第13話その名は黒騎士①

 今日も今日とて執務に精を出す真面目な俺。

 こうやって真面目に働けば、悪名が無くなるならどれほど良かっただろうか。


 書類の一枚に目を通す。

 公爵領の町の一つでデモが発生。

 騎士団の一部が動いてデモを鎮圧。

 あくまでデモであって反乱ではない。

 なお、騎士団が出動したので金が発生する。


 さらにはそのやり方が強引だったらしく、その町で公爵を非難する声が発生。

 秘密警察の出動を要請……云々カンヌン。


 まず騎士団よ、何故動いた?

 もちろん、騎士団にはある程度の自由裁量がある。

 大規模な出動……騎士団の大多数が必要な出動には公爵の判断が要るが、少数で対応が可能なものは独自の判断で動ける。


 犯罪があった時に許可がないので、対処出来ませんでは話にならないから当然だ。

 だが、こんな事態は最悪である。

 デモを行っただけで鎮圧部隊を出して、庶民を押さえつければ反発するに決まっている。


 ……ちょっと泣きそう。

 ユリーナの姿絵を見て癒される。

 あゝ、本物に会いたい。

 出来れば主人公に奪われてしまう前に。


 セバスチャンが戻って来て仕事は圧倒的にはかどった。

 そもそも覚醒前の俺は碌に仕事をしてなかったようで、逆に驚かれた。


 じゃあ今までは何をしていたかと言えば、酒ばかり飲んでいていつも酔っ払っており、使用人に対してイチャモンを付け、暴力を振るったりと実に無為に過ごしていたそうで。


 ただ、サビナとかメイドとかに性的に手を出してはいないようではある。

 流石にそうなると気不味すぎる。


 メイドといえば、メラクルだが相変わらず執務室に来て、茶を飲んでサボっている。


 なんでも、コイツが来たタイミングで俺の態度が急に穏やかなものに変わったから、使用人たちの間でコイツの評価が爆上がりだそうだ。

 納得いかん。


「は〜、今日もお茶が美味しいわぁー。流石、公爵家、良いお茶使ってるわ〜」

「おい、いい御身分だな。

 少しは働け」


 ソファーで足をバタバタさせて、リラックスしてやがる。

「良いの、良いの、いつも慣れないメイド仕事してるんだから。

 帰ったらメイドの仕事も出来そうだから、姫様ひめさまにお茶でも入れてあげることにするわ〜」


 呑気なもんだな。

「お前帰ったら、ちゃんとシラ切り通せよ?

 すでにお前は相手方からしたら裏切りほぼ確定してるんだ、ちょっとでも油断すると危ないぞ?」


 メラクルはキョトンとした顔で首を傾げる。

「なんでよ?」

 俺はマジかコイツ、と顔で表現する。


「メラク……。貴女、閣下の剣を曲がりなりにも防いで『しまった』ではありませんか。

 あれで貴女は少なからず聖騎士の力があることを、閣下が知っていることを『敵』に伝えてしまったのよ?


 当然、そうなると貴女が閣下を騙して内に入り込んだのではなく、貴女が裏切ったと考える方がずっと理屈が通るのですよ?」


 俺と同様に仕事をしているクールなサビナまでため息を吐き忠告する。

 メラクルは呆然として茶器を落とす。


「おい、その茶器高いんだぞ!」

「……どうしよ」


 もうなんだか、このお間抜け振りに慣れてきた気もする。


「せいぜいシラを切り通せ。

 8割裏切りを確信してても、2割は疑いのままだ。


 ハバネロ公爵に聖騎士とはバレていない、いっそ武芸の心得があるということで問題にはされなかったとでも言い切れ。

 どんなに疑いがあっても、認めさえしなければ相手は迷う」


 ま、それでも疑いを排除するために強硬手段にでないとは限らんが、そこまでは本当に面倒見きれない。

 何より俺自身が危うい立場なのだから。


「それかいっそ完全に俺の手駒になるか、だな。

 まあ、茶ぐらい出してやる。

 自分で淹れてもらうがな」


 何よそれ、と言いつつメラクルは嬉しそうに笑う。


「ありがと。でも私にも聖騎士として守るものがあるから……。

 今度は間違わないわよ」


 俺は肩をすくめるに留めた。

 己の道は己で選ぶもの。危険と知りながら戻るというなら、それもアリだ。


「いずれにせよ、即座に帰れる訳ではないからな。

 ついて来い。

 もう剣が扱えることはバレてんだ。

 堂々と行こうじゃないか」


「あんたが堂々なんて言うとか……なんか変」

 うっせぇ。


 セバスチャンに後を任せ3人で工房に移動する。

 この公爵邸も含む周辺は公爵府として、公爵領を統括する機能が一体化されている。

 具体的には騎士団詰所や兵営所、訓練所、工房及び研究所、病院や食堂、売店、当然政務を行う役所。


 それらを塀で囲み、さらに城下の街が四角形に広がり公爵領都として成り立っている。

 その街に何があって、どんなものがあるのか、公爵であれど全容の全てを把握することは叶わない。


 設定である程度は分かるが、生の人々の生活というのは実際に体験してみないと分かりようがないのだ。


 差し当たりその辺りのことは今は良いとして、メラクルに合う剣を工房にまで取りに行く。


 公爵府の工房は研究所で開発した魔剣や神剣、滅剣サンザリオン2もそうだが、それらの武器の機密を扱っている。


 工房主グランデゥに案内され、いくつかの剣と……。

「これ、それぞれ持っておけ」


 2人に親指程度の四角形の金属片を渡す。

 ちゃんと紐を通して首から吊り下げも可能だ。


「何これ?」

 メラクルはそれを受け取り、明かりに透かしてみようとしたりする。

 気持ちはなんとなく分かる。


「魔導力を指に纏わせたりするのが、まだ苦手のようだからな。

 剣と同様の素材で出来ている魔導媒体と言ったところだ。

 これがあれば、かなり広範囲での通信も可能だ」


「へーへー。公爵領にはこんなのが沢山あるの?」

 嬉しそうにメラクルはまた魔導媒体を透かそうとする。

 透けないって。


「アホ、ある訳ねぇだろ。

 機密の塊だよ。

 それ一個作るのに、魔剣一本犠牲にしないとならねぇんだ」

 当然、魔剣はかなりの高額だ。

 一般市民ではまず手が出ない。


「それにその技術は俺しか知らんからな。

 量産はそうそう出来ん」

 いずれは量産したいがな。


 それにはメラクルも、サビナですらも驚きの表情をする。


「閣下、以前からこのような……いえ、なんでもありません」

 サビナの戸惑いに俺は皮肉げに笑うに留めた。

 ゲーム知識とか言っても通じる訳ないからな。


 そこで俺はふと気になる人物の姿が視界に映った。

 工房の魔剣を整備する整備員の1人。

 黒髪短髪の精悍なイケメン。


 ゲームで主人公チームが窮地の際に何度も援軍に現れる能力Sのお助けキャラ。


 最初は主人公チームに喧嘩を吹っかけておきながら、盗賊やモンスターが現れるとサラッと手を貸し、時にはちょっと通りがかっただけとか言いながら、そのシナリオだけ主人公チームの仲間となって、また何処かに旅立つ。


 そんなおいしい役柄。

「そこのお前、黒騎士じゃね?」


 通称黒騎士ロイド。

 その人である。

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