第10話公爵閣下のお立場③

 俺は今日も真面目に書類を前に仕事をしていた。


 ……それにしても酷い。

 帳簿を改竄かいざんするにしてもやり方というものがあるだろうに。


 A地点で物を作るのに、Bから輸送するがその輸送料としてAで物を作る数倍の金を申請してきている。


 アホか。


 ハバネロ公爵はこれにサインをしていたのだろうか?

「サビナ。これをどう思う?」


 サビナは俺に差し出された書類を見て、ヘニョっと眉を下げる。

 クール美女のサビナのちょっと困ったような表情。


「……致し方ないかと」

「何?」

 俺は眉を上げいぶかしげな表情をしてしまう。

 サビナはちょっと困ったような表情のまま答える。


「はい。このルート上に盗賊団が出るとのお話があります。

 よって、輸送に際し護衛の騎士団を同行致しますので、その分、金額は跳ね上がってしまうかと……」

 俺の頭にゲーム設定が浮かぶ。


 どうもこのゲーム設定の不便なところは、俺がそれに関連することを想像もしくは聞かねば、それに関することが思い浮かばないということだ。


 一度浮かびさえすれば後は色々と分かるのだが……。

 もちろん、ゲーム設定として俺が知ることとハバネロが元々知ってることのみなので、それに頼りきりではどうにもならないが。


 騎士団は魔導力の使える貴族どもの集まりで適度な仕事と報酬を与えねばならないが、今すぐにという必要もない。


 確かゲームシナリオでは、ハバネロ討伐時に騎士団はエリート兵として主人公チームに立ちはだかる。

 能力は隊長でもCなのだが、装備が良いのでほどほどに強く、ほどほどに金になる。


 今回は要するに騎士団の報酬と宿代などの移動費用が高くつくということか。

 ……この金欲しいな。


 それにこの盗賊団は恐らくゲームシナリオ最初のチュートリアルの盗賊団で、主人公とユリーナが合流して初の討伐任務だ。


 もっともルート選択が可能で、必ずしもこの盗賊団討伐シナリオがある訳ではない。

 ここで何が重要かというと、ゲームシナリオが分かる俺は敵の拠点と数と実力を知っているということだ。


 はっきり言って、俺とサビナだけで余裕で討伐可能だ。


「よし、騎士団の大多数には留守を任せ、その予算はこちらに回してもらおう。

 少し所用があるから俺の方で対処する。

 代わりと言ってはなんだが、日頃の忠節を労い、ここから酒代だけ出そう」


 はっきり言って、騎士団を動かす金額が莫大過ぎる。


 恐らく、公爵領にはこうした無駄遣いが数限りなくあり、それが領民の生活をとことんまで圧迫し、公爵の悪名へと繋がっている。


 そうかと言って、無闇矢鱈むやみやたらとそれを是正しようとすれば部下から叛逆されることだろう。

 金を節約させてもその不満を公爵の所為にされるだけであり、それはすぐに公爵への悪名へと繋がる。


 不正をする者は、全て公爵の所為にすれば良いという事態。

 まったくもって、どうしろと?


 だが、まあこの機会に俺の手元に僅かなり……個人が持つには僅かではないが、予算が手に入るのは大きい。


 しかもゲームシナリオとブッキングするから、盗賊団へのリスクもないも当然なので利用しない手はない。


「閣下自らですか?」

「騎士としての役目を果たさねばならんからな。

 それに盗賊団ぐらいなら丁度良い相手だ」


 王国は騎士の国であり、大きな戦争となれば貴族でも前線で騎士として戦う。

 名誉としての意味もあるが、貴族は魔導力を使える者が多く、魔導力のあるなしが強さの絶対的な差となっている。


 つまるところ一般兵の能力Eですら、一般人からすれば比べものにならないほど強いのである。

 能力Sが如何に化け物か分かるというものだ。


 そんな訳で、逆に貴族がこの手の荒事に全く動かないのもそれはそれでよろしくない。

 そのため何らかな理由を付けて、盗賊退治などを行い、『はく』を付けておかなければならないのだ。


 それは悪名高き公爵も同様、いいやむしろ悪名が高いからこそ、何処かで点数を稼がないと凋落ちょうらく待ったなしである。


「はっ! 承知いたしました。では、そのように手配致しましょう」

 このぐらいならば大きな問題にはならないため、サビナも返事をし処理を進めてくれた。


 丁度、そこにメラクルが部屋をノックして姿を見せる。


 メラクルは今日も茶のワゴンを押しながら、部屋に入り3人分の茶を用意して公爵の俺の許しも得ず、ソファーに座りそう言った。

 この女、つくづくメイドに向いてねぇ!


「ねえ……。

 今度は泣いてお礼言われたんだけど、あんた今まで屋敷の人にも何してたの?

 ナニしてたの?」


 してないというか、知らん!

 っていうかナニってなんだよ、ナニか!?


「さあな。それよりどうだ?

 誰か接触はあったか?」

 俺は書類を片付けながら、おざなりに尋ねる。


 メラクルは昨日見たやり方を真似ようと指をピッピッと言いながら横に振るが、一向に指先に魔導力は集まらない。


 俺はため息を吐きながら、メラクルの対面に座り脚を組む。

 それから指先に魔導力を集めスッと横に振る。

「今回も毒はねぇぞ。」


 メラクルは両手で茶器を持ち、ズズズと貴族にあるまじき音を出してその茶を飲む。

 こいつ本当に貴族か?

 思わず突っ込む。


「大公国みたいな小国の騎士爵の娘なんて平民と変わらないわよ?

 むしろ、それを許してるあんたが異常なんだからね?」


 指摘されて、成る程と納得してしまった。

 ここで設定が頭に浮かぶ。

 確かに貴族というものはそういうものだった。

 こいつに指摘される前に、他の貴族に出会っていれば危なかった。


 しかし、後付けで頭に浮かぶ設定知識、ほんと使えねぇ……。

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