第6話今後のこと②
「で、では、全てはユリーナ様のため、と?」
動揺して青い顔までしながら、メラクルはそう尋ねてきた。
ひとしきり興奮して落ち着いたところで、俺は何食わぬ顔でソファーに身体を沈める。
「……ふむ。そう言いたいのは山々だが、残念ながら俺には敵が多い。
その上に味方はさらに少ない。
そうは出来ぬ事情があるのだよ」
ゲーム的に言うなら、味方サビナのみ!
シナリオ部隊出撃時、サビナと俺だけで敵と戦う無理ゲー状態、一般兵(能力E)でも良いから味方が欲しい……。
フッと憂いを見せるが、メラクルは「はぁ、そうですか」と気の抜けた返事。
聞いといてなんだよ、しょうがないじゃないか。
元が嫌われ公爵。
しかも俺自身、ハバネロ公爵がどこまでやっちまったのか、さっぱり……。
ゲーム知識以上のものは知らない。
ゲーム知識だけでも、それなりのことやらかしているのが分かるけどね。
街一つ焼いたり、領地に重い税をかけたり、他には……よく分からん。
とにかく出来ることは対応しておかなければ、ゲームの討伐シナリオまで生き残ることすら難しいんじゃないか?
さて、とりあえずメラクルを助けたものの、こいつの存在がヘタをすると俺の致命傷になる可能性もある。
早急に対処しなければならないが、そもそもこいつは俺の生命を狙いに来た暗殺者だ。
全面の信頼を置くわけにはいかない。
ああ、ちくしょう、詰んでないか、これ。
「とにかく……、時間だ。
話は落ち着いてからにしよう」
「時間?」
何も分かっていないメラクルは可愛く小首を傾げる。
実際は、つくづく謀略ごとに向いていない純粋な娘なのね……。
これ以上ないほどに、3人で落ち着いて茶など飲んでいるが、実は余裕がない。
「……メラクル。
信用しろとまでは言わない、少しだけ大人しくしてろよ?
今この時は、俺たちは一蓮托生だからな」
そう言いながら、俺はメラクルの隣に座り肩を抱く。
「何を!?」
「何もしねぇから黙ってろ。
生きるか死ぬかの正念場だと弁えろ。
サビナ。後ろに控えていてくれ」
「ハッ!」
イイ返事だ。
サビナは信用して良さそうだ。
ただでさえ詰みなのに、最初からサビナが『敵』なら終わりだったわけだが。
「誰か! 誰か居るか!」
俺は扉の向こうに向けて声を上げる。
「なっ!?」
メラクルが俺から逃れようと身をよじる。
(いいから、動くな。死にたくなければジッとしてろ!)
小さく声を掛けると、睨み付けながらも大人しくなる。
そうだ、イイ娘だ。
俺たちは一蓮托生。
ここを乗り切らないと先はない。
扉の向こうから激しい足音。
「失礼します!」
「うむ、入れ」
扉が開いた先には先程の衛兵。
近くに控えていたようだ。
この忠誠が本物なら助かるが……。
この僅かな会合では分かるものではない。
衛兵は俺に肩に手を回されたメイドを見て一瞬だけ眉を
メラクルは俺を僅かに睨んだまま、手を振り払わず大人しくしている。
「このメイドは見たことがない。
至急、このメイドの紹介者を当たれ。
あー、だが、このメイドは気に入ったので、以後、俺の専属とする。
本人からは大公国のバルリット騎士爵の三女であり、大公国の騎士団長でパールハーバー伯爵による紹介と聞いた。
……ベッドで確認したから間違い無いだろう。
分かったな?
分かったら行ってよし」
俺は敢えて下品な笑みを浮かべ、回した手でメラクルの肩をポンポンと叩くとメラクルは分かりやすくビクッと反応した。
衛兵は何も言わず敬礼し、部屋を出る。
部屋を出る際、やはりメイド姿のメラクルを気の毒そうに見て立ち去った。
職務に忠実で情も有るか。
上出来だな。
衛兵が誰かの密偵ならこの程度で感情は揺らすまい。
であればハーグナー侯爵の密偵の可能性は低そうだ。
屋敷全てが『敵』であればもうお終いなので、そんな事態は避けられそうだ。
詰んでからが長く醜い。
それこそが俺、レッド・ハバネロなのかもしれないと
メラクルの肩に回していた手を戻し、そのまま深くソファーに沈み込む。
「メラクル。お前がすべきことはただ一つだ。
殺されるな。
タイミングを見て、大公国に戻してやろう。
もっとも、戻った大公国でどう立ち回るかについては自分で考えておけ。
そこまでは責任は持てん」
今も責任を持つ必要まではないがな。
「サビナ。メラクルのフォローを。
殺されたら、俺たちは苦境に落とされるが仕方ない。
これが乗り越えられねば、どの道詰みだ。
あとメイド長のロレンヌにこいつの世話を頼め」
「ねえ、なんで私の出自を知ってるの?
大公国の聖騎士ってことも知ってた、なんで?どこで知ったの?
今のやり取りにはどんな意味があったの?」
ふむ、と俺は自分の顎に手を当てる。
気づけと言っても無理な話かもしれない。
メラクルはサビナを見るが、サビナは困った顔で首を振る。
「私も男爵家なので、高位貴族の閣下が何にお気付きなのかまでは……」
メラクルはばっとこちらを見る。
動きがちょこまかしてるな。
表情もコロコロ変わる。
メラクルの性格がよく分かった。つくづく暗殺者に向いてない。
「高位貴族というか貴族に仕える者……メイドに限らず従者は、特定の紹介がない者を雇うことはない。
そんな訳でメラクルが本来、メイドとしてこの場に居ることはまずあり得ない」
貴族というのは縁故採用が基本だ。
そんなことにもメラクルは今頃それに気付いたようだが、サビナは当然のように頷く。
密偵が内部に入り込む際にも長い時間をかけるものだからな。
当然、その紹介者はかなり危ない橋を渡る訳だ。
よって、メイドや従者が暗殺を行うということはそう容易いことではない。
成功率が高い状況、もしくは紹介者との繋がりを誤魔化せる、もしくはバレても問題がないなどの条件が必要だ。
外部の者がメイドをたぶらかせて悪さを行う手などはよく聞く手では有るが、そういった方法でもない限り外部の者が手を下すには難しい。
それでも上位貴族が屋敷の中で暗殺などが行われることがあるのは、要するに味方と思っても貴族内では何かのパワーバランスで敵にも味方にもなるからだ。
外部ではなく、内部にも敵が多いのは上位貴族の定めかもしれないなので、裏切ることのない信用のおける部下は万金にも変えられぬという訳だ。
領内の者や使用人たちから忠誠を得ている貴族はその時点で、勝ち組と言えるかもしれない。
当然、ハバネロ公爵はそんないい環境ではありません……。
話を戻すが俺がメラクルの出自を気付いてなお、メラクルを助けたと気付かれれば、今回の暗殺未遂を支援した者はどう動くと思う?
大公国と俺とでなんらかな密約なりを交わしている可能性を考える。
今回の仕掛け、最大の目的は俺と大公国との不和と見ていいだろう。
そうなると、だ。
自分たちの想定以上に、大公国と俺とが親密となれば、多少強引にでもその関係を破壊しにかかる可能性がある。
そうなれば、味方の少ない俺はひとたまりもない。
まったく公爵が聞いて呆れる。
所詮は先代の余りの王族が臣籍降下しただけのお飾りに過ぎんという訳だ。
領地も大貴族とは比べるべくもない。
しかも、重税を課してやらかしているときたもんだ。
まったく詰んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます