第138話ハバネロ公爵は討伐される定め

 そしてもう一つの美談。

 聖騎士メラクル・バルリットの存在だ。

 民を救い王国を救った英雄。


 王国を救った英雄は2人も要らないのだ。

 ならば権力の中枢に居る公爵よりも、ポッと出のヒラ聖騎士の方が御しやすい。


 ましてや摂理を尊ぶ大公国の聖騎士。

 同盟国とはいえ他国の者。

 権力を握りたい貴族たちにとって、都合が良過ぎる存在だ。

 求婚が殺到するだろうな。


 俺が自らの権力を保持したいなら、メラクルを殺すか本当に妻にするか。


 どちらを選ぼうとメラクルには地獄が待っている。

 何故ならどの道、俺は沈みゆく船だからだ。


「メラクル・バルリットを引き取って貰いたい」


 メラクルをハーグナー侯爵の養女とする。

 これでメラクル・バルリットは詰んでいる状態から解放される。


 パールハーバーの件も大公国の伯爵よりも王国侯爵の方がずっと権力が上なのだから、パールハーバーが生きているメラクルをどうにかすることは出来なくなる。


 ハーグナー侯爵はそれに是と答えてくれた。

 そして眉を下げ、困った子を見るような顔で。


「されど若者が年寄りに後を託すものではありませんぞ?」


 俺はそれには答えず、軽い笑みだけを浮かべた。


 ハーグナー侯爵との会見を終えた、俺は王都の公爵邸に帰って来た。

 屋敷の中では忙しくも活気に溢れている。

 帝国に勝利し、公爵家の財政事情も右肩上がりだ。

 誰もが明るい顔をしている。


 俺は……彼ら彼女らに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 出迎えてくれたセバスチャンに告げる。


 普段はここにメラクルも居て、騒がしくしながら出迎えてくれるが、今日はまだ絵師に捕まったままである。


「セバスチャン、しばし1人にさせてくれ」

 彼は一度目を閉じて、深く頭を下げる。

 セバスチャンにも伝えてある。

 俺の立場を。


「……レッド様。

 大公国に送っていた密偵より至急の連絡が。

 大公の危篤に際し、ガーラント公爵が動くようです」


 すれ違い様に、セバスチャンはその内容を報告して来た。


「……そうか、分かった。

 兵は準備出来ているか?」


「……およそ300は直ぐに動けます」

「公爵領からも兵100は手配しろ。

 道中で合流する」


 日の入らぬ暗い執務室の椅子に沈み込むように座る。


 その時が近付けば近付くほど分かってしまう。

 何故、ゲーム設定のハバネロ公爵が大公国接収などという真似をしたのか。

 ユリーナを助けるためというのもある。


 だがそれ以上に。

 ハバネロ公爵もまた今の俺のように詰んでいたのだ。


 いいや、正直あちらの方が現状マシかもしれないと思うほどに。


 叫び出したいほどに詰んでいた。


 ゲーム設定では大公国接収も王国からしてみれば、その権力を保持するための功績の一つだったのだ。


 ユリーナ側の事情もあったが、王国の権力抗争に入るハバネロ公爵にとって、大公の死後に訪れる大公国の騒乱は許容出来るものではなかったのだ。


 自ら動かなかった場合も、婚約者の立場だけではなく隣接する隣国宗主の公爵として、いずれにせよ大公国の騒乱に巻き込まれていた。


 騒乱は対処が遅れれば遅れるほど致命的な傷となる。


 だからこそハバネロ公爵は誰よりも素早く動いたのだ。

 多少の悪名を許容してでも。

 そうすることで王国は大公国をほぼ無傷で手に入れられ、一つの功績となったのだ。


 裏でどれほどの悪名が流れようとも、ハバネロ公爵はユリーナとの婚約を解消『出来なかった』のだ。

 無理矢理であろうと、婚約者という立場が接収の正統性となるからだ。


 婚約を解消しなかった本当の理由が、ユリーナを手放したくなかった、ただそれだけであることも覆い隠して。


 婚約者本人がやがて来るハバネロ公爵討伐の中心に居ることになっても。


 ……俺の場合はこれよりももっと悪い。


 俺は勝ち過ぎた。

 勝敗の決め手がメラクルだったとしても、彼女は曲がりなりにも俺の部下だ。


 そうすると全ての大戦の功績は俺に向けられる。

 俺が望む望まないに関わらず、権力の中枢に登ることに貴族たちが大いに警戒する。


 王太子が生き残ったことにより王位継承者の問題はない。

 安心して貴族たちも公爵の排斥に動くだろう。


 この大戦時で使った通信の金属片などの新兵器の存在を話さなかったことも追及されるだろう。

 挙句には帝国との間に裏切り行為があったと捏造もされるだろう。

 

 1番の致命傷になるのは軍紀違反を犯して戦場に現れたこと。


 例えそうしなければ国が滅びていたとしても、それは軍紀を破って良いという理由にならないと。

 軍隊は王の支配下になければならない。


 王は俺を積極的に追い込むだろう。


 俺は王国貴族内で味方はほとんど居ない。

 せいぜい王太子が庇ってくれるぐらいだが、その王太子も敗戦の責により俺の処理についての発言権はない。


 皆が積極的に排斥に動く。


 王も可愛い第4王子を見捨てたとして誰よりも積極的に攻めることだろう。

 逆恨みでもあるが、事実でもある。


 王による各貴族への根回しは終わっている。

 皇帝への会談前にモドレッドから受けた報告がそれだ。


 戦後処理がもう少し落ち着けば、俺は呼び出され処刑が決まる。


 過去の歴史でもいくらでもあったことだ。

 権力者が名将を警戒したこと。

 勝ち過ぎた名将が軍紀違反という口実で排除されたこと。


 俺には初めから分かっていたことだった。

 俺は勝ち過ぎた。


 だが他にどうすれば良かったというのだ?

 負ければ全てを失い、勝てば排斥される。


 分かっている。

 そうならないように根回しを徹底せねばならなかったのだ。

 もちろん、そうすれば確実に負けていた。


 情報の秘匿は第一であるし、軍閥派に間違っても俺の動きを知られれば、大戦前に終わっていた。


 ……何よりそんな時間的余裕もまったく無かった。


 唯一の方法はユリーナの婚約を解消し、王の足下に縋り慈悲を乞い、第4王子マボーにユリーナを奪われる、そんな方法のみ。


 出来るかよ!


 ……初めからどうしようもなかったのだ。


 メラクルが暗殺に来た件の仕掛け人が王であることを初めて疑い出したのは、王都でハーグナー侯爵と話をした後。


 仕掛けた割にハーグナー侯爵はメラクルのことについて、そこまで動揺していなかった。

 それに疑問を持ち情報を集め検証し直した。


 大戦直前には、俺が追い詰められたことは確信に近かった。

 だが相手が王であることまでは確信を持てなかった、というよりも信じたくはなかった。


 ……どうしようもないほど、詰んでいることを意味するからだ。


 故にサビナたちにも、ハーグナー侯爵への疑いだけを口にした。

 王への疑念を口にした時点で、それもまた俺を追い落とす口実になるのだから。


 大戦での貴族の嫉妬を防ぐには、有能な側近を含め俺自身も被害を出すしかなかった。

 そうすることで、貴族からの嫉妬を散らすことが出来る筈だった。


『公爵様は優しいね』

「……お前の言葉が響くなぁ」


 決戦の直前にレイアが俺にこぼした言葉は、彼女にとって深い意味があった言葉ではないだろう。

 でも覚悟した戦場に突入する直前に聞くのは、ちょっとキツかった。


 部下たちの犠牲が出ることを覚悟した作戦でもあった。

 そうでしか勝ちようがなかったのもあるが、サビナたちの犠牲が出ないと俺が生きられる道がなかった。


 結果は逆転大勝利。

 王国には新たな美しい英雄が生まれた。

 そうして俺の終わりが確定された。


「……まったく。

 詰んでますやん、てな」


 兵を起こし王国に反乱すれば生き残る可能性は……なくはない。


 そうするとゲーム設定の時と同様の犠牲者を出して、最後は邪神もしくは悪魔神によって世界は滅びるのでした、チャンチャンてね。


 ユリーナの絵姿を取り出し、動かぬ彼女を笑みと共に眺める。


 ああ、ユリーナに会いたいな。


 分かっていたのだ。

 初めから俺にユリーナとの未来など無いことを。


 俺は処刑される定めだ。

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