲーム設定の時と比較する。
ゲーム設定では、側近を軒並み失った。
さらに貴族派との関係は悪くはなく、軍閥派は消え権力構造としてはトップに躍り出た。
今回、側近は皆無事。
対抗派閥の軍閥派は大半消え、貴族派で功績を分けられる主だった者はハーグナー侯爵だけ、それも騎士団のワグナー男爵を失う打撃付き。
いずれ気付かれてしまうことだが、帝国の次期王配候補との誼を通じている。
皇女との縁を繋いだのが俺だという話は美談として広まることだろう。
美談ゆえに止められない。
必ず俺に嫉妬する貴族たちの耳に入るだろう。
それは帝国との裏取引があったと妄想するのに十分な……。
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