第140話『私じゃあんたは救えない』

 言われた私はその言葉を理解出来なかったし……。

 したくなかった。


 処刑って、何?


「あとな。

 ハーグナー侯爵への手続きとお前の実家への連絡はこちらでしておく。

 以後は英雄メラクル・ハーグナーとなる。

 どうも、語呂が変な感じだな。


 ミラクルハーグナーに聞こえてプレミアっぽいが。

 まあ、俺が呼ぶ時はメラクルと呼ぶからどうでも良いが」


 あっけらかんと大事なことを、大したことがないことのようにハバネロは言う。


「何、言ってんの……?」


 やめてよね、そんな笑えない冗談。

 泣くよ、泣いちゃうよ?

 泣かせたいの!?


「これでアイドルメラクルの地位は安泰だ。

 求婚者もひっきりなしに来ると思うぞ?」


「だから何言ってんの!?

 ハーグナーって私をあんたにけしかけた……」


「ああ、あれな。

 すまん、俺の予測違いだった。

 お前をけしかけた犯人はこの国の王だ。

 つまりさ、はは、俺は王から命を狙われてるって訳だ」


 なんでもないことのように、軽い口調でハバネロは口にするけど。


「……王が?」

「ああ」


「何……言ってんのよ?

 あんた、それって!

 それに公爵家の兵をまとめろって……、もしかして私をあんたに何かあった時の受け皿にするつもり!?」


「よく分かったな?

 こういう時だけとんでもなく勘がいいな?

 お前の祖国を接収することになるから悪いと思うが、何度も言うが可能な限り民に被害は出させないから」


「そういうことじゃなくて!!!」


 私は下を向き、大きな声でハバネロの言葉を制止する。

 聞きたくない! 聞きたくない!!


 あんたが誰も傷付けたりしないことぐらい分かってるわよ!

 そうじゃなくて!

 だってあんたそれって!


「……姫様はどうすんのよ」

 静かに私は言葉を吐く。

 言葉を吐いて……。


 ハバネロは寂しそうに笑う。


「……ユリーナとも婚約解消をする。

 いつまでも悪逆非道の公爵との婚約者では、ユリーナも辛いだろうからな」


「ふざけんなぁぁあああ!!!」

 私は飛び込むようにハバネロの胸倉を掴む。


「姫様の気持ちをなんだと思ってんのよ!!

 好きでもないヤツに何度も唇を許すもんかぁああ!!

 姫様の……『私たちの』気持ちを、馬鹿にするなぁぁぁあああ!!!!!」


 私は叫び、ハバネロの胸倉を更に両手で持ち上げようとして。


 その瞬間、ハバネロが添えるように私の手に自らの手のひらを重ねた……と思ったら手を押し込むように回され、衝撃が私の身体に走る。


 痛みはないが、気付いた時には地面に倒れていた。

 何が起きたか分からず、起き上がれない。


「不敬だぞ」

 ハバネロはニヤリと笑う。


 無手でどうやって私を制したのか、さっぱり分からなかった。

 ハバネロは魔剣が無くとも、私を押さえ込むことくらい出来たのだ。


 だからあの日、初めて私がハバネロを襲撃したあの時、不意打ちで切りつけられたとしても、こいつはこんな簡単に私を無手で抑えることが出来ていたんだ。


 最初から暗殺なんて絶対に不可能だったんだ。


 倒れたままの状態でハバネロを睨みつけ、私は叫ぶ。

「やるならやりなさいよ!」


 するとハバネロは吐息がかかりそうなほど近くまで音もなく接近した。

 私はどうにかされそうで固まってしまう。


 ハバネロの顔が近付くのに合わせて、ギュッと目を閉じる。


 すると吐息が掛かるほどの近く耳元で囁かれる。

「やる訳ねぇだろ」


 目を開けると、ハバネロはスッと音もなく離れ、いつもの人の悪そうな笑みでバァカ、と言った後……。


「お前は公爵領で待ってろ」

 優しい目をしてそう言った。


「行くわよ!

 私も……ずっとついて行ってやるんだから!!」


「残れ。

 お前にとっては祖国だ」


「あんたが刺されて力尽きる時には、先に私が刺されてあげるわよ!

 だから置いていくなんて許さない!

 そんなことしたら……追いかける!」


 例え断罪の刃があなたを貫こうともその前に私が立ちはだかり、先に貫かれてでも。


 額を手で押さえハバネロはうめくように言う。


「お前は主人公側の人間だろうが」

「えっ?」

「何でもねぇよ」


 表情は見えない。


「お前は、助かったんだぞ?

 今度の俺の大公国行きでお前を巻き込む存在はなくなる。

 あとは王国で英雄としての立場で、ユリーナを援助してさえくれれば……、今からでも」


「まだ処刑されるって決まった訳ではないでしょ?

 第一、どんな口実で……」


「相手側は根回しは済ませている。

 口実は大戦の軍規違反だ、勝手に決戦の場に兵を連れて現れたことだな。


 それに大戦で勝ち過ぎたから手柄の無い貴族たちの嫉妬を買ったのと危機感を抱かせたのは大きい。

 あれで国の大半は敵になった」


「まさか……私のせい?」

 私が義勇兵を引き連れて、大戦の趨勢すうせいを決めてしまったから?

 それがハバネロの手柄になって、貴族の嫉妬を買ったから?


 愕然とする私の考えを読んだらしく、ハバネロは違うよ、と首を横に振る。


「お前のお陰で、サビナもアレクもコウも、他の兵たちも生き残れた。

 あの状況ならあのまま敗北する可能性も十分にあったからな。

 お前のおかげで今まで生き残れたんだ、ありがとう」


 ハバネロは微笑んでくれるけど、私は胸が締め付けられてとにかく苦しい。


 苦しくて仕方ない。

 嫌だ。

 こいつが居なくなるのは嫌だ。


 救いを求めるようにハバネロの服の袖を掴み私は訴える。


「戦ったら勝てるんじゃないの!」


「当たり前のことだが、どの国であっても体制側が1番強い。


 ……まあ、俺にそれを覆せる可能性があるから、ここまで貴族どもの危機感をあおってしまったわけだがな。


 それでも俺に残った戦力で言えば10倍以上の差だぞ?

 数で潰される。

 裏切りを誘発させれば可能性はあるがな。


 けど、その時は国を割った内乱だ。

 分裂する大公国も帝国の不穏分子もこれに乗じるだろうな。

 俺も勝つためなら積極的に分裂を誘発する。


 ……そして弱った人類は邪神、もしくは悪魔神に滅ぼされるだろうな。

 俺が戦うってことはそういうことだ。

 俺はとっくに……詰んでたってことだ」


 ハバネロは初めて会った時から本当に詰んでいたんだ。


 だからこいつはずっと、事あるごとに他の人の縁結びみたいな真似をしてたんだ。


 自分はそう出来ないから……姫様と結ばれる未来が存在しないから。

 だけど、そんなのって……。


「……王も更に色々仕掛けて来るだろうな。

 例えばユリーナの婚約相手を王太子の息子にするように圧力を掛ける。

 それで俺と王太子との間にどうしようもないくさびを埋め込んだり、とかな」


 ユリーナが俺の弱点だとバレれば俺は一発だろうなぁと冗談混じりに。


 私は知らず流れていた涙が落ちるのを感じる。

「大公国は何で接収を……?」


 母国がハバネロに滅ぼされようとしている。

 けれど、ハバネロは野心でそれをしようとする訳がない。

 その程度は分かる。


「大公が危篤だ。

 そのため今後の話をするため、ユリーナたちがガーラント公爵の元に向かった。

 だが、これは罠だ。


 大公が亡くなり次第、大公国内の各地の有力者は我こそはと大公国を取ろうと兵を挙げる。

 ガーラント公爵はその筆頭でユリーナを無理やり奪うか、断れば殺すつもりだ。


 それを防ぐには、第三者の介入により大公国内での大公位継承どころではないようにする必要がある。


 それにいずれにせよ、大公国での動乱が発生すれば公爵領は巻き込まれる。


 そうなれば現公爵領も含め、王が全てを奪う口実を与えることになる」


 それもゲーム設定の知識なんだろうか。

 付け加えるように公爵領の事を言ったけど、巻き込まれたとしてもハバネロなら何とか出来るだろう。


 1番はやっぱり姫様のためなんだね。


 ガーラント公爵のイヤらしい顔は覚えている。

 大公国では珍しく悪い意味で貴族らしい貴族のヒヒオヤジ、だけど昔からの権力者なので姫様もないがしろには出来ない。


「……ねえ、いつか姫様が別の人と結ばれてもあんたはそれでいいの?」


 ハバネロはとても寂しそうに……、微笑んだ。


「辛ぇよ。

 身体が引き裂かれるぐらいに……気が狂いそうなほど。

 今でも吐き出してしまいそうだ。


 けど……しゃあねぇじゃん?

 それでユリーナが幸せになるんならさ」


 まるで自らの死が確定しているように。


「あんたは!

 あんたはまだ死んでないんだよ!

 死にそうなほど辛くても、どうしようもないほど詰んでても生きてるんだよ!

 ちゃんと生きてるんだよ……」


 でも、分かるんだ。

 こいつは姫様が居なくなったら生きていられない。


 ずっと見てきたから。

 記憶のないと言うこいつはずっと空っぽなんだと思う。

 それがどうしてなのかは知らないけれど、どうしようもないほど姫様だけで。


 私はハバネロに頭を手荒に撫でられ、髪をくしゃくしゃとされる。

「ありがとな」


 そう言って笑っただろう彼の顔は涙で滲んで見ることが出来なかった。


 でも本当は、ハバネロの顔は今にも泣き出しそうだったんじゃないかな。


 私は……とっくの昔にボロボロと泣き出していた。


 溢れる涙は止め方を知らない。

 私は……、あんたが……。


 でも、それを言ったらこいつは寂しそうに笑って、ありがとな、と言うだろう。

 そして、私からも距離を取るのだ。


 1番大切な人さえも手放そうとするこいつだから……。


「うぅー……」

「泣くなよ、メラクル。

 人はその人生を懸けて、1人救えたら上等だよ、そんなもんさ」


 困ったように優しく、そう言うハバネロに私は何も出来なくて。

 辛くて私は泣くことしか出来なくて。


 いくらなんでもあんまりだ。

 ハバネロは自分で言っているように、本当にどうしようもないほど詰んでいたんだ。


 人生は簡単じゃない。

 神様ってのが居て、突然、幸運を与えてくれるなんてない。

 今という時をどう頑張るか、それしか出来ないのに。

 それさえどうにも出来ないことが沢山あって……。


 私じゃあんたを救えない。

 それがただ辛かった。









 第3章 堕ちた公爵 了





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