第193話謝りなさいよ

「謝りなさいよ」

 開口一番に唐突にメラクルはそう言った。


「何をだよ?」

「あっさり起きたことを、よ!!!!」

 バフバフと俺のベッドを叩くメラクル。


「いや、起こしたのお前だろ!?」


 起こされて謝るってなんだよ!!





 目覚めて何日かして、ようやく半身を起こせるようになった。

 あの大公国でのパールハーバーとの戦いからまだ1ヶ月も経っていないらしいが、もう随分過ぎてしまったような朧げな記憶だ。


 そんな中、俺を起こしに来たポンコツが突然、そんなことを言い出した。


 散々心配掛けたのは悪いとは思うが起きたことを責められても。

 だがまあ……。


「苦労を掛ける。

 俺が生きていることが知れれば、王がどんな手を打ってくるかは分からない。

 いっそ起きない方が良い方向に転がった可能性の方が高い」


 俺が素直に頭を下げると、何故かメラクルのやつはムキーと怒り出した。


「そういうことじゃないわよ!

 起きてくれてありがとう!!

 もう寝るんじゃないわよ!」


「いや、どっちだよ!?

 それに寝ないと死ぬだろうが!」


 こいつはもうほんとにどうして欲しいんだ!?


 さて、寝起きからメラクルのよく分からないテンションに晒されたわけだが、それはそれとして状況を言うならば。


 レッド・ハバネロ。

 起きました。


 ……俺からするとなんでこうなってんだ、という思いもなくはない。


 起きてから何度かに分けて現在の状況を教えてもらっているが、全てを理解出来たわけではない。

 そもそもどうやって起きたのか、とか。


 あの時は本気で死んだと思ったし、最愛のユリーナの腕に抱かれ眠るという、まさに俺の願望の全てを象徴する夢まで見た。


 目覚めて数日。

 ようやくまともに身体を動かせるようになって来た。


 実際、こいつに限らずだが皆には苦労を掛けたようだ。

 俺が眠りについてすぐにその入れ替わる形で目覚めた聖女シーアにより、皆に俺の状態について説明を行ってくれたようだ。


 俺が未来予知が出来る能力を得るためにゲームを起動して、自らの記憶を代償にゲーム設定の記憶を得たこと。


 しかしながら、その代償は大きく身体の中に膨れ上がった魔導力は俺の身体をむしばんだ。


 それが限界に来て、ついには俺は……。

「死んだ……はずだよな?」

 俺は自分の手をジッと見る。


「生きてるわよ!」

 メラクルがバンッと俺のベッドを叩く。

 いつもの、と言って良いか。

 ここ最近はこいつも暗い顔ばかりしていた。

 主に俺のせいで。


「状況は?」

 俺がそう尋ねるとメラクルは、あうあうと天井を見上げたり部屋を見回したり挙動不審。


 ……こいつ、何かやりやがったな?


 俺が眠っていた場所は謎のコードやパイプ、なんだかよく分からない装置や模様が刻まれている部屋。


 俺が聖女シーアを眠らせた部屋だ。

 彼女と入れ替わるように俺が眠っていた。

 それはつまり……。


「はーい! 説明しますよ〜!」


 バーンと両手を広げ満面の笑みで聖女シーアが扉を開け放つ。


 私の出番です、とばかりに聖女シーアが白衣の集団……Dr.クレメンスたちとヒエルナ?

 彼女たちを引き連れて。


 どういうこと?


 聖女シーアは半身を起こした俺のベッドの横、メラクルの隣に椅子を並べ俺の顔を見る。


「顔色は戻って来ましたね。

 目覚めたばかりはいつ死んでもおかしくないぐらいに真っ白で、寝ている間もずっとメラクルさん泣いてたんですよ?」

「なっ!?」


 メラクルが分かりやすく赤い顔をして手を無駄にバタバタさせ俺を叩く。

 痛ぇだろが!


 白衣のトーマスと謎の白衣集団が機材を運び込み、Dr.クレメンスがその機材のスイッチをパチパチペタペタと俺に付けてセッティング。


「失礼しますね」

 そう言ってヒエルナが俺に吸盤のような機材を取り付けていく。


「ヒエルナ・ハーグナー……嬢。

 貴女が何故ここに?」

「メラクルおば……お姉様に呼ばれて来たのです」


 ヒエルナは白衣でもって綺麗な礼を返す。

 白衣がまるで高級ドレスのようにも見えた。

 格好がどうあれ侯爵令嬢としての気品は損なわれてはいない。


「ねえ、今おばさんと呼ぼうとしなかった?

 ねえ?」


 確かに養子になったから、メラクルはヒエルナからすれば伯母にあたることになる。


 そのヒエルナだが、若年ながら魔導研究に傾倒けいとうしていたらしく、メラクルの要請でその機材と人員も一緒にここに連れて来て、Dr.クレメンスの頼れる助手となったとか。


 それは同時にハーグナー侯爵の全面的な支援を引っ張れたことを意味する。


 しかし……。

 侯爵家は生粋の貴族だ。

 養子のメラクルと直系のヒエルナではその立場は大きく違う。


 ハーグナー侯爵と一緒に王都で挨拶したように、ヒエルナは侯爵家でも特別な存在だ。


 反対にメラクルは養子という建前があっても、貴族として認められるかは別だ。

 貴族の養子縁組は多くはただの道具としてだ。


 例えば子のない貴族の後継としての養子縁組もあるが、周りの貴族を納得させるために当主からのお墨付きと教育、それに最低でも親族などの血筋から引っ張って来なければならない。


 どこの誰とも知れぬ者を養子に迎えて家を継がすことはない。


 メラクルの養子縁組はハバネロ公爵という俺と救国の英雄というメラクルの立場を利用して、ハーグナー侯爵が受け入れてくれたに過ぎない。


 それなのに、だ。


「……どうやって、ハーグナー侯爵からの支援を引っ張れたんだ?」

「ふぇ?」


 メラクルはいつのまにかビスケットを取り出し、ヒエルナと一緒にバリバリと食いながら、ポンコツな顔で俺の問いに首を傾げる。


「ハーグナーパパに頼んだのよ!」

「パパァ〜!?」


 ハーグナー侯爵は大貴族である。

 俺のように変わり者ではないから、早々簡単には……。


「『ハーグナーパパ、お願い!』と頼んだら、あっさり全面的に支援してくれるって言われたよ?」

「お前、すげぇな!?」


 何がどうなったらそうなるんだ!?

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