第173話だから私は決めた

「舐めるなぁぁぁあああ!!!」


 そう叫び返して私は剣を素早く振るう。

 舞い散る雪のように緩やかに。

 力を込めて押し切るのではなく流すように。


 それに触れて最初に飛び掛かった兵を斬る。

 ローラとセルドアが私の両サイドに立ち脇を固め、近付いた兵を素早く確実に斬り捨てる。


「せいやー!」

「とりゃー!」

「わわっ!?

 キャリア右ー右ー!」

「落ち着きなさい、サリー!」


 キャリアたち4人が一丸となって連携しながら、押し込んでくる兵たちから私たちを支える。


 レイルズとガイアが兵の中に突っ込み、相手を怯ませるが直ぐに津波のように押し戻そうとされる。


 爆発力は圧倒的だけど、体力を消耗させられるとマズイ。


「ユリーナ姫!

 我がままはいけませんな!

 大人しく我ら親子に従ってくれれば悪いようには致しませんぞ!」


 数の優位があるからか、お腹同様、自信たっぷりに言い放つガーラント公爵。


 ……だって仕方ないじゃない。

 あの人がそうするのならば。

 皆が噂するようにあの人は私を利用しているだけでも。


『皆、タイミングを合わせて囲みを突破するわよ』


 ガーラント公爵の呼びかけを完全に無視して、通信で皆に呼び掛ける。

 ガイアがチラリとこちらを見て僅かに頷く。

 こちらの爆発力が圧倒的ならば、タイミングさえ合わせられるなら一点突破を図れば。


 レッドには肝心なことは何も聞かされていない。

 どうして邪神や悪魔神のことを知ったとか、どうしてメラクルを助けたのか、とか。

 塗り潰した記憶というのが何なのか、肝心なことは何も。


 私には言わないんだろうね。

 そのことを寂しいと思うのはいけないことなのだろう。

 何故なら私はまだ貴方に何も返すことが出来ていないし、何より…… 想いを告げたこともないのだから。


業火雷鋒ごうからいほう!!」

 ガイアが叫ぶと正面にいた兵たちが吹き飛ぶ。

 その出来た人垣の穴を全員が駆け抜ける。


「アイツを……じゃなかった。

 姫を行かせるなぁぁぁあああーーー!!」


 ガーラントはそこでようやくマズいと気付いたのか、なりふり構わずその醜いぜい肉をぶるんと振りかざし叫ぶ。


「邪魔を……するなぁぁぁああああ!!!」「ヒデブッ!?」

 通りすがりに愛剣グリアネスの柄頭でガーラントを殴っておいた。


 それでも止めようとする兵の間をスピードを一切緩めず走り抜ける。


『どっかぁぁぁあああああん!』

 それでも追い縋ろうとする兵のど真ん中に、密偵ちゃんの通信と同時に煙が広がる。


 ゲホゴホと兵たちが咳き込む中、ガーラント公爵の息子が何かを叫ぶが叫んでいるだけで、みるみるその距離は空いていく。


 私は勝手に覚悟する。

 大公国の姫としては良くない考え方だろう。


 国のため心を持ってはいけないのだろう。

 私は冷たい冷たい月なのだから。

 だけど、目を逸らせないから。

 貴方を好きだという気持ちを。


 ……思惑通りと貴方は笑うかな。

 簡単な娘だ。

 詐欺のような手口に簡単に引っ掛かる馬鹿な娘だ、と。


 彼を信じるには何もかもが足りない。

 私たちは婚約者と名ばかりで一緒にいた時間があまりにも短過ぎる。

 抱き締められて気持ちが伝わってくる気がした。

 絵姿を持っていると聞いて、恥ずかしいのと同じくらい嬉しくて飛び回りたくなった。

 そんなマネしないけど。


 メラクルが羨ましい……。

 でも妬ましくはない。


 似合ってると思う。

 赤色と茜色の髪。

 最初からずっと一緒に居たみたい。

 太陽みたいな2人に照らされて、私は暗い夜にひっそりと浮かぶ、それでいいのだ。


 だから笑って。

 恋に堕ちて、自身の義務よりもいっそ貴方と共に死ぬことを望む愚かな女を。

 貴方と共に死ねるなら、最高の終わり方だから。


 どんな形になってもあの人を捕まえよう。

 無様でも情けなくても。

 愛を囁き、私を堕としておいて、何も教えてくれないあの人を。


 ……きっと本心ではないのでしょうね。

 私に愛を囁くことも。

 ズキリと胸がハッキリと痛む。


「あはは……情けない。

 これが恋かぁ〜。

 皆、こんなのの何が良いんだろう?」


 痛いだけじゃない。

 甘やかなトロけるような感覚と共に。


 ねえ、一つだけ教えて?

 貴方は何を隠していますか?

 それを手伝わせてくれませんか?

 恋に溺れた馬鹿な女に。


 ……手伝わせてくれるわけないか。

 こんな女嫌だよね。


 それでも……そばに居たいと思うことはいけませんか?


 ダメでも勝手にそばに行くけどね。

 あの日、貴方は生きろと言いながら、自分の元に帰って来いとは一度も言わなかった。


 だけど、だけど!

 私は勝手に貴方の元に帰る。


 クーデルが私たちの進行方向を指差す。

 視線の先には幾つもの人影。

『無事かぁぁあああ!』

 相手からの通信。


 その通信技術は私たちと……レッドたちしかまだ持っていない。

 つまり……。


『ラビットたちが援軍雇って連れて来てくれたよ!』

 サリーが通信だけど、どことなく嬉しそうにそう告げた。


 援軍は50名ほど。

 ラビットがそれだけの戦力をかき集めてくれたのだ。


『援軍と合流後、反転して一撃を加えます!

 追いかけてくる気力を失くさせます』

『了解』

 皆がそう返してくる。


 まさか援軍を連れて、即座に引き返してくるなどと思っていなかったガーラント公爵たちは、わずかな抵抗もすることもなく蜘蛛の子を散らすように這々ほうほうの体で逃げだした。


「よく来てくれたわね、ラビット」

 私がそう言うと、続けてキャリアたちが次々と。

「お役目ゴクロー!」

「良きにはからえ!」

「世は満足じゃ!」

「苦しゅうないぞ!」

「なんでそんなに偉そうなんだよ!」


 ラビットがそんな風に言い返すのと同時に、キャリアたち4人はローラに拳骨によるお仕置き。


 レイルズなんかはラビットの肩を組み、今度女紹介してやるから、と言った。

 ラビットはそれを外しながら、いらん、と返す。

 セルドアはそれに満足そうに頷いて私に振り向く。


「ユリーナ様、では急ぎましょう」


 そう促すので私は頷き、皆に呼び掛ける。

「さあ、行こうか!」


 そうして無事に追っ手を追い払った私たちは一路公都へ向かう。


『……俺にまとわりつく悪意はそんなに生優しくはない、頼む』

 最初に助けに来てくれた時、貴方はそう言った。


 甘く抱き締めながら、貴方は私にそれを背負わせようとはしない。


 ……だから、私は決めた。


 勝手にそれを背負うと。

 甘やかな優しさに包まれながら、それに目を塞いでいるのは望まない。


 そう言うと貴方は困ったように笑うかな?


 貴方が居ない世界では意味がないから。

 私はもう、覚悟したから。

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