第194話寝ている間に起きたこと

「そろそろ説明いい?」


 そう言いながら、同じくビスケットをバリバリと食べながら聖女シーアが俺の顔を覗く。

 ガイアと同じ緑色の目。


 女神に見せられた魔神化したガイアの目を思い出す。

 俺もそうなりかけていた。

 そんな俺の胸の内を知ってか、知らずか聖女シーアはにっこりと笑う。


「メラクルさんが話すと全部流れを持ってちゃうから」


 聖女シーアに同調するようにヒエルナも自身の腰に手を当てて、まったくです、と。


「メラクルお姉様はお爺様にも押し切っちゃいましたからねぇ。

 パパ呼びされてお爺様が受け入れた時は屋敷中の人が目を丸くしましたよ?」


「ぐぬぬ……」

 どこに行っても変わらないって、ある意味とんでもない才能だな。


「……こいつがゲーム設定の記憶であっさりと廃人にされたのが不思議なほどだな」

「公爵さんがシリアスだったからじゃないですか?」


 ……おい、そんなんで状況が一変すんのか?

 しかも筋が通っているような言い方だが、一切筋が通ってねぇよ。


「しかしゲーム設定の記憶、ですか。

 言い得て妙な言い方ですね」


 聖女シーアの前でゲーム設定の記憶と口にしたのは初めてだ。

 それはある意味で俺がこの記憶を割り切れている証拠でもある。


「貴方とリュークが同一な存在である以上、起こり得なかった未来でもあります。

 それぐらい割り切るべきなのでしょうね……」


 そう言いながらも聖女シーアはどこか寂しそうにも見えた。


「そう思うが、ガイアはまだあの記憶に囚われたままだ。

 目覚めてから声を掛けてあげたのか?」


 ガイアは世界最強の剣士だ。

 それは共和国で開かれた武闘大会で優勝したから……というわけではない。


 少なくとも俺がガイアを最強だと認めるのは、ゲーム設定の記憶の彼女を知っているからだ。


 記憶の中でガイアは文句なく強かった。

 もっと自信満々で、だからこそ心に余裕があった。

 だからガイアを見た時、不思議に思った。


 あれほど強かったはずのコイツがなんでこんなに頼りない小娘に見えるのだ、と。


「あの娘には悪いことをしました。

 まさか私とアルカディアの剣、そして貴方が飲み込んだアルカディアの宝石とで3点が結ばれ、あの娘にも記憶が埋め込まれました。

 あの最期は……トラウマにもなりますよね」


 僅かに苦渋を滲ませながら、同時にまた寂しそうに聖女シーアは吐き出す。

 トラウマになるほどの失敗の記憶。


 変えられない失敗した記憶は身悶えして、その場にゴロゴロと転がりたくなるほどのものだ。

 完全になかったことにしたくても過去はなくならない。


 もっとも、ガイアのトラウマは起こらなかった記憶。

 ……そしてこれからも起こさせはしない。


「いずれ話をつけてやる」


 今のガイアは見てられない。

 元々の……と言うほど知らないが、ゲーム設定のガイアはもっと自信に満ち、何より強かった。


 その力が必要だ。


 眩しいものを見るように聖女シーアは目を細める。


「……貴方という方は本当に、いつもいつも」


「メラクルストォォオオオプ!!!」

 そこにメラクルがビスケットを手で振りながら、俺たち2人の間に割って入る。


「やらせはしない!

 やらせはしないわよ、姫様から託された私のこの瞳が黒いうちは!!!」

「お前、黒目じゃないよな!?」

 どちらかと言えば髪に似た赤茶色だよな?


「しゃらぁぁぁあああぷ!!!

 黙りなさい!

 分かっててもツッコミを入れないのが様式美よ!」


「いや、むしろツッコミを入れる方が様式美だろうが!」

 シャラップと黙りなさいって同じ言葉だが、何故2回言った?


 大事だからか?

 大事なことだからか?


 言い返されて、ぐぬぬ、とメラクルは悔しそうに唸る。


「それにユリーナに託されたって何をだよ?」


 夢うつつの中の眠る直前にユリーナと再会した気がする。

 パールハーバーとモンスターに変えられたサワロワを倒したことは記憶にある。

 だが、あの時にユリーナと話した内容はおぼろげな記憶の中だ。


 俺に都合の良い言葉ばかりを告げられた気もするし、確信的なことは何もなかったようにも思う。


「ナニって……、なんというかぁ〜、その……浮気しないように?」

 頭にクエスチョンマークを浮かべたような顔で首を傾げるメラクル。

 なんでお前が分かってないんだよ?


「はいはーい、見せつけない見せつけない!

 説明いきますよ!

 ほんっとメラクルさん、流れ全部持っていくのですから!」


 楽しそうに聖女シーアはわざとらしく、ぷりぷりと頬を膨らませる。

「はいはい、ポンコツのことは良いから話を進めてくれ」

 俺も聖女シーアに賛同する。


「ポンコツ言った!

 またポンコツって言った!!

 ポンコツじゃないから!

 ポンコツ言う方がポンコツなんだから!!」


「お前は邪魔しに来たのかよ!?

 今更なことに反応するな!」


「はいはーい、そこまでそこまで。

 もう無理矢理説明に入りまーす!」


 うるさいです、叔母様と言いながら、ヒエルナの手でビスケットを口に突っ込まれてジタバタするメラクル。


 それを気にすることなく聖女シーアは俺に状況を説明してくれる。





 死んだと思ったが、なんとか命を繋いでいた俺は昏睡状態にあった。

 本来ならそのまま死んでいておかしくなかったが、あることが理由で身体を蝕んでいた魔導力が減ったことが功を奏したと。


 しかしながら、目覚める手段は皆目検討が付かず、俺が眠ると同時に目覚めた聖女シーアがメラクルたちと合流。


 延命も兼ねて、聖女シーアが俺とゲーム設定の記憶を共有するために、起動中の黙示録の装置があるこの地に移動させられた。


 聖女シーアはゲーム設定の記憶を俺が持っていたことと、その経緯、そして俺の身体に起きたことを皆に説明してくれたそうだ。


 魔神化。

 ゲーム設定の記憶をぶち込むことでこのままでは魔神化してしまう可能性が高いこと。

 生きていること自体が奇跡であること。


 そこから全員が奮闘してくれた。

 今も奮闘してハバネロ公爵家をなんとか維持してくれている。

 反対にユリーナの意思もあり、大公国はハバネロ公爵家に吸収されることになった。


 大公国を吸収して2倍になったハバネロ公爵家は俺が昏睡状態ということで、その半分の領地を王国に渡すことになった。

 足して2で割ったような感じである。


 その取りなしをしてくれたのが王国王太子なので悪いようにはならないだろうが。


 そこから話は俺を目覚めさせた方法に至るが……。


 開口一番、聖女シーアは爆弾を落としてきた。


「あ、公爵さんを目覚めさせたのって、メラクルさんのディープキスだから」


「しゃらぁぁぁああああああああああああああああああああああああぷ!!!!!」

 メラクルの絶叫が部屋中にこだました。

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