第8話公爵閣下のお立場①

 どれだけそうしていたかは分からない。

 長い時間のようで10分も経っていないかも知れない。

 いずれにせよ、思い悩んでも解決しないのだ。

 何もしなければ、時間が解決してくれるほどハバネロの状況は甘くはないのだ。


 とにかく1人でも味方を作りハバネロ討伐シナリオを乗り越えねばならない。

 ……まずは現状で味方と言える者の選別だが、設定がまるで浮かんでこない。

 み、味方がいねぇ……。


 そう考えていた俺の脳裏に1人の紳士の顔が浮かぶ。

 俺の、というかハバネロ公爵の小さな頃からの世話役。

 50を越えても衰えぬ光る肉体美!

 博識で沈着冷静、シャキッと伸びた背筋。

 穏やかな笑みにイカス白髭。

 その名はセバスチャン!


 現在、ギックリ腰で療養中。

 若いつもりでも若くない、そんなお歳の50歳。


 公爵としての執務はこのセバスチャンが采配していた部分は多く、今回、メラクルが屋敷に潜入出来たのもその穴を突いたと言える。


 ハバネロ公爵の能力はAだ。

 それは世界レベルで見てもかなりの強さだ。

 それに俺はゲーム知識もある。

 属性と武器を工夫することで能力Sとも渡り合えるだろう。

 だが、それでも。


 ゲーム上で大事なのは、戦闘を如何に勝利に導くかという戦術だ。

 今、必要なのは、ハバネロ公爵の状況を覆す戦略だ。

 自身の状況も分からず、特異な行動を取ればハバネロ公爵を陥れたい者たちは嬉々としてそれを利用するだろう。


 例えば、農作物が凶作になることを防ぐために新たな農法を提案したとしよう。

 それを座して見守る者は居ないだろう。

 これ幸いと失敗に導き、ハバネロ公爵を窮地に追いやるだろう。


 公爵領の税を軽減しようと指示するとしよう。

 その税を着服していた者は、別の方法で減らした税分を回収しようとするだろう。

 すると領内は金が不足し、公共事業は断ち行かなくなり更に追い込まれる。


 内部のウミを取り払おうにも誰が敵で、誰が味方か俺だけでは判別がつかない。

 間違えれば、そこでゲームオーバーだ。


 強権を発し、いきなり不正をしている者を排除するなどと、まず不正をしている者が誰で、それは何処までかを知らなければならない。

 無作為に不正即処罰などすれば、危機感を持った者どもが暴徒化して即反乱が起きる。


 不正をする者は不正が出来るだけの立場にある者たちだからだ。


「セバスチャンが帰って来るまでは耐えるしかないか」 


 手に持ったままだったユリーナの姿絵を何度でも見る。

 嫌なシーンを見せられても、ユリーナへの恋心は変わらず俺の胸を締め付けるからタチが悪い。


 それでも嘆いて変わるならそうしよう。

 そうではないから人は足掻くのだ。

 それは誰でも……ハバネロ公爵でも変わりはない。


 俺はフラつく身体に力を込めて立ち上がるのだ。





 そうして翌日、執務室で書類を確認しながら、俺はやっぱり頭を抱えていた。


 公爵としての執務がそこまで多くはない。

 それは執政官や内政官を配置して、大きな物以外は各役職が執り行い、公爵はそれを認可にんかする。


 よって、重要な取り決めの裁可が回って来るぐらいだ。

 セバスチャンがギックリ腰で倒れているため、通常よりは多いが執務机が山積みとなるような仕事量ではない。

 そこまで、ハバネロ公爵が下の者から信用されていないのもあるかも知れない。


 そもそも山積みの仕事を抱えた時点で終わりだ。

 任せられるところを任せねば、悪化の一途を辿るだけだろう。

 もちろん、なんらかな改革を自ら采配して行うつもりならば、その限りではないが。


 正直に言ってしまえば、公爵領は上手くいっているとは言い難い。

 不正は蔓延はびこり、領地は荒れ始めている。


 改革は必要だが、それを進めるには根回しが必要だ。

 多少の無理をしてでも変える必要があるが、前述の通り誰が敵か味方か分からない。


 そんな訳で仕事をしながらも、事態を解決出来る見通しはないという訳だ。

 やがて騒乱となり、ハバネロ公爵は大きくそれに巻き込まれ自身は討伐される。


 大公国も滅び、ユリーナも何度も苦難を乗り越えることとなる。

 戦乱の混沌の中、邪神も復活して各国は手を取り合いなんとか主人公チームが邪神を討伐する。


 それがゲームの筋書きだ。

 ゲームクリア後のお遊びで裏ボスとして悪魔神という存在も居たりするが、それは本筋のストーリーとは関係ない……はず。

 実際にこの世界でそれがどう影響するかは不明だ。


 コンコン。


 扉がノックされる。

「お茶をお持ち致しました」

 メラクルが休憩用の茶を思って来たらしい。

 俺が声を掛けると、隣の机で俺の秘書のような役割をしていたサビナが立ち上がる。


 メラクルは部屋に入るなり、ぞんざいに茶を3つ分入れて、テーブルに置く。

 メラクルは許可も得ずにソファーに座り、早速、それを飲もうとする。


「飲むなよ?」

「なんでよ? ケチ臭いわね」

 勝気なトパーズの瞳が吊り上がる。

 随分、態度が砕けたな。


 俺は苦笑いして立ち上がり、ソファーに移動する。


「そういうことじゃねぇよ。毒が入っているかも知れねぇだろ?」

「毒?

 自分も飲むのに入れる訳ないじゃない」


 最初から自分も飲む気で持ってきたんだな。


「そうじゃねぇよ。

 器なり何なりに毒を付着させてるかもしれねぇだろ?」

 俺は指に魔導力をまとわせ、スッと横に振る。

 毒などが塗られていればノイズが走る。

 どうやら大丈夫らしい。


「え? 何したの?」

「何って、スキャンしたんだよ。

 毒は入ってねぇな。

 ちゃんと確認しろよ?」


 実際、魔導力の強い人間は毒はあまり効かない。

 ゲームでも一定ダメージである程度したら、効果がなくなっていた。


 そうは言っても、遅効性や繰り返し服用させることで病気にさせる毒もあるし、複数の毒を組み合わせて致死のショック症状を引き起こす毒もある。

 用心に越したことはない。


 俺は入れてあった茶を手に取り飲む。

「え? 何したの?」

 メラクルが先程と全く同じ言葉を吐く。


「茶を飲んでるんだよ」

「え!? 何したの!?」

 お前は壊れたおもちゃか。

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