第192話女神の玄室
何もない空間というのはそれだけで息が詰まる。
そこに女神と呼ばれる存在が居る。
ユリーナにも似た美しい容姿。
だがそれは人ではない
そいつは俺にいくつもの過去や未来を見せてくる。
全ては滅びを示し絶望だけを植え付けるように。
過去の滅びた世界のこと。
邪神の真実のこと。
魔神のこと。
悪魔神、つまりアークマシーンと呼ばれる負の遺産のこと。
……まさか俺がやった黙示録の起動方法が、魔神化するための手順だったとは思いもしていなかった。
ゲーム設定の記憶にあった主人公チームと戦った邪神が、実は邪教集団が作り出した邪神もどきだったことも。
今に伝わる邪神とは別の存在だったことも。
邪神とは生贄となった女神の因子を持つ者がその命でもって邪神となり、悪魔神を封印しているのだ。
俺は女神に目を向ける。
ユリーナによく似た容姿。
遠い記憶の中、とてもたおやかで優しい陽だまりのような温かみのある女性だった。
亡くなったユリーナの母、大公妃ローズ。
本来の意味の邪神とは悪魔神を身の内に取り込んで……いいや、取り込ませて暴走を食い止め、変じた存在。
悪魔神……つまりアークマシーンを阻害するジャマー装置。
それが邪神。
そうすると俺が今、目の前で見ている女神は邪神なのだろうか?
それともこれこそが悪魔神なのだろうか?
答えは分からない。
ソレは今も様々なものを俺に見せてくる。
……だが、何故だろう。
他にも誰か似たような人が居たような。
『忘れさせて?』
黒髪の女は青い髪の青年の首にしがみ付くように腕を回す。
そうして、黒髪の女はその男に深い口付けを捧げる。
あの映像が頭に甦る。
おい、なんで今、この記憶なのだ?
そもそもこの空間自体が俺の記憶の中とかじゃないのか?
この空間はそう、
明瞭なる自覚のある夢だ。
だからこそ、記憶の一部なども浮かび上がってくるというのだろうか。
つい先ほどもゴツい絶望を見せられたところだ。
俺が介入しなかった場合の本来の結末だ。
あれだけハバネロ公爵が護ろうとしたユリーナも後を追うように亡くなり。
メラクルは廃人のまま。
全員魔神に殺され、ガイアも殺され魔神化。
残ったシーアとリュークが命をかけて仮初の平和をもたらし、僅か半年後に世界は滅亡。
とことん救いのない未来。
「それを見せてどうしようってか、女神さんよ?」
女神はただ微笑むだけ。
それがより一層不気味だ。
……だがこの時は違った。
「スキルをあげましょう。
貴方が世界最強になり、悩みも苦しみもなく楽しく生きられるように」
「あん?」
女神が突然、語りかけてきたのだ。
「さあ、どんなスキルを選びますか?
貴方には特別に2つのスキルをあげましょう。
未来を知る力と最強になれる力。
さあ、さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ!」
ノリが良く明るい気分にさせる話しかけてくる。
だがそれが怖気すら感じさせる。
これを平気な顔で受け取るヤツが居るのか?
つくづく人の欲は恐ろしい。
魔神化する際に女神から最強となるための力を渡す、そんなプロセスなのだろう。
かつて幾人もが、こうして最強を餌に転生して魔神となった。
始まりはただゲームと呼ばれる装置により、娯楽のための装置でしかなかった。
そのゲームでその装置を使わずに苦労している人を尻目に、人よりも強い力で楽勝で自らが楽しむ。
そんなコンセプトだったと。
ゲームによって大金を掴む者もいたがために、人はこぞってその欲望に飛び付いた。
それでもVRG、バーチャルリアルゲームとかなんとか、呼び方は今更なんでも良いが、それは当初こそ娯楽の枠を出ずにアークマシーンと呼ばれる高性能装置に完璧に制御されていた。
だがやがて、その欲により魔神化した者はお決まりのように戦争に使われ、魔神制御装置であったアークマシーンが戦争に対応するため更新を繰り返し、やがて制御出来なくなり暴走。
魔神たちは人々に襲いかかり世界は滅びた。
生き残った人々が女神の因子を持つ者を生贄にして、アークマシーンを封印することで人々はどうにか生き延びた。
同じ
それは時の流れの中で、戒めごと全て忘れ去られてしまったが。
そして、もうじき世界が滅びた時と同じことが起こる。
封印はもう効果をなさず、世界は詰んでいる。
要するに魔神とは自らの命を捨てて最強になる代わりに、女神のシモベとなりその意思や存在の全てを捨てるという行為に過ぎない。
それが今、発動しているということは今度こそ俺が死にかけているということだ。
目覚める方法がない以上、いつかはこうなった。
その時が来ただけのこと。
……だからこそ。
それを俺は鼻で笑った。
「……ふん」
「何がおかしくて?」
俺の態度が理解出来なかったらしく、女神が驚いたように目を瞬きさせて問うてくる。
ただの装置がそんな人間くさい反応をするのか、と不思議にも思った。
「……興味ねぇなぁ。
最強なんて」
「何故です?
誰もが勝ちたい、他の人より良い目を見たい。
故に誰にも脅かされない最強の力とその興奮を求めるものですよ?」
ああ、そうだろうよ。
興味ありません、みたいな顔しても結局、似たり寄ったり誰もがそういう心がないとは言わない。
「……それでも最強が興味ないやつもいるんでね」
それもまた人というものだ。
「それでも貴方は違うでしょう?
力を求め、魔導力の塊をその身に飲み込み、私へのアクセスを起動した」
起動したのは偶然だけどな。
むしろ知ってたら絶対に起動させなかった。
そうすることで今まで生きながらえたのだとしても。
「それで自らの生きた今までを否定するっつーのは、なぁんか違うと思うけどなぁ〜」
「……もう貴方は死んだのです。
あとは転生するしかありませんよ」
そうやって、ここにまで来てしまった者は不自由な2択を示される。
まるで女神のシモベとなり魔神化するしかないかの如く。
「いいや、もう1つあるね」
「何です?」
「テメェをぶっ倒す」
気持ちだけは勢いよく飛び出すが、突如、身体が鉛のように重くなり抑え込まれる。
そういう空間だ。
分かってた。
俺自身の肉体があるわけではなく、いわば精神世界。
その主がコイツだ。
じゃあ、飛び出すなよって?
こういうのは勢いが大事なんだよ。
動かない身体でいつもの人の悪い笑みだけは浮かべて。
「……昔、昔の思想でな。
辛いという文字はな、人を意味してるという。
人生は辛く苦しく最期に縛り首で殺されたら幸せだって。
救いもない話だろ?
人生そのものが詰んでるんだとよ。
御先祖様もとんでもない名前を家名にしたもんだ」
よく分からない力に抑えつけられて身体はまるで動かない。
それでも俺は吐き捨てるように言う。
……でもまあ、御先祖様の気持ち、今なら俺にも分かるよ。
だからどうした?
辛いからなんだってんだ。
それでもたった一本の花が欲しくて、焦がれて……。
それでも生きるのが人だろ?
「なあ、くそ女神。
我が名はハバネロ。
俺は……俺だ。
最強だとか……、転生だとか。
クソ喰らえ」
ああ、チクショウ。
息苦しくなってきた。
抑えつけられているからではないだろう。
俺の終わりが近いからだ。
俺の終わりがやって来たから、システムに則り女神は語りかけた。
それだけ。
言ってはみたが、ここまで来ると俺が魔神化してしまうのに抗うすべはない。
手順を踏んでこの場にまで来てしまったのだから。
くだらない最強とやらになる前に終わらせられれば良かった。
だが俺の延命を望んだあいつらの手により、俺の身体はゲーム装置と呼ばれる黙示録の装置の場所に連れてこられた。
だから、俺はまだ僅かに死なずにこの空間に居るのだ。
それにより皮肉なことにアークマシーンに繋がってしまい、魔神化への最後のピースがはまってしまったのだ。
そこに……。
ふと気付くと俺の隣にあのポンコツメイドがいた。
俺がノリで渡したメイド服が気に入って、聖騎士のくせにずっとメイド服で俺について回ったポンコツ娘。
「起きなさいよ」
「あん?」
なんでおまえがここに……?
考えがまとまる前にそのポンコツメイドが俺の腹にパンチ、つまり腹パンする。
「おぐっ!?」
この空間で何故、衝撃がある!?
女神の仕業か!
そう思い目を向けるが、女神は何故か目を見開いている。
人間の感情で言えば、なんで貴様がここに、とでも言うように。
感情のあるはずのない女神だから、それはただの俺の妄想にしか過ぎないわけだが。
とにかくそのポンコツメイド……メラクルが動けない俺の胸ぐらを掴む。
そして……かぶりつく様に俺に口を重ねて来た。
「んぐっ!?」
舌を這わされるたびに俺の中から急速に力の塊が抜けていく感覚がする。
加速度的にまるで天から奈落に落ちる様な浮遊感と共に、俺とメラクルが女神から離れて行く。
そのあまりの急降下に俺の意識は遠のき……。
先程まで重ねられた柔らかな感触から唇と舌が離れる。
唇を奪った柔らかな茜色の髪を持つ彼女は、それでも吸い込まれそうなほど澄んだ赤茶色の瞳に、今にも泣き出しそうなほどの涙が
「起きるの遅いんだよぉ……ばかぁ」
あ、はい。
お待たせ……、しました?
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