第58話涙と鼻水と
「まー、実際はこんな顔芸なんてしてないけどね!」
してないんかい!
そりゃまあ、そこまで余裕があるわけ無いか。
「ま、顔芸しててもバレないでしょうけどね。
変な顔はされるかもしれないけど。」
「そうか?」
顔芸とかしたら、流石に怪しまれるだろ?
「そりゃそうよ。無手で魔剣を防げるなんて他に私も知らないわよ」
それはそうかもしれない。
それにしても剣を弾くマネを初見で見ただけでよく真似出来たもんだ。
やっぱり防御特化なんだな。
あまりにメラクルがあっけらかんとそう言うので、俺も特に考えなしに思ったことを口にする。
「まあ何にしても無事で良かった。」
死んだと聞いた時には、流石にキツかったぞ、と。
だが、そう言った直後、メラクルは悔しそうな顔でボロボロと泣き出した。
なんで!?
「なんで……、なんでアンタがそんなこと言うのよ……」
「いや、なんでって……、そんなに変か?」
普通に心配するだろ?
何故、泣く!?
「アンタを殺しに来た馬鹿な聖騎士もどきに……何で、アンタがそんなこと言うのよ……」
「もどきって……、お前はもどきじゃなくて聖騎士だろうが」
「ほら、そんな優しいこと言う……」
「優しいか? ただの事実だろうが」
一応、立場的には元聖騎士だがな。
能力や心根が聖騎士なら聖騎士のままじゃねぇか?
ここではメイドもどきだが。
殺しに来たという言葉にモドレッドがギョッとした顔をするが、俺とサビナが平然とした顔をしているので、それ以上は反応しなかった。
そうそう、外交官たる者冷静であれ、だ。
モドレッドのような有能な人材を得られたことを実感して内心ホクホクだ。
メラクルは俺たちの顔色を伺うが、それ以上変化がないのを見て、グスリとさらに涙を流す。
……あと鼻水も。
「生きて戻った私に団長の伯爵は、冷たい言葉を浴びせたわ。
任務を失敗しておいてよくおめおめ生き恥を晒せたな、って。
そうよね、私は大公国の命運を賭けた任務に失敗してあまつさえ生きて帰ったんだから。
せいぜい生き恥を晒しながら汚名返上するのだな、と上司の伯爵から掛けられた言葉はそれだけだったわ。
部隊の皆は優しかった。
よく戻って来てくれましたって。
泣いて励ましてくれる人も居たわ。
私のやることは変わらない、聖騎士として大公国のためって。
聖騎士としての誇りがあるから。
……でも」
そこで言葉を止める。
メラクルは目と鼻から水を流し、それを一度腕で拭い一息ついて。
「……でもそれはまやかしだった」
その意味を理解して俺は天を仰ぐ。
優しい言葉の裏で部隊の全てではないにしろ、誰かはパールハーバー伯爵の指示に従い、メラクルを殺そうとしたのだ。
……信じた仲間に裏切られたのだ。
もっとも向こうからすれば、メラクルこそが大公国を裏切ったように見えたことだろう。
その立場や物の見方一つで世界は表にも裏にもなる。
「結局、大公国の中で正しいと思っていたことが、見方を変えれば全く違うものだった。
どう考えてもあんたを暗殺するなんて正しいことじゃないもの」
「そうかな?
俺が大公国にキツく当たっていたのは事実だ」
それも大公国側からの見方の一つに過ぎないが。
もちろん俺が『大公国にとって』残虐非道であったことも否定は出来ない事実なのだ。
さりとて俺を排除したら、大公国はそれを理由に王国に完全に潰されていたことだろう。
メラクルは俺の元にいる間に、そのことをよく理解出来るようになっていた。
「それでも、よ。
分かっている通り、大公国以外から見ると違う性質も見えてくるわ。
私もだけど伯爵や部下たちが見ていた世界は大公国に限定された世界でしかなかったし、私も聖騎士という言葉だけを誇りにしながら、その意味をしっかりと考えていなかった。
それに正しい正しくないの前に、結局、私は伯爵に王国行きを命じられた時点で、死ぬ以外の道はなかったのよ。
だから命を狙われた時点で家にも帰ることは出来ず、ここにしか行く場所は無かった……」
お前はもう要らない。
忠誠を誓った国に信じた上司に仲間に、メラクルはそう突き付けられたのだ。
命を狙ったはずの相手のところにしか居場所がなかった、そのことが悔しくてか、またぼろぼろと涙をこぼす。
「ここに『戻って来て』、最初に私が感じたのは安堵だった。
帰って来たって……なんでか思った。
だって、アンタなんにも変わんないんだもん。
私がいるのが当たり前みたいに。
私、アンタの部下でもこの国の生まれでもないのに」
「いや、お前が今まで普通の顔して、菓子をパクついてただけじゃねぇか」
服こそぼろぼろだったが、普通の顔して公爵家馬車一団の前に現れて。
あんまり普通だったから、着替えさせて馬車に乗せて時間もないからそのまま出発した。
なんの迷いもなくメイド服に袖を通して、菓子を目の前に出したら、いつも通り遠慮なくパクつき出した。
「そりゃ、お菓子があったら食べるでしょ!お腹空いてたんだから!」
逆切れしつつも手にはお菓子を持ったまま。
メラクルの涙やら鼻水をサビナが甲斐甲斐しく布で拭いている。
「うるさい! 駄メイド! とにかく菓子分めいいっぱい働け! いつも通り手が足りねぇんだ。」
そう言うとまたぼろぼろと涙と鼻水を零す。
「ほら、またそんな優しいことを言う〜……」
おい、優しいか!?
今、こき使う宣言したところだぞ!?
メラクルはサビナにしがみ付く。
あーあー、サビナの服に鼻水付けて……。
サビナはメラクルの背を優しくあやす。
天使か?
ここでそれまで黙って話を聞いていたモドレッドがポツリと言った。
「……可憐だ」
誰が? サビナの慈愛の心が?
モドレッドは狭い馬車の中、あろうことかビスケットを離さないメラクルの手を握り言った。
「ああ、麗しの君よ! 貴女の涙は美しい!」
鼻水とセットだがな。
大丈夫か、モドレッド!?
正気か、モドレッド!!
メラクルが誰これ、と目で訴える。
「公爵家の外交官で伯爵家次男のモドレッドだ。
今は何やら血迷っているが、有能だ」
その時、メラクルの目が妖しく光るのを幻視した!
口元が出世頭ね、と動いたのを見た!
危ない! モドレッド!
見た目軽薄そうなイケメン、中身頼れる有能な外交官がポンコツ娘に狙われた!!
……でもまあ、色恋は本人たちの自由だから放っておこう。
それになんだかんだ言って、メラクルも少し落ち着いたようだしな。
「そう言えば、崖から落ちて怪我とか大丈夫だったか?」
死んだと報告されるぐらいキツい崖でないと、いくら魔剣で斬ったとはいえ死亡確認ぐらいするだろう。
つまり普通なら飛び降りただけで死ぬような崖だったはずだ。
「あ〜、流石に溺れ死ぬかと思ったけど、ほら、あの娘に助けてもらったのよ。
ほら、黒騎士を
……なんですと!?
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