第11話ポンコツメイドと公爵

「まだ誰からも聞かれてないわ。

 それより泣いて感謝されたんだけど?」


「何をだよ? ナニか?」

「ナニがナニか分かって言ってるのよね!?」

 恥ずかしいらしく真っ赤な顔で怒るメラクル。


 あら意外にウブなのね?

 これでよく陵辱覚悟で暗殺に来たもんだ。


 ……実際、洗脳状態というか狂気に駆られると人は正常な判断が出来なくなる。

 こいつに限った話ではない。

 恐らくゲームのハバネロ公爵もこうして追い詰められていったのだろう。


 シナリオが進むにつれ、残虐性を表すシーンが増えていき、ある時は街一個を女子供関係なく殲滅し、それがハバネロ公爵討伐の直接的要因となった。


 皮肉な話だが、そのことが結果的に主人公チームに支援者が増え、世界最強部隊が完成し邪神討伐の体制が整っていくことになる。


 あくまでゲームに限った話で言えば、必要悪。

 それがハバネロ公爵だ。


 もちろん、ゲームではなく現実となればそんなことは許せるはずもない。

 だが、恐らくメラクルの件で大公国と不和を生じていれば、坂道を転がるが如く追い詰められてそうなっていくしかなかっただろう。


 まさか、このお間抜けなメラクルがハバネロ公爵のキーマンだったなんて、誰が気付こう?


「ああ、そうだ。もう一つ教えておこう」

 そう言って俺は執務机の隣に掛けてあったサンザリオン2を手に取り、深呼吸して魔導力を漂わせ広げるイメージ。


 元々、魔剣、神剣、聖剣どれにしても魔導力を伝える性質があり、必殺剣などはその魔導力を個々にあった形に変え発動する。

 意志により発動すると言い換えても良い。


 魔術師と呼ばれた主人公チーム最強の人物ガイアが考案した意志伝達方式は、ゲームにおいて主人公チームを最強部隊にのし上げた……というのがゲームの設定。


 つまりタクティカルというのかな、部隊全体をゲーム的に俯瞰ふかんして指示を出すことを可能とした。


 そのカラクリは、要するにテレパシーみたいなもの。

 もっとも意志を放つには頭で考えるというより物を話すという感覚に近く、慣れれば口に出して話すのと同じ感覚で伝え合うことができる。

 通信と言った方がイメージが近いかも知れない。


『とまあ、こんな感じに意志を伝え合うことが可能だ。分かったか?』

「え!? え!? 分かんないけど何やったの!?

 ナニされたの!?」

 お前の『ナニ』はなんなんだ?

「こ、これは、閣下……どのようにこんな……」


 メラクルも動転しているが、同様にサビナも冷静ではいられないようだ。

 そりゃそうだ。

 ゲーム設定上の裏技みたいなもんだからな。


 この設定はゲームよりもむしろアニメで生かされている。

 そう! 戦闘シーンで激しく動きながら会話が出来るのだ!

 なんて画期的!


 第30話、ユリーナとハバネロが激しく剣を交えながら会話するシーン、ユリーナの正義とハバネロの悪が分かり合えずたもとを分かつ。


『戻れはせんのだよ! ナニも知らなかったあの頃にはな!』

『貴方にナニがあったかは知り得ませんが、それでも私には貴方を止める義務が有ります!』

『そう思うなら、止めてみせろ!

 ユリーナ・クリストフ!!』


 そこでサンザリオンXが暴走。

 魔導力の嵐が吹き荒れる中、ユリーナは一筋の涙を流す。

 ああ……、あの時のユリーナも美しかった。


 ところで俺の記憶の中で『何』が『ナニ』に変換されてるんだが、ナニがあった!?

 メラクルに想い出まで毒されてしまったか!?

 ゲーム内だし、討伐される想い出だけど。


 指に魔導力を纏わすのと同様、メラクルもサビナもすぐには出来ないらしい。

 まあ、練習しておけ、と部屋を追い出した。


 そうして数日後、ついにメラクルに例の敵と思わしき人物の接触があった。

 丁度、俺はサビナを伴い移動している際に、廊下の向こうでメラクルの泣き喚く声が聞こえて走った。


「何事だ」

「こ、これは閣下……」

 執事のクライツェルだったか。


 5年ほどになる中堅。

 紹介者はハーグナー侯爵の子飼いのレント伯爵の縁故採用。

 ちらっとうずくまるメラクルを見ると嘘泣きだろう。

 涙の跡がない、ということはビンゴだろう。


 遠巻きに他の執事、メイドが集まってきている。

 俺はおもむろにクライツェルに近付き、その首に向けて剣を振る。


 甲高い音と共にその剣が防がれる。

 防いだのは……メラクルだ。


 うずくまった状態から跳ね上がるように、咄嗟に間に飛び込み俺の剣を防いだのだ。

 俺が何をするか、警戒していたか。

 聖騎士の護り刀を構えこちらを睨みつけてくる。


 さあて、どういうつもりかなぁ?

 やはり、俺の『敵』かぁ?

 半目で冷たい目でメラクルを睨む。


 メラクルはおずおずと護り刀を床に置き、ひざまずき頭を下げる。

 赦しを請うように。


 そこに教えたばかりの通信が届く。

『い、いきなりなんで殺そうとするのよ!

 なんか斬りつけそうな雰囲気があったから、思わず動いちゃったじゃない!』


 その反応を聞いて、俺は何故か……安心した。

 俺はメラクルを睨んでるフリをしたまま通信を返す。

『しゃあねぇだろ、こういう機会でもなければ、排除する口実がねぇんだから』

『だからって、殺すの!? 間違いかも知れないじゃない!

 私の勘違いってこともあるんだから!

 嫌よ! 勘違いで無関係な人殺しましたって!

 夜にうなされそうじゃない!!』


 そんな訳がねぇ。

 そもそも……。


『馬鹿か。お前だけの判断で使用人を斬り殺す訳ねぇだろ。

 元々怪しい奴の選別は済んでるんだよ。

 その中で動いた奴が確定されるってだけだ。

 ああ、もういい。

 とりあえず、この状況始末つけるぞ』


 俺は恐怖でへたり込んだクライツェルに声を掛ける。


「俺のお気に入りを泣かせるような真似をするとは万死に値する……が、コイツ自身がお前を庇うならば、命だけは許してやろう。

 今よりお前は放逐する。

 何処へなりと行くがいい」


「ヒィー!!」

 そう叫ぶがままにクライツェルはそのまま走り去った。


 丁度、そのタイミングでいつもの衛兵アルクが姿を見せる。


「今、俺のお気に入りのメイドにクライツェルがチョッカイを掛けたから手討ちにするところだったが、お気に入りが許せと請うからな、放逐で許すことにしてやった。

 奴が余計なことを考えぬよう根回しをしておけ」


「はっ!」

 そう言ってアルクはすぐに駆け出す。


 ハバネロの記憶というか設定ではこの衛兵は、公爵家のエリート兵の1人で『おそらくは』敵ではない。


 まあ、もしも敵だとしても俺にはどうにも出来んか、今は。


 それよりも全力ではないとはいえ、メラクルは俺の一撃を防いだ。

 能力差があってもやり方次第と知れたのは大きいな。


 俺はニヤリとほくそ笑み、サビナを伴いその場を後にした。


 なお、その顔を遠巻きに見ていたメイドたちに見られ、さらに暴虐な公爵のイメージが付いてしまうことになる。

 そりゃそうなんだが世知辛い。

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