(閑話)いつかの残照-終

「ポケットの中にはビスケットー♪

 ンッ〜ンー♪

 コイツはたまげた(セリフ)

 ツンデレラもびっくりよー♪」


 大公国の3大臣の1人レイリアの屋敷の一室。

 休憩がてらソファーに横になっていると、向かいに座るメラクルがご機嫌に突然歌い出した。


「……歌詞は変だが、歌はクソうめぇな」


「そう? えへへ〜。

 じゃあ! もう一曲!」

 調子に乗ったメラクルは嬉しそうな顔で歌い出す。





 ポケットに忍ばせた想い出を

 そっと私は貴方へと差し出す

 今度会う時に返しておくれと

 ついに貴方は受け取りうつろ旅




  今度はさっきと違いまともな曲調で、なんだかやけに物悲しいようなそんなメロディ。

 ふざけた詩ではないので大公国の元々ある歌なんだろう。

 絶対にメラクルが作った歌ではない、それは間違いない!


「なんの歌なんだ?

 さっきとえらく違う曲調だが」


「大公国の恋唄。

 これ歌い方によって明るい歌にもなる練習曲なんだ〜」


 テンポ良く弾むように歌うと、明るく前向きなウキウキする恋唄。

 ゆっくり情感を込めて歌うと、優しく見送る歌。

 ぽつぽつと一定の低さで歌うと悲しい鎮魂歌。


 歌詞に複数意味があって、最後の1行をどう捉えるかで意味が変わるらしい。


 虚ろの場合は死に別れの悲しい曲。


 愛した人が受け取った想い出を抱えたまま、どちらかが亡くなってしまう。


 移ろうの意味なら、恋心がついに移ろってしまった失恋の歌。


 悲しい意味ばかりやないかい!


 そうかと思えば、次へと移ることが前向きに捉えた場合なら、旅に出る貴方への再会を約束した歌に。


 それをリズム良く歌えば背中を押す勇気を与える曲調へ変わる。


 ついに気持ちを受け取らせたぞー!

 やったぞー、とそんな勇ましい恋に生きる女の歌。

 その変化の様はさながら男女の恋模様とか。


「へ〜」

 俺は正直に感嘆の声をあげる。


「……じゃあ、さっき歌ったのは失恋の歌か?」

 メラクルは汗を一筋かいて、目を逸らす。

「特ニ意味ハナイヨ?」


「嘘つけー!!!!」


「ホントだよ!!!

 なんとなくさっきはポップな歌だったから、今度はじんわり聞かせる曲にしただけだよ!

 ホントだよ!

 ポケットの中のビスケットも賭けてもいい!!」


「そうか、ビスケットまで賭けるならホントだな……って言うかァァァアアアア!!」


 元々は俺に用意されたビスケット賭けられても、何の得にもならんわ!


「えー?

 ビスケット美味しいのに〜」


 モグモグとポケットの中からビスケットを取り出し、メラクルは食べだす。


 ホントに仕込んでたんかい……。

 そりゃ美味いだろう、それ、公爵の俺用に用意されているビスケットだからな。


 もう今更過ぎて、何処に行ってもメイドたちは俺に渡さず、ビスケットや茶はメラクルを経由する。


 俺は保存食として以外では好んでは食べないから、必然的にビスケットはメラクルのために用意されていることに……何でやねん!


「……もういいや、お茶くれ、お茶」

「ふぁ〜い」


 口をモグモグさせながら、メラクルは俺に茶を淹れてくれる。

 もちろん自分の分も。


「はぁ〜、茶が美味い」

 ……それも公爵用だからな。


 それでも、何度も言うが今更なので、まあ、いいかと今日も流しておいた。


 そのせいでもうメラクルは止めようがないが……やっぱり、まあ、いいか。


 空になったティーカップにお代わりの茶をメラクルが淹れてくれる。

 その際にメラクルの頭がそばに来たので優しく撫でておいた。


 手触り良いな。


「な、なに?」

 分かりやすく顔を赤くして戸惑うメラクルに笑いが込み上げる。


「いいや、なんでも。

 猫?

 いや犬かな?」


 顔を赤くしたまま俺の手を避けることもなく、メラクルはニヒルにフッと笑う。


「……愚問ね。

 このメラクル・バルリット。

 どちらかと問われれば孤高の誇り高き猫でしょうね!」


「やっぱり駄犬だな」

 俺が言い切ると赤い顔のままだが、俺の手を払い退けてからメラクルはその場で地団駄を踏む。


「ムキー!

 猫だって言ってるでしょ!

 それに駄犬って何よ!

 駄犬って!

 どこからどう見ても賢くて頼れるクレバー犬じゃない!!」


 結局、犬扱いは良いのかよ。

 そんなことを内心思いながら、また笑いをこらえる。


 離れたメラクルにちょいちょいと手招きをするとおずおずと近寄る。


 こいつ、大概素直だよなぁ。


 俺は目を柔らかく細め、メラクルの髪に再度触れる。

 嫌がる様子も逃げる様子もない彼女の頭を再度、優しく撫で心の中でごめんなと呟いた。











 彼が眠る部屋であの日と同じ夕暮れの光が差し込む。

 その額を布でそっと拭う。


 それから彼の力の無い左手を持ち上げ、その甲に口づけをする。


 あれはハバネロが眠りにつく前の……。

 今日と同じ茜色の残照が残る、いつかの日のことだった。


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