第14話その名は黒騎士②

「へ? 公爵閣下……? 突然、何を?」

 整備員は目をパチパチと動揺しているように見える。


 その反応を無視したまま、俺はさらに続けて言う。


「なんでここに?

 元々、工房の整備員だったか?

 いや、そんな訳ないか。


 あー、と言うことはアレか。

 新型の魔剣サンザリオンV3、どっかで見たような黒剣だなぁと思ってたら、アレ、お前の愛剣サンガリオンとそっくり……」


 そうか、コイツがここからサンガリオンを盗んで行ったのか、納得納得……。


 あれ……?

 コイツなんでまだここに居るんだ?

 丁度、黒騎士ロイドの側には整備の済んだサンザリオンV3が置いてある。


 俺は現状を理解して、つい結論を口にした。

「あ、今から盗むところなのか」


 そこからの黒騎士の行動は早かった。

 素早くサンザリオンV3を手に取り、工房の窓へ体当たり。

 けたたましい音ともによろめきもせず走り抜ける。


 メラクルがポツリ。

「あ、逃げた。」


「呑気に見てる場合か、追うぞ! メラクル! そこの魔剣パタリオン持って行け!」


 惚けた言い方をするメラクルにそう声を掛けて、俺も割れた窓から外に飛び出る。

 何も言わずともサビナは付いてくる。

 慌てたようにメラクルも。


 ゲームのワンシーンで見たような非常に身軽に壁を蹴って、建物の屋根に登っていく黒騎士。


 ぜってぇえ、逃がさねぇえからな!

 黒騎士の立ち位置は今の俺からすると、喉から手が出るほど欲しい立場だ。


 ゲーム設定で主人公チームに入ったユリーナがイベントで死ぬことはない。

 だが、戦闘時にそのキャラが倒されると死亡扱いとなり、本来関わるストーリーは無視され、そのままそのキャラ抜きでゲームは進んで行く。

 ただし、ユリーナと主人公とガイアについては重要人物のため、そのままゲームオーバーだ。


 つまり、いずれにせよ戦闘時に死亡してしまうことは十分可能性があるのだ。

 それにゲームの設定通りではあっても、この世界がゲームであるという認識は俺は持っていない。

 時間が経つと腹は減るし、トイレにも行きたくなるし、眠くもなる。


 能力を活かして、黒騎士の後を追って壁を登り屋根伝いに走る。


『絶対、逃すな! 意地でも雇うぞ!』

「雇うの!? 捕まえるとかじゃなく!?」

『話す時はさっき渡した魔導媒体を使え!

 雇うんだよ! あいつの力がユリーナ達には要るんだよ。

 俺にもな』

『ああ、もう訳分かんない。

 後で教えてよね!』


 俺たち3人の瞬発力もなかなかのもので、全員漏れなく黒騎士の後を追い屋根の上を全力で走る。

 落ちた時のことは考えない!

 考えたら負けである。

 俺は前を走る黒騎士に通信で呼びかける。


『そこの黒騎士さぁ〜ん! 止まりなさい!

 貴方は完全に包囲されてないけど、ロックオンしています!

 大人しく我々の仲間になりなさい』


 黒騎士は追ってくる俺たちにギョッとしながらも足を止めない。

「うっせえよ! 何処から声出してんだ!!

 それにテメエ、ハバネロ公爵本人じゃねぇのか!?

 なんで公爵自ら追いかけて来てんだよ!

 テメェそんなに武闘派だったか!?

 後、なんで俺のこと知ってたんだ!!」


 言ってることはごもっとも。

 仕方ない。

 ハバネロ公爵には味方が居ない。

 2人もついて来てくれてるだけで御の字だ。

 1人、ハバネロ公爵を殺しに来た暗殺者だけど。


『知りたければ、仲間になりなさい!

 給料は安いが3食昼寝、戸籍にそのサンガリオンも正式に君のものだ!

 これ以上の条件はあるまい!』


「信じられるか、クソッタレ!

 なんで公爵の手下が給料安いんだよ!

 訳分かんねぇ言い方すんな!」

『俺が使える金少ないんだよなぁ』


 黒騎士、口悪いなぁ〜。

 まあ、こんな時に丁寧に話すのも変か。

 屋根伝いを走りながら、黒騎士は迷ったりスピードを緩めたりする気配はない。

 やはりあらかじめ逃走ルートを決めてたのは間違いない。


 そのまま街を覆う高さ10m近い壁に鉤爪付きのロープを投げ、それを伝い壁に登っていく。


『サビナ、メラクル。

 公爵付権限を使い、門の方から北北西にまっすぐ走って来い。

 細かい位置は俺が指示する。

 行け!』


 俺はサビナ、メラクルに指示を飛ばし、自分は黒騎士が使っているロープをそのまま使い後を追う。


「公爵ご自身でご苦労なこった! 上手く受け身を取らねぇと死ぬぜ?」

 そう言って、上まで登った黒騎士は使っていたロープを迷いなく切る。


 10mの高さだが、魔導力のある『騎士』ならば言っているように上手く受け身を取り、落下の瞬間に防御に専念すれば怪我やせいぜい骨折で済む。


 流石に無防備に頭から落ちるようなことになれば、確実に死亡するが。


 どちらにせよその必要はない。


 途中でロープを切られることを読んでいた。

 だから、俺は懐から聖騎士の護り刀と同様の改造魔ナイフを取り出し、それを壁に刺し足場にして一気に上まで飛び上がる。


「な、なんて無茶苦茶な!」

 黒騎士が俺の行動にギョッとするが、お前が言うな、というのが俺の正直な感想だ。


 驚きながらも黒騎士はそのまま全力で街の外側に向けて、壁の上を走りそのまま一切躊躇ためらわず飛び降りる。

 高さ10mを、である。

「あーばよ! 公爵さん!」


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