第4章 只是想見大公女
第141話リターン19-夢
狂いそうになるほど人を愛して。
その人との未来が存在しないことを知って。
人は狂わずに居られるのだろうか。
夢の中に浮きながら、起きているのか、眠っているのか分からない感覚。
その中にいつの間にか2人の男女の姿が見えた。
1人はフードを目深に被り顔に見えない女性と、もう1人は……ハバネロ公爵。
フードの女性が俺に話しかける。
『見えない悪意に惑わされないように』
「どうやらコイツはここまでのようだよ、シーア」
フードを深く被り顔の分からない女性にハバネロ公爵が答える。
視線の先には俺が居る。
……数日前から夢の中でハバネロ公爵が俺に向かって話しかけてくるようになった。
俺はお前とは違うとでも言いたいのか、ハバネロ公爵よ。
『それは……困りましたね?』
女性は頬に手を当てのんびりした口調で言うものだから、あまり困っているようには聞こえない。
そんな寝ているのかどうか分からない微睡みの夢の中に居たが、すぐに意識が浮上し夢の光景が霧散する。
薄目で見えるのは野営のテントの中。
シーア、はて?
誰だったかなぁ。
ゲーム設定の記憶の中にもそんな名は浮かび上がってこない。
それ以外に俺の中に記憶はない。
夢の中の名など所詮、記憶の層を
誰かの名を夢の登場人物に勝手に変換しただけだろう。
テントの中は暗いままで、それが朝を迎えていないことを知らせている。
寝床の横に置き去りになっているワイン。
半分ほど減らしたが、朝までの深い眠りは与えてくれなかったようだ。
今ならゲーム設定の『俺』が酒を飲み続けていた訳が分かる。
眠れなかったのだ。
眠らなければと分かりながら、届かぬ愛しい人への想いが胸の内で巣食って、それが自らの絶望を深くどうしようもないほど広げていく。
ワインをグラスに注ぎ、一息に煽る。
僅かに覚醒した意識の中、俺はあの大戦の決定的となった瞬間のことを思い浮かべる。
「よくやった。
おまえのおかげで生き残ることが出来た」
俺がそう言うとアイツは……メラクルは嬉しそうに笑っていた。
あの場で自身の未来に絶望していたのは、俺だけだっただろう。
あの日、もしもメラクル・バルリットが戦場に現れなければ。
俺の側近たちは軒並み、天の女神の下へと旅立っていたことだろう。
サビナも新婚のアルクも火計を指揮したコウたちは確実に。
その犠牲の中、反撃の狼煙を揚げた『王太子の軍』が帝国を、皇帝を追い返す。
それにより王太子は初戦の敗北の負債を取り返し、救国の英雄となる。
俺もその王太子へ軍規違反となろうとも、援軍を届けた忠臣として許されることになっただろう。
功績は大なれど、その被害も甚大で各貴族からの嫉妬も何より警戒も、随分薄れることになっていただろう。
だが実際はそうならずに、王国は結果的に大勝利を収めた。
その頃、王都防衛戦でルークが鉄山公たちを追い返した際に、王都の貴族たちはこんな話をしていた筈だ。
ハバネロ公爵の今次大戦での功績があまりに大き過ぎて、それを野放しにすると王太子に取って変わろうとするのではないか?
そんな危機感。
俺にそんな意思があろうがなかろうが関係はない。
自分達がどう思うのかが彼らにとっては重要なのだ。
王太子は多数の被害を出した。
正確には軍閥派が無能過ぎたためだが、それでも責任を取らねばならないのが総大将という役目だ。
王国勝利とはいえ、今回の大戦は防衛戦だ。
報酬を払う当てはない。
土地を取った訳ではないのだから。
そんな中で俺が報酬を要求すればどうなるか。
生き残った貴族たちは恐怖した。
自分達から奪うのではないかと。
それが分かっている以上、俺が報酬を要求したりはしない。
しないが、これもまた貴族たちがどう思うのかが重要なのだ。
その背を押すように誰かが俺の責を問う。
大戦による被害の責任を誰かが取る。
勝とうが負けようが、帝国と同様に誰かが人的被害の責任を取らねばならない。
王太子か将か。
まさか次期王である王太子に責任を取らせるわけにはいかない。
そんなことをすれば事実上、次の王位継承最有力が俺になる。
貴族たちの誰一人と望まぬ次期王候補の誕生だ。
それを防ぐためには、誰かが『王国の未来のために』ポツリとこう漏らす。
『此度の大戦、初めから公爵の援軍はなぜ戦場に居なかったのか?』
国の火急であるのだ、軍閥派と手を取り合って防ぐべきだったのではないか?
それだけではない、勝手に持ち場を離れ戦場に現れるなどで軍紀違反であると。
さらにさらに帝国と内通でもあったのではないか、王子たちを始末する狙いがあったのではないかなどなど、あることないこと。
軍というのは、どれだけ理不尽であっても、誰かが責任を取る必要がある。
そうでなければ軍による暴走が勝手に発生するのだから。
そんな訳で、俺を始末する、そんな思惑が王都の王宮という闇の棲家で行われた。
それを防ぐためには前述通り、俺がそれなりの被害を出すか、自らの立場を理解して『全て』を王に捧げるか、だけ。
この時点で英雄メラクルに対する貴族たちからのチョッカイは、まだ行われていない。
メラクルの情報が届く前だからだ。
だから早急に動いた。
結果で言えば、なんとか間に合った。
英雄となったメラクルが利用されることは容易に想像がついた。
だから奔走した。
帝国と教導国公認のアイドルに仕立て上げ、王国内ではハーグナー侯爵家の後ろ盾を付ける。
さらに他の誰かに都合の良い立場にされないように世論操作。
王であろうとも、パールハーバーであろうとも民衆や貴族の味方が居れば、迂闊には手出し出来ないし、そこまでして手を出すメリットが無いはずだ。
王国貴族からしたら、本質的には他国の聖騎士だから権力争いの相手にはなり得ないのも大きかった。
それで自分がさらに追い込まれてたら世話ないがな。
「ま、詰んでるもんな」
せめて脳天気そうな笑顔が曇らなければ、まだマシか。
その脳天気そうな笑顔を曇らせたのが自分であることも分かりながら。
少しでも眠らなければ。
もう一杯だけ血のように赤いワインを喉に通す。
胸が熱い。
味は、分からない。
ハーグナー侯爵でさえ、俺の排斥を予測していなかった。
つまりそれが俺の僅かな残り時間が存在している証拠。
処刑の一言、もしくは王城への召喚の通達が来るまでが勝負だ。
それまでに可能な限りのものをユリーナに残さねば。
……大公国を接収する。
ユリーナは今、大公都には居ない。
逢うことは叶わないだろう。
どれほどユリーナが愛しくて、逢いたくとも……。
どの面下げて逢えると言うのだ?
おそらく大公を俺の手で討ち取ることになるのだから。
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