第195話なんでそうなった

 真っ赤な顔であうあうと、酸欠の金魚のように喘ぐメラクル。


 そのポンコツにツッコミを入れても、話が進まないことを確信した賢い俺は聖女シーアに話を促す。


「それで?

 なんでそうなった?」

「ひひひ、姫様の了解は得ているからね!?」


 なんのだよ!?

 ユリーナが許可がどうとかって……。


「……分かってるよ、そう慌てるな」


 ユリーナはどうも思っていないのだろうから、許可も何もあるまい。


 俺がそう考えるとメラクルはムッと口をつぐんで俺の頭をポカリと叩いてきた。


「何しやがる!」

 メラクルのほっぺをグニーッと引っ張り返す。


 結構、やわらけぇな!?

 あまりの柔らかさと滑らかさにビックリしてしまった。


「あんたが姫様の気持ちないがしろにするからでしょ!」

「してねぇよ!

 なんだいきなり!!」


「したでしょ!

 今、『ユリーナはどうも思っていないのだろうから』って!!

 ふざけんな、この赤唐辛子!!」


 ……何言ってんだ、こいつ?


「俺、口に出してたか?」

「出してないけど、思ってるだけで罪よ、罪!!

 ロクでもないこと考えましたざいよ!

 今すぐ私と姫様に謝罪を要求するわ!!」


 どういうことだ、と聖女シーアを見る。

 聖女シーアはふむ〜とあごに手を当てて首を傾げる。


 俺に取り付けた計器で何かを確認しながら、ヒエルナや白衣集団とあれやこれや話をしていたDr.クレメンスが立ち上がり、俺にビシッと指を突き付ける。


「それについては私が教えよう!」


 公爵様に指を突き付けるな。

 今更言わねぇけどよ。


 それともあれか?

 いっそ激怒した方が良いか?


 思案してる時点で、俺がそれを指摘することを面倒だと思っている証拠なので放置しておくことにした。

 叱るべき筆頭のポンコツ娘を放置している時点で手遅れなのだ。


 俺のそんな葛藤はつゆ知らず、Dr.クレメンンスは得意げに語り出す。


「シーアさんから話を聞いた時は驚いたわ。

 こんなところに実験体……じゃなくて、公爵様が魔神化一歩手前の深刻な容体になっていたなんて!」


 今、実験体と言ったよな!?

 ……まあ、Dr.クレメンスはちょっとマッドサイエンティスト入ってるから仕方ないか。


 聖女シーアを見ると困ったように微笑む。

 俺が魔神化し掛けていたことに聖女シーアは気付いていたようだ。


「正確にはその可能性があるという話をさせてもらったのです。

 研究所の皆様の尽力のおかげで魔神化一歩手前であることが可能性ではなく、事実であることまで判明出来ましたが」


 さらりと言っているが解明にはなかなかの苦労があったようだ。


 助手としてヒエルナとハーグナー侯爵家の研究者たちも加わりながら、何日も徹夜してついには徹夜のテンションでハイになり過ぎて研究所の屋根が吹っ飛んだらしい。


「……屋根が吹っ飛んだ。

 私はその衝撃的な瞬間を見てしまったわ」

 メラクルが何故か遠い目でそう語る。


「……なんでそうなった」

 お前ら、ほんと何やってんの?


 えーっと、それでなんの話だったかな?


 もうこいつらのポンコツワールドが凄過ぎて寝起きの俺にはついて行けん。

 寝起きじゃなくてもついて行ける気はしないが。


「つまりキスをすると魔導力のパスが繋がって、心の中で限定的な通信が可能となるのよ!」


 ジャジャーンと腰に手を当ててDr.クレメンスはニヤリと笑う。


「……それは誰でも、か?」


「相性が良く一定の条件を満たせば、というところね。

 とにかく公爵様はアルカディアの秘宝と呼ばれる魔導力の塊を飲み込んだせいで、いわば歩く魔導力の塊状態。


 当然、強過ぎるエネルギーというものはそれがどのようなものであれ、人体に大きな影響を与えるわ。

 純然たるエネルギーも過ぎれば身体を蝕む猛毒となりうる。

 人が魔神という異物に成り果てるように、ね」


 成り果てる、か。

 良い表現だな。

 覚醒するとか、そういう良いモノでは決してない。

 それはまさに人の欲望の果てに過ぎないのだ。


「そもそものゲーム設定の記憶、でしたか?

 そのゲームを起動させる条件は遺伝子情報の取得。

 魔導力と遺伝子の関係は無関係ではない。


 いいえ、むしろ密接な関係にあると考えるべきです。


 そうすると公爵様を蝕むことになったその力の発動がキスで始まったなら、キスでなんらかの変化を与えることが出来るのではないか!?

 我々はそう考えたのです!」


 我々と、Dr.クレメンスは自らの胸に片手を、もう片手で研究員たちを示す。


 ヒエルナ含む研究員たちは白衣をバサリとひらめかせ、思い思いにポーズを取る。

 その一糸乱れぬ動きは、テメェら絶対そのポーズ練習してただろ、と俺に思わせるものだった。


 その俺の内心の動揺は何故か読み取らずに、メラクルはDr.クレメンスの言葉を引き継ぎ衝撃的な言葉を口にした。


「もちろん、何もなしでそこに至ったわけではなくて、姫様が隠れて眠るハバネロにキスしててね……」

「そこ、詳しく!」


 俺は喰い気味でガシッとメラクルの腕を掴み詰め寄る。


 ちくしょっぉおおおお!!

 俺は何故、眠ってしまっていたんだ!!


 愛しい姫からの俺へのキスなど、それだけで語り継がれる伝説の物語となるのだ!


 ……いや、落ち着け俺。


 これはきっとコイツらが俺を励まそうとする、もしくはネタにしようとする罠に違いない。

 そんな都合の良い話などあるわけがないのが人生だ。

 詐欺注意だ!


「いやいや、マジだから信用しなさいよ」


 メラクルが目をぱちぱちさせて、さらに片手をフリフリしながら俺にそう言ってくるが俺は騙されない!


「うそや!

 巧みなメラクルさんの罠に違いない!」


「なんでよ!

 私がそういう罠を仕掛けられるとでも!?」


「そういえばそうだったな。

 俺が寝ぼけていた、すまんすまん」


 うん、無理だ。

 このポンコツにそんな巧みな技が出来るはずもない。


 世界の真理並に無理だ。

 なんという恐ろしいほどの説得力だ。


「そこであっさり信じられるのも……なんとも……」


 がっくしと膝まずくメラクル。

 ある意味、このポンコツぶりは何よりも信用に値する。

 俺はそう心の中で強く頷いた。


「ポンコツ言うなァァァアアアア!!!」

「うるせぇ!!!

 いちいち心読んでんじゃねぇえ!!」

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