第174話ユリーナ公都に立つ

 ガーラント公爵を追い返した私たちは、ようやく公都へ辿り着いた。


「ハバネロ公爵の兵がうろついていますね……」


 だけど、想像していたよりもずっと穏やかな様子だ。

 基本的な話になるが、例えば大公国の戦力と言われれば、魔導力のある兵500のことを指す。


 各国において戦力の指標はほぼ同じだ。

 これは戦争や争いは魔導力のある者が率先して行うべし、とする社会常識と言っても良いほどの考え方があるためだ。


 そうかと言ったところで、魔導力のある人が人間ではなくなるという訳でもなく、必然、その生活の営みや彼ら彼女らが休む間に代わりに働く人も必要なのだ。


 よって公都の正門に立つ衛兵はそのほとんどが魔導力の無い者で、その中に紛れるようにハバネロ公爵軍の魔導力持ちがちらほら混ざっているという具合だ。


 どうやらレッドはハバネロ公爵軍の兵を、魔導力のある精鋭しか連れてきていないようなのだ。


 不思議なのは大公国の兵が積極的に彼らに協力しているようなのだ。

 ラビットの組織の手を借りて、私たちは公都にこっそりと入り込み、宿の一つで再度皆で話合う。


「数日前の状況だと、大公国の兵、パールハーバーの騎士団と邪教集団、それにハバネロ公爵軍が三つ巴となっていたようだ。

 けれど、今は……」


 ラビットが公都の状況をそう説明してくれて、そこで言葉を濁す。

 私は皆と認識を共有するべく言葉を引き継ぐ。


「今は大公国とハバネロ公爵軍が協力していて、パールハーバーの騎士団と邪教集団を追い詰めている、と」


 ソフィアがお手上げとばかりに両手を挙げる。


「さーっぱり分かんない!

 それじゃあまるで、ハバネロ公爵が大公国の危機に、ヒーローよろしくタイミング良く助けに来たみたいじゃない!」


 ローラは自身のアゴに手を当て、悩みながらも私をチラッと確認して口を開く。


「……みたい、じゃなくて本当にそうなんじゃないかしら?」


「どういうことです〜?」

 サリーがそれを聞き返す。

 彼女たち4人からすれば、にわかには信じられまい。

 メラクル暗殺の冤罪は解いたが、大公国がレッドに苦しめられてきたことは事実だ。


 積み重ねた悪逆非道の印象は、人から少しぐらい良い噂を聞いたところで変わるものではない。


 しかし悪逆非道なのかどうかはさておき、レッドが私に『ご執心』という点で見れば、今回の行動にそれなりの意味が持てなくもない。


 ただ分からないのは……。

「公爵様がユリーナ様にご執心というなら、どうして事前にこの事態を伝えておかなかったのか、ってのは疑問ですけどね」


 レイルズが皆の思いを代弁する。


 そうなのだ。

 事前に言っておけば良いだけ……、もっともレッドと最後に会話したのは大戦中のあの時以来。

 言えるタイミングかと言えば……うーん。


 パールハーバーのことは注意を受けていた。

 邪教集団の存在も。

 それを紐付けられなかったのはこちらの落ち度とも言える。


 あのタイミングで国が崩壊すると言われれば……こちらとしては戦争に来ている場合ではないので帰国することになっただろう。


 そうなれば……王国は負けていたかもしれないし、そもそも私が帰国したからと言ってどうにか出来たのかと言われれば。


「……そうですね。

 おそらく事前に聞いたとしても、どうにも出来なかったからでしょう」


 下手に情報を知ってパールハーバーとガーラント公爵に勘付かれでもしていれば、残念ながら、私が無事で居られたかどうかすら危うい。


 それほどまで大公国が邪教集団とパールハーバー、それにガーラント公爵たちに侵食されていたのだ。


 いいや、はっきり言おう。

 無理だ。


 父が倒れ、パールハーバーとガーラントが敵に回っていた時点で、大公国の勢力図はヤツらの側に大きく傾いている。


 貴族関係、国内の力関係は微妙な綱引きだ。

 どちらかに傾いた時点で大きくそちらに引きづられる。


 もうそこまで来れば自浄効果は望めない。

 内部から行き着くところまで行くか、外部勢力からのテコ入れしかない。


 大公国は……とっくに滅びていたのだ。

 レッドは知っていたのだろうか。

 知っていて……大公国を。


「では公爵はユリーナ様を……大公国を見捨てていた、ということでしょうか?」

 ローラが言いにくそうにしながら私に尋ねる。


 その物言いにレイルズがなんとも言えない苦笑いを浮かべる。

 そうであるなら、愛を囁きながら私は良いように誘導されていた、ともいえるからだ。


 見捨てた、というのとは違うと思う。

 密偵ちゃんの言葉通りなら、彼は処刑されるかもしれないと。

 余裕などないことだろう。


 ああ、そうか。

 誰も知らないのだ。


 私もあんな風にレッドと話し、彼の心に触れなければ想像もしなかっただろう。


 彼が、大公国よりも大きな王国の公爵すらも、その置かれた状況次第では容易く滅びてしまうのだと。


 そして、私は密偵ちゃんから聞かされた彼の状況を話す。

 彼が追い詰められていることを。


 それを話した上で、私は目を閉じて一度深呼吸をする。


「見捨てられていた、その可能性はゼロだとは言いません」

 その言葉に全員が息を飲む。

 その可能性を分かりながらどうする、かなのだ。


「それを分かった上で、彼に会いに来たのです」


 クーデルが私の目を見ながら問う。

「会って、どうしますか?」


 私は大きく頷いて言い切った。

「ぶん殴ります!

 ぶん殴って、こんな事態を……レッドの彼の状況がそんなに危ないなら、もっと早く言っておけとしこたまぶん殴って……。

 それから……、それから……」


 いつの間にか握り拳を固めながら、思わず皆の様子を伺うと……。


 ラビットは苦々しい顔。

 レイルズはなんだかニヤニヤして。

 ガイアは大きくため息を吐いて。

 セルドアは諦めたように肩をすくめ。

 ローラはなんだか困ったように苦笑して。

 キャリアたちは満面の笑み。


 私はそれを見て……なんだか笑えてきて。

 最後には何故だか、皆で笑ってしまって。


 そこでサリーがふと思い出したように。


「そういえば帝国からの帰りの船で、皆で釣りをした時にラビットさんが馬車の車輪を釣り上げた時はこの人、天才だ、と皆でこんな風に大笑いしましたね」


 ラビットはギョッとしてサリーの方を向く。

「なんでここでそれを思い出す!?」

「えー?」


 ラビットの隣に座るガイアが変なものを見るように眉を潜ませる。


「待て、待てガイア。車輪は別におかしくないだろ? なあ……っていうかお前、そん時も隣に居ただろ!?

 それで車輪でも良いから釣りたいなとか、羨ましそうに言ってただろうが!」


「おかしくはないが、普通ではないなぁ。

 色男はやっぱ違うねぇ」

 レイルズがそれに悪ノリする。


「色男とか車輪になんの関係もないな!?」

 それに合わせるようにキャリアたちが同時に。

「えー?」

「息を合わせて言うな!

 お前ら四つ子か!」


 そこでセルドアがラビットの肩を叩き言った。

「安心しろ、車輪を吊り上げるなんて凄いぞ?」

「やかましい!」

 ラビットがそう言ってまた皆で笑う。


 思えば、このメンバーで色々な場所に行ったものだ。

 大公国そのものがこんな状態だ。

 だから本当なら彼女らも私と一緒に行動する理由などないのかもしれない。


 だけど自然と一緒に来てくれる気がしている。

 そして、それは気のせいじゃない。


「彼の荷物を半分持ちます。

 だから勝手だとは思うけれど……皆について来てほしい!」


 そう言い切ると、笑いながら全員が頷いてくれた。

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