第158話もしも貴方が死んだら
夜は護衛も兼ねてガイアが一緒に寝泊まりしている。
なので密偵ちゃんと話を出来るのは、ガイアが僅かに部屋から出ている間だけだ。
そのタイミングで侍女姿の密偵ちゃんに茶を持ってきてもらい話をしている。
ガイアも同席させれば良いのかもしれないけれど、それは密偵ちゃんが嫌がった。
「隠密は誰彼構わず姿を見せるものじゃないよ!
見られたら見かけられた時に簡単に見つけられちゃうじゃない!」
なんだかよく分からない言い回しだけど、要するに見られる数は少ない方が良いということ。
それもまあ、確かに。
「ほんとはさぁ〜、私もユリーナの前に姿を見せるつもりじゃなかったんだよ〜?
でもほら、見つかったしバレちゃったでしょ?
じゃあ仕方ないなぁって」
偶然です。
むしゃくしゃして剣を振りました、ごめんなさい。
私は深く、深ーく息を吐く。
そして私が予測した彼の現状を話すと。
密偵ちゃんは見るからに目を丸くした。
「……ぶったまげた。
あの一言だけでよくそこまで気付けたもんね?
なんで? 私、公爵様が処刑されるかもって言っただけだよ!
なんでそれで王が元凶とか分かるの!?」
「なんでって……」
なんでだろ?
私にもさっぱり分からない。
彼の言葉を辿り、至る可能性の糸を紡いだらそんな結論が出ただけだ。
突然、扉が開けられた時のために、侍女姿の密偵ちゃんはそんな私の反応を見てクルクルと回転しながらベッドに倒れ込んだ。
人気ね、そのベッド。
そして密偵ちゃんはベッドで足をバタバタして唸る。
「うがぁー!」
自由ね?
すぐに密偵ちゃんはむくっと半身を起こす。
何したかったんだろう?
「ねえ、ユリーナ。
もしも、もしもだよ?
公爵様死んじゃったらどうする?」
「死ぬ」
私は即座に言い切る。
「そう、死んだら」
「だから死ぬ」
もう一度質問されたので、また即座に答える。
密偵ちゃんは意味が理解出来なかったのか、不思議そうな顔をしてもう一度聞いてくる。
「いや、うん、だからもしもだけど、公爵様が死んじゃったらユリーナがどうするかって……」
私は首を傾げる。
密偵ちゃんも同時に首を傾げている。
何を何度も?
私はもう一度答える。
「だから死ぬよ?」
「誰が?」
密偵ちゃんは何故か聞き返す。
「私が」
他に誰が居るのよ?
私はさらに言葉を続ける。
「レッドが死んだら、普通に私も死ぬけど?」
「……へ?」
キョトンとされた。
質問に答えただけで、なんでそんな顔するの?
私もその反応が不思議で首を傾げる。
「えええええええええええ!?」
ベッドからピョンと飛び出して、両手を広げて驚きのポーズ付き。
何がしたいんだろ、この娘?
「え、ええー!?
だって、え? 公爵様、もしものこと考えてユリーナに色々残してるよ!?」
「色々って……私たち、まだ子供居ないし……」
子供でも居れば、子のためにそんなマネは出来ないけど。
「えーっと、邪神とか、悪魔神とか大公国のこととか色々あると思うけど……?」
「そうね、色々あるわね」
まだ結婚もしてないので、互いに背負う物は別で存在する。
当然、私の背にも背負っている物があるので、簡単に失って良い命ではない。
……だから他の誰にも言った事はない本音。
私はレッドから貰った金属片を取り出し、そっと両手で握り彼を想い目を閉じる。
「敵討ちとか、世界を覆う悪魔神のこととか、何より大公国のこととか……。
本当は自分の命さえ自由にしていい立場じゃないけれど。
彼が死んだと聞いた瞬間、私の中から全てが消えるわ。
義務とか、この世界の未来とか……」
歴代の王女や貴族の娘は愛する人への想いを心の中に宿したまま、国のため家のためその身を他の男へ捧げる。
それが世界だから、そういう生き方しか出来ないから。
物語の中だけにロマンスがあって、ほんの例外がそのロマンスを夢見て、沢山のものを犠牲に願いを叶え破滅する。
それが世の中だから。
きっと彼もそれが当然なのだと思っているのかもしれない。
だけどね、そんなの……。
私は目を開け、驚きの表情のまま固まっている侍女姿の密偵ちゃんに微笑む。
誰かに知られてはいけない私の本音。
彼が大切。
世界の何より。
……ごめんなさい、皆。
だから、言い切った。
「全部どうでも良いわ」
私はね、レッド。
あの日から、とっくに覚悟している。
貴方が死んだら、私も死ぬよ?
しばしの沈黙がお互いの間に流れる。
密偵ちゃんは天井を見上げ、力尽きたように両手を広げたまま後ろのベッドに倒れ込んだ。
そして……。
「あは……、ははは……」
小さく笑い出し、ついには。
「あーはっはははははははははは!!!
公爵様!
ザマァ!!
ユリーナ、一緒に死ぬって!
ダメじゃん!!!!!!!」
笑い転がりながら。
あの〜、密偵ちゃん?
流石にそんな笑い声響かせると外に聞こえるわよ?
そう思っていると案の定。
誰かが走ってくる気配のすぐ後、バタンと扉が開き、ガイアが飛び込んで来て室内を見回す。
「……誰か、居た?」
私は椅子にゆっくりと腰掛ける。
ベッドはもぬけの殻。
あの一瞬で密偵ちゃんは姿を消していた。
「さっき侍女がお茶を運んで来てくれたところよ。
すれ違わなかった?」
ガイアは再度、室内を見回し首を横に振る。
「……会わなかった。
ごめん、長く離れすぎてた」
「良いのよ、何もないから。
それより慌てた様子だけど、何かあった?」
もしもガイアが平素ならば、密偵ちゃんの気配に気付いていたかもしれない。
だけどガイアは何かを焦っている。
ここまで全力で走って来たのが分かるように荒い息を深呼吸で整え。
護衛を請け負っていたガイアが今まで私の側を離れていた理由にも通じる理由、それは。
「公爵が、ハバネロ公爵が!
大公国を接収するって」
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