第139話眩しい太陽のように

 鉄山公から手紙が届いた。

 レイア・ハートリーは帰って来なかったと。


 あの俺が捕虜にした地で、偵察任務に出てからアンノウン、行方不明のまま。

 帝国内でその後の消息は一切不明。

 その場合、ほぼ間違いなく死亡扱いとされる。


 ……つまり、そういうことだ。






「どうだ? 調子は」

「どうだじゃないわよ!」


 公爵邸の庭園にメラクルを連れ出した。

 仁王立ちの勇ましいポーズだが、着ているのはいつものメイド服。


 庭園入り口、かなり遠目だが屋敷の連中がその様子を伺おうとしているが、睨んでやると引っ込んだ。


 愛妾を連れて庭園デートをしようとしているようにしか見えんだろうな、と苦笑い。

 メラクルは気付いていないのか、俺の様子に首を傾げる。


 一応、今日で絵姿を描くのはおしまい。


 聖騎士服やドレス、時には意味もなく鎧などの格好と剣を振りかざしたポーズや何故か花束を持ったドレス姿など、そのパターンは様々。

 最終日はメイド服だったらしい。

 なお、このメイド服はメラクルの指定だ。


 よっぽど気に入ってるのね……。


「まあね、あんたのとこではいつもこれだから、これがしっくり来るのよ」


 駄メイドがしっくり来るなんて……ホロリ。


「ねえ? 結局、これって何なの?」

「うむ、説明してやろう」


 俺が仕掛けたいくつかの策の内、後の世界を巻き込む神々との戦いを見据え、やがて訪れる戦場に向かう剣士たちの心を鼓舞する偶像を作ったのだ。


 プロマイドと呼ばれる簡易の絵姿。

 演劇の題材、物語の流布。

 そしてさらに、それらに付随して本物が見目麗しく伝説とも呼べる功績を現実に残していることが、その人気に拍車をかけた。


 それは先を見据えたイメージ戦略であり、教導国が行おうとした勇者計画と似ていたが、こちらの方がより心を突く。


 形の無い幻想よりも、形ある幻想を人は長く追い求めてしまうものだ。


 然るに、俺からすれば勇者とはこれから邪神と戦う剣士たちであり、その剣士たちを応援する旗頭であり、英雄であり、皆の心の支えがアイドルである。


 これは大戦直後から、メラクル本人が一切気付かぬ間に速やかに展開され、その売り上げは知らぬ間にマーク・ラドラーの組織に振り込まれ、マーク・ラドラーは本人が望まぬ間にアイドル仕掛け人、通称プロデューサーと呼ばれ始めている。


 頑張れ! アイドルメラクル!


「そんな訳でお前は今日からアイドル(偶像)メラクル・バルリットだ、やったな!」

「なななな、何!?

 ア、アイドルって?」


 何って言われても、やった俺もよく分からんが……。


「おう、世界を代表する初の女性の……何というか、有名人? 女優よりも女神よりも俗な感じ?

 やったな!」

「何やってんのよぉぉおおお!!!」


 涙目になりながら、ポカポカと俺を殴ってくるメラクル。


 イテェよ!!


 側から見ればまあ、イチャイチャしているようにも見えるわな。


 まあ、そんな毎日だったりでも悪くないよな。

 俺としてはここに是が非でもユリーナも居てほしいけどな。


 ああ、まあ……。


 所詮、俺は主人公チームに立ちはだかり、彼らに踏み台にされることで意味が生まれる存在なのさ。


 ああ、心がぐっちゃぐちゃだな。

 俺の表情はきっと、泣きそうだったのかもな。


 メラクルが殴るのをやめ。

「え、うそ!? そんなに痛かった!?」


 心配そうな顔で俺の顔を覗いてオロオロしている。

 ポンコツっぽくて可愛いと不覚にも思ってしまった。


「そんなんじゃねぇよ」

 そう言って俺は笑う。


 記憶がない故に、自分自身に執着出来ない。

 記憶がないから、王国貴族に根回しが出来ないままだった。

 貴族は繋がりこそが大事なのだ。


 いつどこどこのパーティであった誰々。

 誰々に紹介してもらった誰々と繋がりを辿って辿って味方を作る。

 会ったこともない、紹介されたこともない、繋がりもない孤独な公爵など死ねと言っているのと変わらない。


 意識を戻してからの繋がりなども拙い数でしかない。

 記憶を無くす前から王は仕掛けていたのだ。

 侯爵が敵のように見えていたのも、王の仕掛けだったのだ。


 ……逃れる方法はあった。

 ユリーナ・クリストフとの婚約を破棄し、彼女を第4王子マボーに捧げていれば。


『奪わせん。

 俺が奪うことはあっても、何一つ俺から奪わせはせん』


 ゲーム設定の……いいや、過去の俺の覚悟の言葉だったのだろう。


 まさに悪夢の記憶だ。


 かつての俺が王の蠢動しゅんどうを分かっていたのかどうかは分からない。

 分からないが、追い詰められていたのは自覚していた筈だ。


 現状、俺は王の『処刑』の一言で終わりだ。

 詰んでる以上、宣言されたら従うか抗うかしかない。


 国家において、王の権力が大きいとはいえ通常であれば、理不尽に処刑を宣言すれば逆に王自身が不適格の烙印を押され貴族たちに叛逆される。


 しかし、多くの貴族、つまり王国においての世論が処刑を妥当とすれば、その王の一言は正当化される。


 その根回しが済んでいるということ。


 大戦直後の空気もある。

 王太子の意見も今の段階では弱く、俺に同情する勢力もほぼ居ない。

 ハーグナー侯爵も俺との会談で、自身の派閥内部まで王の影響力が及んでいたのが分かりそれどころではない。


 当然、以前から流れている悪逆非道の噂がそれに拍車をかけているのは間違いないのだ。


 覚醒してすぐの俺ですら理解したのだ。


「詰んでますやん、てな」

「え?」


 メラクルが目をパチパチさせる。

 ユリーナが俺の心を温かく包む月ならば、こいつは燦々さんさんと輝いて皆を照らす太陽だった。


 こいつが居るだけで周りの空気が変わった。

 なんとかなる、どうにかなる、そう思わせる力がこいつにはあった。


 俺にはそれが眩しかった。

 そりゃあ、こいつが廃人になっちまった世界なら滅びても当然だろうな。


 それこそが邪教集団の思惑だったのかどうか、とか。

 そこまで考えるのは穿うがち過ぎだろうな。


 ……巻き込んで悪いな。

 でも頼む。


 世界を救うにはユリーナたちだけでは駄目なのだ。

 それでは何度やっても世界は悪魔神に滅ぼされる。


 1人2人の世界最強が居た程度で救われるなんて、そんなに世界は安くはない。

 世の中、そんな甘くないんだよなぁ……。


 救うことが出来たクレメンスやロルフレットと帝国のヤツら、シロネ、そして王太子。

 公爵領の奴らも可能な限り逃す。


 そんな全員の力を借りて皆の光になる存在が……英雄となる存在が要る。


 それが英雄メラクル。

 皆のアイドル様さ。


 国王も大公国を王国に吸収出来ることを喜びながら、裏で大公国を接収したハバネロ公爵の暴走を掣肘せいちゅうするためとユリーナたちを支援してくれるかもしれない。


 そうすれば事実上、王国の全面支援を得ることが出来る。


 ……王も後は俺を、ハバネロ公爵を処刑さえすれば良いだけだから。

 ゲーム設定と同様に、な。


 だからまあメラクル。

 悪いけど、後……頼むわ!


「大公国を接収に向かう。

 安心しろとまでは言えないが可能な限り被害は抑える。


 それとハーグナー侯爵にお前を養女にして貰うように頼んだ。

 これでお前は詰みから脱却だ」


 突然の言葉に、しばしメラクルは理解が出来なかったらしく目を瞬く。

 それから絞り出すようにポツリと。


「何……言ってんのよ」


「……それから、近いうちに俺は処刑されるはずだ。

 だからすまんが、その時は後を頼む。

 公爵家の兵をまとめてくれ」


 愕然がくぜんとした表情とはこのことだろう。


 だから言ったろ?

 付いて来るからには、覚悟をしてもらうぞと。


 それでもまあ……、こいつのこんな顔を見たかった訳ではないけどな。

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