(閑話)いつかの残照-リターン

 それはもう訪れることのない残照の日のこと。


 目に光を宿すこともなく、その美しい女性は静かにベッドに半身を起こしたまま外を眺めている。


「コーデリアが死んだよ、姉さん」


 弟の告げた残酷な現実にも廃人となった女性……メラクル・バルリットが反応を示すことはない。


 世界は滅びる。

 1年か、早ければ半年も保たず。

 世界にはもう希望はない。


 救いをもたらす祈りの剣も。

 奇跡を起こすアルカディアの宝石も。

 世界最強も。

 滅びゆく世界には何も残してはいない。


 そのことを知っている人間も、おそらく死す前のコーデリアから通信を受けることが出来たクロウだけだろう。


 本来なら戦場からクロウのいる場所は到底通信が届く距離にはない。


 コーデリアの言葉が届いたのは、愛する者を想う奇跡なのだとしても……それも今では意味のないこと。


 死した英雄たちが残したほんの僅かな時間、優しく世界が滅びる日まで静かに生きていることを許されただけの……。


「コーデリアは姉さんを連れて逃げてと言ったけど、もう世界のどこにも人が生きることを許される場所はないんだ。


 俺もコーデリアと英雄たちの弔いが済んだら……」


 その後に続く言葉はない。


 クロウが静かに席を立っても、メラクルは反応を示すことはない。

 一体どうすれば良かったのか、クロウはそう思うがどうにか出来る何かは思い当たらない。


 世界の滅亡を防ぐ唯一の可能性が、目の前の光を失う前のクロウの姉と……とある誰かとの会合にあったなどと、世界の誰も知ることはない。


 それはもう過ぎ去った……手遅れになってしまった有り得ない過去でしかない。


 クロウが立ち去った後でもメラクルは窓の外を見ていた。


 ふと僅かに彼女が反応を示す。

 それは外に広がる夕焼け色の残照。


 ただそれもすぐに夜の帳が下りて覆い尽くされてしまう。

 まるでこれからの世界を包み込むように。

 優しく、残酷に。





「あ……がっ、ガイ、ア……」

「シーア!」

 リュークの目の前で預言者シーアの身体を、魔神と化したガイアのアルカディアの剣が貫く。


 ガイアの瞳は緑色に爛々と輝いているが、そこに人としての感情は何一つ残ってはいない。


「魔神化……」


 それは人の心を捨て最強になれる力。

 奇跡を起こす秘宝アルカディア。

 その宝石は奇跡を起こす。


 かつて旧文明を破壊した魔神を生み出す秘術。


 それが……転生。

 己の人生を終え、最強になる秘術。


 それはつまりガイアがもう死んでいるということ。

 そしてその身体にアルカディアの宝石が取り込まれ、その身体が魔神へと変質したということ。


「ガイ……ア……」

 シーアが吐血し身体を震わせながらも、そのガイアを抱き締める。

 人の身ではなくなったはずのガイアは、何故かその手を振り払おうとはしない。


 シーアが僅かにリュークに視線を送る。


 迷いはなかった。

 刹那に迷う時間すらも与えられていないことを知っていたから。


 そうなる前にたくさんのことをシーアとリュークは話した。

 散っていった仲間たちのこと、黙示録のこと、女神のこと、アークマシンのこと。


 レイルズも立ったまま、全方位から刺されて死んだ。

 シルヴァもあっけないほど簡単に首を刎ねられた。

 キャリアたちも。

 ある者は倒れたところを背中から串刺しにされ、ある者は仲間が殺されて動揺したところを首を刎ねられ、ある者は囲まれて自害し、ある者は剣を折られ何も出来なくなったところに腹を裂かれ。

 ある者は誰かに祈りを捧げながら。

 1人、また1人と。

 そして皆、死んだ。


 託すべき誰かも、もう1人も居ない。

 だから……。


光輝心願こうきしんがん


 リュークの必殺技の光が煌めくと同時に、ガイアとシーアの身体がリュークの持つプライアの剣に貫かれる。


 それはアークマシーンを封印する唯一の方法。

 女神の因子を持つ女性が適合者が持つ聖剣プライアで貫かれ、その身を捧げることで邪神としてアークマシーンを封印する。


 シーアがリュークに微笑みかけ、それから光のない緑の瞳から涙を流すガイアの髪をそっと撫でる。


 その背後から別の魔神が斬りかかってくるのを、プライアの剣を手放したリュークが割り込む。

「がっ……!?」


 斬り裂かれリュークはゆっくり膝をつく。

 シーアはそれを泣きそうな顔で見つめ、口だけが動く。

 リューク、今までありがとうと。


 シーアとガイアの身体を貫いたプライアの剣から光が溢れる。


 その自らの命を犠牲にしてアークマシンに女神の封印を施す。


 その封印は、今ではもう半年も保たないだろう。

 それでも彼女たちにはそうするより他なかった。

 その先に未来などないことを知りながら。


 シーアの目から涙が溢れ落ちる。


「……ごめん、ね」

 それが誰に、何に対しての言葉なのか。

 それを聞き届ける者さえ、もう……。


 光は全てを包み、同時に聖剣プライアが小さな金属音を奏で砕けた。


 その後には魔神も、彼女たちも居ない。

 ただ物言わぬ1人の男のむくろが残るのみ。


 ジャマー装置。

 それは女神の因子と呼ばれる特定の才能を持つ乙女が、その身を犠牲にアークマシンを封印する装置。


 アークマシン同様、その名もまた長い時の中で、女神教の伝承の中で引き継ぐためにその言葉を変えた。


 邪神と。


「ごっついもん見せやがって、クソ女神が」

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