第7話今後のこと③
「よって、だ。
1番良いのは暗殺未遂事件など起こって居ないとすることだ。
俺はメラクルの正体にも気付かず、メラクルも暗殺を仕掛ける前に手籠にされたせいで大公国の者であると気付かれていない、とな。
まあ、随分と危ない橋だが、メラクルの正体を気付いてもダメ、メラクルを捕らえても……どうせ牢屋に入ってる間に、何者かに薬かもしくは
お前もそんだけ詰んでたんだぞ?
理解しろよ?」
ビシッとメラクルに指を突き付ける。
ここまで話してメラクルも理解出来たようで、顔面をまた蒼白にする。
「わ、私はどうすれば……」
「言った通りだ。殺されないように用心しろ。
暫くは俺の専属メイドとして付き、折を見て大公国に帰れる手を考えてやる。
だから、手籠にされたことだけは口裏を合わせろ。
無理矢理だと言えば、同情も買うことも出来よう」
では行け、と手でシッシッと追い払う。
メラクルはサビナに伴われ、部屋を出て行った。
そうしてようやく俺は大きなため息を吐く。
話しながら俺自身も状況を整理していたが、つくづく……詰んでやがる。
とにかく、俺がまずすべきは本当に単純なことながら生き残る。
そして……ユリーナを嫁に貰い、平和に暮らす。
これだけだ。
これだけなんだがなぁ……、それがまた実に難しい。
ユリーナにも嫌われてるし。
ううう……。
それに設定としてのハバネロ公爵の情報はあるが、俺の意識が覚醒する前のハバネロ公爵自身が何を考えていたかどうかまではさっぱり分からない。
だが……、ハバネロ公爵の記憶はなくとも、俺がレッド・ハバネロであることは分かる。
自己の認識、これ自体は何故かハッキリしている。
変な話、ハバネロという人形が自我に目覚めたといったイメージだろうか。
……だが、何かの本で俺はこの手の症例を知っている。
有り体に言えば記憶障害の一種で、以前の乱暴者だった自分の感情やらは抜け落ち、その後は非常に穏やかな人格になる症状だ。
……俺が穏やかな人格かどうかは別にして。
記憶はなくとも自分は自分ということだ。
日記などはないかとテーブル周りや戸棚を確認してみる。
「お?」
戸棚に雑に置かれたそれは釣書と呼べる物。
中を開くと……、ユリーナの姿絵。
ハバネロ公爵との婚約時に大公国お抱えの絵師が書いたものか本物そっくりである。
俺は姿絵を天にかざすように掲げる。
「美しい……そして、可愛い……」
長い柔らかな黒髪に優しげな瞳、実際、かなり優しく、それでいて芯が強い。
女性的な柔らかさを保ちつつ、聖騎士らしくスタイルも良い。
大公国の姫にして聖騎士。
俺よりいくつか年下だが、可愛らしいお姉様といった印象だ。
後で額縁に入れるか、それとも……。
持ち運びしたい。
大公国で他の姿絵も手に入らないものか。
覚醒してすぐに見たユリーナの俺をキッと見つめる(睨んでるともいう)姿を思い出す。
長い髪は聖騎士としての任務前だからか、聖騎士の正式な制服での訪問だった。
ゲームシナリオでは、この任務の途中で主人公を拾うことになる。
それがゲームの始まりだ。
大公国の部隊の一員となった主人公は、やがてユリーナを隊長とする独立部隊の一員として数々の戦いへと巻き込まれ、世界を滅ぼそうとする邪神を討伐するというのがゲームの流れだ。
俺はまたユリーナの姿絵を眺める。
目覚めた瞬間の刷り込みか、それともレッド・ハバネロの想いの残滓か、もっと単純にユリーナの可愛さ故にか、どうやら俺はユリーナに一目惚れしてしまったようだ。
このゲームは恋愛ありだ。
当然、ユリーナもヒロインの1人だ。
「切ねぇなぁ……」
一応はハバネロ討伐までは好感度は一定以上、上がらない。
その後は……、あれ?
ゲームでは、どうだったかな?
確かヒロインと結ばれるのは邪神決戦前日のイベントで……。
そう考えているとそれは突然、それはやってきた。
「……おい、やめろよ」
俺の頭の中にゲームのワンシーンがリプレイされていく。
『忘れさせて?』
黒髪の女は青い髪の青年の首にしがみ付くように腕を回す。
そうして、黒髪の女はその男に深い口付けを捧げる。
青髪の男……、おそらくゲーム主人公もそれに応えるように彼女を抱き締める。
そうして、2人はベッドに倒れ込み艶やかな黒髪は柔らかなベッドの上に広がり……。
それを頭の中でまざまざと見せられる。
……俺はその場で吐いた。
リプレイされたシーンが終わると、そこはなんの変化もない自分の自室。
「は、はは……。マジか」
渇いた笑いが出る。
恋心を自覚した途端にこれか?
設定上の嫌われキャラのハバネロ公爵でも、これは無いだろ?
ていうか、『俺』には関係ないだろ?
なんで惚れた女のベッドシーンをいきなり見せられないといけないんだ?
これがハバネロ公爵に転生した罰なら酷すぎる。
俺は胸に大きなシコリを残したまま、このハバネロ公爵という人生を生きねばならなくなったということをこんなことで実感する。
ユリーナの姿絵を握りしめていたため、端の方がシワになってしまった。
それを引き伸ばしながら考える。
やはりこの身体はゲームとしての一時的な乗り移り、というわけではないようだ。
実感もあるし、感情もある。
クソッタレな絶望も。
もう一つ分かったことは、このゲーム設定の記憶は融通が効かない。
普通の記憶のように経験として得ている訳ではないので、遠慮なくその設定やシーンを叩き込んでくるし、知りたい設定を思い出すためには、まずは自分である程度想像を働かせて……、いわば検索を掛けなければ出てこない。
俺は先程の記憶を頭の隅に追いやるように、大きくため息を吐く。
いずれにせよ、ハバネロ公爵は嫌われている。
ユリーナにも嫌われてて超辛い。
ハバネロ公爵の自業自得であって、俺の責任じゃないのに……。
俺はユリーナの姿絵を片手に持ったままソファーに沈み込み、ため息混じりに髪をかきあげる。
惚れた女の印象を良くしたくとも、その機会がない。
ユリーナの姿絵には彼女の笑顔はない。
それが俺たちの関係だ。
つくづく……。
「詰んでやがる」
そう言って、俺の顔に皮肉げな嗤いが浮かぶ。
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