第277話ハバネロ、公爵家への帰還

「おかえりなさいませ、公爵様」

「レッド様、よくぞご無事で戻られました」


 公爵領の屋敷に戻るとセレーヌとセバスチャンや屋敷の者たちが出迎えてくれる。

 メイド長のロレンヌやアルクの妻であるターニャもいる。


 カロン、パティー、ガラッドたち内政3羽烏も走ってきてロレンヌに怒られている。


「忙しいだろ、出迎えはいいから早く仕事しろ」

 俺が手で散れ散れと合図すると、全員が1礼して一斉に散らばり屋敷中を走り出す。


 世界が滅びるかどうかの瀬戸際だ。

 暇をしているヤツは1人もいない。


 戻ってきた俺たちに、エルウィンの嫁となったカスティアと孤児だった子供たちがサンドイッチを配ってくれる。

 その中にはリリーもいる。


「エルウィンとは仲良くしているか?」

「公爵様には色々とお世話になりました。

 この子たちのことも含め感謝しております」


 そう言いながらカスティアは子供たちの頭を優しく撫でる。

 一緒にいる子たちは教会でカスティアが世話をしていた子たちだ。

 俺が作った戦災遺児制度により、エルウィンとカスティアの子供になったのだ。


 カスティアは最初に見たときに比べ、随分と柔らかい表情をするようになった。

 もうゲーム設定の記憶のように、新女神転生派により絶望を与えられることはないだろう。


「おかえり!

 お兄ちゃん、お姉ちゃァァァアアアアン」

 話をしているとリリーが俺たちそう言ったあとに、メラクルの方に突っ込んでくる。


「甘いです!」

 それを華麗なダンスを踊るかのようにふわっと横に避けるメラクル。


 メ、メラクルが避けただとぉぉおおお!?


 だが、リリーはさらにそこから反転ブレーキをかけ、ステップを踏んで再突撃。

 メラクルの背中にダイブ!


 かわしたはずのリリーの突撃を背中から受けて、ベシャッと床に倒れるメラクル。

「ごふっつ、リリー様。

 腕をあげられましたね。

 もう教えられることはありません……」


「メラクル、あなたいつからリリーの先生になったの?」

 リリーの母で、元大公国3大臣の1人レイリアが書類を抱えながら片手でリリーを起こす。


「これはこれは義母上。

 ただいま戻りました」


 俺はレイリアにそううやうやしく挨拶をする。

 その俺の態度にレイリアは苦笑いで応える。


「おやめ下さい、閣下。

 仮初かりそめの名はもう必要ないでしょう?」


 目覚めてすぐに大公国に滞在したときに公爵であることを隠すために、レイリアの息子のリュークとしてふんしていた。


 俺の後ろからユリーナが顔を出しレイリアに微笑する。

 今度はレイリアも微笑を浮かべユリーナに応える。


「ただいま、レイリア」

「お帰りなさい、ユリーナ様」


 いまは大公国の主だった者も公爵家にきてもらい、全員で今回の世界の危機に対処している。


「貴女はユリーナの義母のようなものだ。

 ならば俺にとっても義母と言えよう」


 そこでリリーと一緒に潰れていたメラクルが床に這いつくばったまま、驚きの声をあげる。


「えっ!

 じゃあ、私にとってもレイリア様はお義母さん?

 母ちゃん、ただいま!!」


 レイリアはにっこりとメラクルを見て笑う。

 そして俺の方に顔を向け言った。


「公爵様。

 私は少々……しっかり、これからこのポンコツ娘を教育しないといけませんので、これで失礼致します。

 ローラ手伝いなさい」


「はい!」

 静かに護衛に徹していたローラが素早く返事をして、メラクルの手を掴む。


「えっ!?

 あれ、ちょっと、どこに連れて行くの!?

 あ、ロレンヌメイド長ただいま……えっ?

 妃教育の再会って、いまやっている暇あるの?

 えっ、短期超集中だから大丈夫?

 なにが大丈夫なの!?

 ちょ、ちょっとぉぉおお、どこ連れてくのー!?」


 騒がしいメラクルが連れて行かれた。

 多分、普通に仕事があるだけだろう。


 メラクルは公爵家のメイドをしていただけに、大公国と公爵家の間を仲介するのにピッタリだからだ。


「セルドアはアルクと共に公爵軍に組み込まれた大公国兵との調整を行ってくれ」

「はっ!」

 屋敷に戻ってきたので、そうそう危険なことはない。


 それに護衛として、黒騎士とミヨちゃんが壁にもたれかかり欠伸あくびをしている。


「レッド、私も調整のためにレイリアたちの方に行った方がいいんじゃない?」


 目覚めるまで俺の代わりに色々と差配していたこともあり、ユリーナも各種調整は得意だろう。


「やだ」

「やだって……」

 黙らせるためにユリーナの唇を奪う。


「うるさいキスするぞ」

「……してから言わないでください」


 周りのメイドや兵たちは慣れたもので、もはや誰もチラ見もしない。

 さすがは我が公爵家だ。


「……まったく、極悪非道とか言われてた婚約者がこんなに甘々だなんて、誰も想像してませんでしたよ」

「それは……まあ、なんだ。

 余裕がなかったんだよ」


 大公国に恨みを買うだけのことはしてきたのだ。

 それを言われると弱い。


 本当は無くした記憶の中でも、最初からこんなふうに抱きしめたかったはずだ。

 状況が許さず、ユリーナへの態度も厳しい態度をとるしかできなかったのだろう。


「わかってますよ」

 そう言ってユリーナからも口付けを返してくれたので、スイッチが入った俺はユリーナをそのまま押し倒しかけた。


 ……さすがに自重した。


「ふふふ、よく我慢しましたね、えらいえらい」

 そんな俺を、余裕のあるお姉さんのようにユリーナが俺を褒める。


 悔しいので俺はユリーナの耳元で一言。

「今夜まで我慢する」


 つまり、今夜は覚悟しておけと。


 するとユリーナは耳まで顔を赤くして、目に涙まで浮かべて恥ずかしさに震えた。


 何度も言うが忙しいので、休んでいる暇などはない。


 ……さっきのは休憩ではない。

 必要なエネルギー補給である。


 夜になっても仕事がたくさんでそもそも寝る暇があるかすら怪しいが、俺にはエネルギーが必要なのだ!


「俺は……、俺はもっとイチャイチャしたい!」


 俺はなんとなく帝国から同行して連れてきて、この場に残ったままのロルフレッドにそう言った。


「いや、それを俺に言われても」

 帝国から連れてきたロルフレッドが困った顔で言い、その隣に寄り添うベルエッタはウブなためか、真っ赤な顔でうつむいている。


 当然、ロルフレッドをここまで連れて来るのにはひと悶着あった。

 色々あったが結論で言えば、皇女ベルエッタごと悪魔神との決戦のために公爵家へ連れてきた。


 救護班として皇帝と共に戦場に来ていたベルエッタもいたので、そこでまとめて色々話をした結果だ。


 主に帝国領内で魔神とモンスターを殲滅して見せたのも、半ばロルフレッドを最終決戦に連れて行くためのパフォーマンスも兼ねていた。


 通常なら皇帝と帝国を代表する将軍である鉄山公など、協力者の後押しがあろうとも、こんな一大事に次期皇帝候補と皇女を他国に連れて来るなど、絶対に不可能だ。


 それでも世界の命運を賭けたこの戦いには、帝国最強のロルフレッドの力が必要だったのだ。


 もちろん、いま俺とユリーナの愛のイチャイチャを見せつける必要は全くない。


 たまたま偶然、ロルフレッドとベルエッタがこうして同行しているときに、俺がユリーナに触れたくなってしまっただけだ。


 もっとも俺はユリーナに24時間いつでも触れていたいがな!


「……レッドぉ〜」

 恨みがましい目で上目遣いに俺を見ながら、ユリーナはベシベシと真っ赤な顔で叩いてくる。


 結構痛いが、可愛い。

 これはなんとしても今夜に時間を作らねばならない!

 俺はやるぞ!!


 あまりに可愛い過ぎたので再度ユリーナの唇を奪ってしまい、俺たちが移動を開始するのに随分時間がかかってしまった。


 仕方がないことだった。

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