第9話公爵閣下のお立場②
メラクルは先程から、茶を片手に持ちながら指を横にピッと引く動作を繰り返している。
ああ、そういうことか。
俺は指に魔導力を
「大丈夫だ。毒は付着してないから安心して飲め」
「え!? 何したの!!!」
壊れたメラクルの4回目の言葉でようやく合点がいった。
「何って、毒が付いていないか指に魔導力を
主人公チームの最強キャラであるガイア・セレブレイトが、とあるイベントでやってたやり方だ。
緑髪とサファイアの目をした中性的な美少年で確か10代後半。
能力Aのハバネロ公爵なら可能だろうとやってみたら出来た。
ヨシヨシ、毒は怖いからな。
「えー!! 何してんの!!!」
「うるせぇ、茶ぐらい落ち着いて飲め!」
「ねぇ、この人何してんの!? 何したの!?」
俺を指差しながらサビナの方を向き訴え、自分でも何度かピッ、ピッと呟きながら指を横に振るっているが、指先に魔導力を集めていないから何も起こらない。
ついにはメラクルだけではなく、サビナも指を横に振り出す始末。
「1、指に魔導力を溜める。
2、それをセンサーの役割と同様のイメージでもって横に振る、だ。
出来ねぇか?」
それを聞いたメラクルは目だけ大きく見開き、表情を変えずこちらを見る。
おずおずとサビナが横から。
「閣下……。魔導力にそのような応用力が有るなどと、
「聞いたことないか?」
「はい」
「ないわよ。魔法じゃないんだから」
魔導力は魔法とは違うようだ。
なお、魔法は想像上のものである。
魔導力では、特殊な剣でも使用しない限り炎を出したり、大地を割ったり出来ない。
そういった剣を使えば出来るということだけど。
0か100か、それが魔導力の一般的な認識のようだ。
ガイア・セレブレイト、能力Sの最強キャラはやはり異質だったようだ。
「……まあ、いいじゃねぇか」
俺はそれ以上、説明する方法が分からなかった。
「一体、なんなのよ、あんた。聞いてたような残虐な感じでもないし……」
メラクルが肩を落とし呟いた。
「……まあ、いいじゃねぇか」
説明する方法分かんねぇって!
聞くな。
「良か無いわよ!
早速、私、メイド仲間に囲まれて、泣きながらごめんなさいを連呼されて優しくされて、このお茶持って来る時も泣き崩れてる人まで居たわよ!?
私に何が起きたの!?
そこまで同情される私の立場って何!?」
何って、手籠にされたんだろ?
「お前も実際、俺の噂が本当だと聞いて暗殺に来たんだろ?
なら、それ相応の行いをしているならば、恐れられていても当然だろ?」
納得がいかないという風に、メラクルは立ち上がる。
「だけど、貴方はそんなこと本当にしたの?
なんで!?
噂通りの人ならなんで私を助けたりなんか……」
俺はそれを聞きながら耳の穴をかっぽじる。
ふざけている訳ではなく本当に痒かっただけだが、タイミングがなんとも。
耳の痒さって我慢出来ないのよね。
「こっちにも事情があるからな。
言って納得出来るようなものでもないしな」
事実だ。
ゲーム世界に突然放り込まれて、ハバネロ公爵の悪事なんか知りませんと言ったところでどうにもならない。
ゲーム開始時点でこうなのだ。
出来る範囲で抵抗するしかあるまい。
「それともうじき、お前に何があったか聞いてくる奴がいる。
そいつに注意しろ。
返事に困ったら泣き崩れろ。
そんなこと聞くなんて、とソイツを責めろ。
そいつはお前を犠牲にして、俺を罠に嵌めようとした奴の仲間だ」
そう忠告をしてやると、メラクルはたじろぐ。
「なんでそんなことが分かるの?
それに私を案内した人はもう逃げてしまったんじゃないの?」
あの後、すぐに衛兵のアルクより報告があり、メラクルを誘導したのはハバネロと同じ王国貴族派のレンバート伯爵の知り合いの紹介によるメイドで、この屋敷では2年ほど働いて素行も悪くなかった、と。
レンバート伯爵を追及しても、大元の仕掛け人には到達できないだろうな。
真面目に働いていたメイドというカードを切ったということは、それなりに大きな一手を潰せたということだろうか。
なお、衛兵アルクにも伝えた通りメラクルは大公国のバルリット騎士爵の三女で大公国の騎士団長パールハーバー伯爵による紹介としてある。
メラクルを突撃させたのは、間違いなくコイツであり、暗殺困難とみたメラクルが咄嗟の判断で内部に入り込む作戦に切り替えたという筋書きだ。
メラクルのフルネームはメラクル・バルリット。
フルネームまで知っていたことでメラクルにまた怯えられた。
それもそうだろうな、フルネームや立場まで言い当てられたんだから。
ただのゲーム知識だけど。
パールハーバー伯爵が今回の『大公国側の』仕掛け人であることはただの予測だけどな。
まあ、ほぼ間違いないだろう。
それはともかく、何故、敵がメラクルに何があったかを聞いてくるかといえばだが。
「俺がそいつらなら気になって仕方ないからだ。
大公国のパールハーバー伯爵とそいつらが繋がりがあっても、即座に情報のやり取りは出来ん。
ならば、情報を当人から得たいと思うのは心理だ。
気取られるなよ?
向こうからしたら、お前が真実に気付いたかどうかまでは分からないんだ。
気付かれてなければ、お前はまだ奴らの仲間と思われるし、気付かれてしまえば無理をしてでも排除すべき敵になる」
彼女は躊躇いながらも頷き、椅子に座り直し震える手で茶を口に運ぶ。
もう少しぐらいは安心を与えてやりたいが、残念ながらハバネロ公爵の味方がどれだけいるかは不透明だ。
周り全てを敵と見るぐらいが丁度良いだろう。
「しかしなんだな……。
俺も大概詰んでるが、お前も同様に詰んでるよな」
ウリュっと涙目になるメラクル。
可愛らしいが御年22歳、貴族では行き遅れである。
一般市民なら適齢期だけどな。
「……何よ。
なんで公爵のあんたが詰んでるのよ。
訳分かんない」
俺は苦笑いを浮かべるしかない。
まったくだ。
自らの欲望で悪を為して贅沢三昧が出来るなら有り難いが、そういう奴は余裕があるから贅沢三昧している訳ではなく、贅沢三昧がしたいから悪の限りをしているだけなのだ。
まともに生きようとする、それだけでなんと生き辛いことか。
まあ、繰り返すがハバネロ公爵の自業自得なんだが。
「……さて、休憩したら行った行った。
あ、何か分かったら教えに来いよ?
情報って奴はとても重要だ。
それにお前をこういう目に合わせた奴も当たりをつけて置かなければならないからな」
手をフリフリ。
それを見ながら、メラクルは少しは落ち着いたのか、ため息を一つ。
「どうせあんたに助けられた生命だもの。
やれるだけやるわよ。
……でも期待しないでよね?」
「してないから、ボロだけは出すなよ?
実質詰んでるんだから、これ以下にしないでくれ」
「努力だけはするわよ。んベー」
赤い可愛い舌を出して、メラクルはお茶のカートを押して退出する。
公爵に舌を出すとは、つくづくメイドに向いていない女である。
本職は武闘派聖騎士なんだけど。
「サビナ、悪いがサポートしてやってくれ」
「ハッ!」
静かに話を聞いていたサビナ・バンクール。
クールな出来る女である。
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