第159話阿鼻叫喚

「公爵の狙いについては何も……」

 ローラがそう呟いて首を横に振る。


 至急、私の部屋に部隊のメンバーが集まった。

 ラビットと黒騎士は公都に残したままなので、それ以外。

 レイルズ、キャリア、サリー、ソフィア、クーデル、ローラとセルドア、それにガイア。


 ガーラント公爵からの報告はない。

 今回の情報は合コンに行ったキャリア、サリー、ソフィア、ローラの4人からもたらされた。


 合コンって、そんな情報収集の場だったっけ?


「大公国が欲しいならば、私と婚姻してからでも良かったはず。

 なのに、なぜ今なのでしょうね」


 大公国の内部事情の全容を分かっているのは、立場から見てこの中では私ぐらいだろう。


「……大公国の混乱を大きくする狙いがあるのかもしれません」

 セルドアがそう呟く。


 レイリアに聞けば何か分かるかもしれないけれど。

 彼女が三大臣の中でも1番、政治に長けている。

 反対に部隊内にその政治に強い者は居ない。


 レイルズも何処で仕入れているか分からないぐらい事情通、かなりのモテ男なのできっと女からだろうけど、だが流石に大公国の全容まで知る訳ではない。


 ……合コンでの情報収集といい、レイルズといい、情報は男女の恋愛のアレコレで回っているのかな、とすら思えてくる。


 そのレイルズが私をチラリと見て、言いづらそうに言った。

「……大公が危篤状態になられたことが影響しているのかもしれない」


 その結果、何が起きるか。

 馬鹿でも分かる。

 大公国が分裂する。

 分裂をすると隣に位置する王国のハバネロ公爵領にも影響は及ぶだろう。


 現に私はガーラント公爵のところで身動きが取れなくなっている。

 密偵ちゃんが忠告してきた内容からも一致する。


『ガーラント公爵に気を付けて!』


 頭の中で直感めいた何かの糸が紡がれていく。


 ガーラント公爵……昔から欲深さを匂わせる権力欲に取り憑かれた者。

 私を無理やり奪い既成事実を作るか、あるいは殺して自身の大公位継承権を主張するか。


 大公国内にそれを認めさせる段取りを付けたのか、これから付けるのか。

 このタイミングで私を呼び寄せたのは、そんな狙いがあったからと考えると実にしっくり来てしまう。


 ではレッドが大公都を襲い、大公国接収をわざわざこのタイミングで宣言するのは……。


 武で制圧する気ならば、このタイミングでなくても良かったはずなのだ。

 むしろこのタイミングじゃない方がやりやすかったのではないだろうか?


「私のため、かぁ……」

 全てが私のためと言うのは言い過ぎかもしれない。


 まるで遠くから、酷く乱暴な方法で守ろうとしているような。


 ……でも。


「そんなに信用出来なかったんだ……」

 悔しさで口を噛み締め、泣くまいとしながらも涙がこぼれる。


 私のその態度はもしかすると、皆にとって裏切り行為にすら見えるかもしれない。

 以前、メラクルが暗殺されかけた時もそんな噂が流れた。

 メラクル・バルリットは大公国を裏切って、ハバネロ公爵の元へ走った裏切り者だと。


 それは結局、噂の域は出なかったが真実を覆い隠すようにメラクルは暗殺されたことになった。


 そうしてメラクルはレッドに助けられた。

 それを公表していなかったのも、全てパールハーバーの凶刃から私を護るため……。


 護られなければ、己の身一つ護れない。

 そんな深窓のご令嬢だとでも思われていたのだろうか。


 あるいは今度の大公国接収は、彼にとって決別の意志だったのかもしれない。

 今後、彼に近付こうとする行為は、小賢しくも捨てられた女が縋り付くような行為かもしれない。


「……うー」

 皆が私を黙って見守っている。


 護られたいだけなどと、ただの一度も思ったこともないわ!


 ぶん殴りに行こう!

 乙女心をなんだと思ってるんだ!

 好きだってこと言ってないけど!!


 目を背けるな、ユリーナ。

 真実を見る目は己の心の中にある。

 目を背けるな、人の言葉に惑わされるな。

 あの日、向けられた優しい、でもとても寂しそうなあの目を信じると決めたから。


 ……その結果がどうであろうと覚悟はもう決まっている。


「マジ? 姫様、マジラブ?」


 ついにキャリアが目を丸くしながら、周りの様子を伺いながらそう聞いてくる。

 ……この中で、レッドと私の本当の関係を知らないのはキャリアたちだけだ。


 未だに彼女たちに教えることが出来ていなかったのは、パールハーバーの影響力をどれだけ受けているか分からなかったからだ。


 人柄は分かっているし、裏切るような娘たちではない。

 けれどコーデリアも……。

 コーデリアこそメラクルを裏切るはずはなかった。

 彼女も心の隙をつかれ上手く誘導されたのだろう。


 そんなまるで狂信者を作るような手口……。

 おそらく、パールハーバーは邪教集団と関わりがある。

 それも密接に。


「止めるべきか止めざるべきか、それが問題……」

 サリーはぶつぶつと繰り返し自問自答。


 そのサリーを強い意志のこもる目でクーデルが制する。


 そして仁王立ちで拳を天に突き上げ、天井を睨み声高々に言い放つ。


「……否。

 燃え上がった恋の炎は誰かの言葉で止まるものではない。

 むしろ!! まるで薪をくべるが如く、激しく燃え上がることでしょう!!!」


 確かにそんな時、クーデルは止まりそうにないよね、ヒカゲとラブラブだし。


 私については。

 いや、まあ……そう言う訳でも……あるのかなぁ〜?


 反対されるも何も私のレッドへの恋心自体は密偵ちゃん以外には、まだ言ってないからね?


 ローラあたりは察してたかもしれないし、今、全員にバレただろうけど。


「でもなんで!?

 ユリーナ様、いつの間にそういうことになったの!?

 前にハバネロ公爵に呼びつけられてましたよね?

 あの時に!?

 ナ、ナニがあったのでしょう……?」


 赤い顔で上目遣いでちろちろとこちらを探るようにソフィアは見てくる。


 ……ソフィア?

 そのナニは何を意味するナニなのかしら?


 ……そりゃまあ、唇を奪われたけど。


 私のその反応を見て、キャリアとサリーは目を見開き、自らの頬を両手で押さえ、ひぃぃぃぁぁあああと雄叫びを上げる。


 質問をしたソフィアは嘆く。


「あーー!!

 ユリーナ様が赤くなった!

 嘘!?

 奪われちゃったんだ!!! 

 ユリーナ様が! 私たちのユリーナ様が大人の階段登っちゃったぁぁぁああああ!!


 あの悪逆非道のハバネロ公爵に奪わせるなんて、冥土のメラクル隊長になんて言えばいいんだ!!」


 確かにメラクルはメイドになってるわよ?

 ……じゃなくて、レッドは婚約者だからそういう関係になってもおかしくないから。


 そもそもキス止まりだから。

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