第57話このメイド、相変わらず

「酷くな〜い? ねえサビナ〜、この公爵様、ちょっと酷くなーい?」

 メラクルはサビナに引っ付き俺を指差す。


 公爵様を指差すな、駄メイド。


「メラクル。閣下は貴女のことを随分心配してくれていたのですよ?

 私も。

 生きてくれてて良かった……」

「サビナ〜……」

 うるうると涙ながらに抱き合う2人。


 つい先程、この駄メイドが公爵家のこの馬車をヒッチハイクしてきた。

 ボロボロの格好だったので、すぐに服を着替えさせて馬車に乗せて出発したところだ。


「あの……閣下。

 どなたですか?」

 1人事情を知らないモドレッドが尋ねる。


 モドレッドを雇ったのは、この駄メイドが居なくなった後だから知らなくても当然だ。

 というか、公爵家でも大半は知らないし、知ってても公爵のお手付きの新人メイドでいつの間にか居なくなり、おそらくハバネロ公爵の不興を買い殺されたのだと噂されていた。


 そう、一生懸命働いているが俺に対するイメージは大半の者が変わっておらず、相変わらず残虐非道の嫌われ者のまま、である。


「うちの新人メイド。ポンコツが過ぎてクビにしたけど、こうして拾ってしまったからまた雇うことにした」

「酷い!」

「うるさい、どっか間違ってるか!」

「……間違ってないわね。」

 だろ?


 それからモドレッドを見て、メラクルを指差し。

「付け加えるなら……大公国の聖騎士メラクル・バルリットだ」


 モドレッドが息を飲む。


 もちろんこれだけでは、モドレッドへの説明としては不足している部分はかなりある。

 大公国との外交を任す予定がないのであれば、『そういうことにしておけ』で済ますべきかと一瞬考えはしたが、すぐにその考えは捨てた。


 どうせモドレッドの前で話をするのだ。

 中途半端に知るよりはっきりと聞かせる方が良い。


 モドレッドは見た目は軽薄なれど、あくまで見た目などの表面的だけで外交官らしく口は軽くはない。


 情報というものは、知っているという一点だけでどんな酷い目に遭ってしまうか分からないモノもある。


 この情報についてはメラクルとの出会いや経緯も含めて、大公国との関係に大きな溝を産みかねない。


 それでも外交を任せる以上、情報は可能な限りは渡す必要がある。


 モドレッドという人物を信じるか信じないか、すでにそういう問題でもない。


 もしここで中途半端に言葉を濁そうものならば、絶対的な不信感をモドレッドの心に生むことになる。


 モドレッドからすれば信用されていないように感じる上に、外交官という立場の中で中途半端に情報を遮られてしまうと、何を話して良くて何を話したらダメなのか取捨選択が出来なくなるのだ。


 よってこのような場合、部下に対してお茶を濁すようなことを言ってはいけない。

 言わないならば知られないように、知られたならば排除することも選択の上で。


 中途半端こそが1番の害悪なのである。

 上に立つ者がこうした下の気持ちを知らなければ、そんな些細に見える積み重ねが絶対的な不信感となり、いつか上に立つ者に襲い掛かってくる。


 もっともそんな単純なことを気付かない者は多い。

 その時点では些細なことのように誤解するが故に。


 つまりこの場合、メラクルが俺たちに合流した時点で言う言わない選択肢はすでにないのだ。


 そんな訳でメラクルの現状についてモドレッドの前で話すことで、ある程度の情報をモドレッドに渡し、さらに不足している情報を説明することになる。


「実際、どうやって助かったんだ?」

 メラクルはモドレッドをチラッと見て、『良いの?』と目で問う。


「モドレッドはウチの外交官だ。

 大公国への交渉を任せることもある」


 暗にモドレッドを信用していると伝え、俺が続きを促すと話し出す。

 もちろん内心では、信用しながらも心の何処かでは疑いを残す。

 あらゆる可能性を想定しておく、それもまた上の役目だ。


 そういうところを怠ってたから、ハバネロ公爵は周りに嫌われて追い詰められていった訳だけどね。

 公爵って立場は大変……。


「いやぁ、私も剣を抜く間もなく、もうダメかなぁと思ったけどさ。

 ほらあれよアレ」

 どれだよ?


「ほら、斬りかかられてゆっくりとスローモーションになるやつ」

「走馬灯?」

「そう! 走馬灯!

 アレを経験したわ!」


 だからなんだ?

 スローモーションになっても身体が加速する訳ではないので、そこから咄嗟の判断で避けられるということはまずないはずだ。

 なんだか興奮気味だが、とにかく続きを促す。


「頭の中にこれまでのことが色々浮かんだわ。

 凄いよね? あれ本当に色々思い出すのよ。

 聖騎士になるまでのこと、なってからのこと、姫様のこと、部隊のこと、そしてあんた達のこと。

 それと斬りつけて来たあの子の格好があの時の帝国暗部の格好に似せてるのを見て、思い出したのよ、コレ」


 首飾りを引っ張り出して見せる。

 それは折れ曲がった例の金属片。


「あ……あ〜、アレをしたのか」

 思い至った。

 あの時の森で見せたアレを応用したのか。


 んで、あの子ねぇ。

 メラクルはバッチリ犯人のことを知っている、と。


「そう、アンタがコレで帝国暗部の剣を弾いてたでしょ?

 あ、これイケんじゃね? そう思って斬られる剣筋の流れに沿って、魔導力で弾いてその弾いた勢いを利用して崖から飛び降りたって訳」


 両手を広げて、ギャー! ヤラレタ! って感じでと身振りを交えながら。


 ギャー! ヤラレタ! の顔芸付きで。

 その顔芸でよくバレなかったね……。

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