第278話ポンコツもたまには風邪をひく

 俺はユリーナの腰を抱き、研究所の方に足を運ぶ。

 ロルフレッドとベルエッタも同行している。


 彼らにも研究所での研究成果と、魔神戦のことについて知ってもらう必要があったからだ。

「……レッド。

 ロルフレッド卿とベルエッタ様が見てますけど?」


 俺はユリーナの腰に片手を回したまま、挙動不審になりかけているロルフレッドに振り返り一言。


「ロルフレッド。

 愛すべき者と触れ合うことはとても大切なことだ。

 いまという時間を大切にな」

 キランと眩しい笑顔で言ってやった。


「ねえ、良いことを言ったという顔しないで?

 ねえ?」

 大切なことを教えてあげたと俺が満足していると、ユリーナがなんだか焦りながら俺を揺すった。


 ロルフレッドとベルエッタは公人という立場もあっただろうから、なかなか2人でイチャイチャする余裕もなかっただろうから、良い機会じゃないかと俺なんかは思う。


「で……、でしたらロルフレッド……?」

 ベルエッタはその言葉を受けて頬を赤く染めながら、おずおずとロルフレッドの腕を掴む。


 腕を掴まれたロルフレッドも顔を真っ赤にしながら背筋を伸ばし、さながら社交界デビューの若き2人のようだ。


 おじさん感無量だ。

 同年代だけど。


 俺は感動を胸に研究所の中へ2人を連れて一歩足を踏み入れる。

 当然、片腕にはユリーナ。

 ユリーナはなぜか遠い目をしている。


 中に入ると研究中だったのか、試験管片手にヒエルナが冷たい目で俺たちを見つめて言った。


「この研究所ってダンスパーティーの会場でしたっけ?」

「さあ? 今からそうなんじゃね?」

「……そんなわけないですから」


 ユリーナがため息をつき、俺の腕からすり抜ける。

 ああ……、ユリーナが離れて力が抜ける。


「ハバネロお兄様、なにしに来たんです?」


 ヒエルナが不思議そうに首を傾げる。


 それから試験管に何かを入れてフリフリさせるとボフンッと音を立てて、試験管が小さく爆発した。

 あぶねぇな!?


「ヒエルナ、お兄様とは?」

 いつから俺はヒエルナの兄になったんだ?


「えっ?

 メラクルおば……お姉様の旦那様になりますから、お兄様と呼ばせていただきました。

 いけませんか?」


 可愛く小首を傾げるが、ヒエルナはメラクルのようにエセ令嬢ではなく本物の貴族令嬢である。


 この態度も計算づくである。

 でもまあ……。


「いや、いいぞ。

 別におじ様でも構わんぞ、メラクルはヒエルナの『おばさん』だからな」


 俺がそう言うとぽこんと後ろから、軽いなにかで頭を小突かれる。

「……ちょっと、ヒエルナに余計なこと言わないでよ」


 振り返るとメイド服姿のメラクルが丸いトレイ片手にジト目で睨む。


「お前、公爵の頭をそんなもので叩くなよ」


「怪我しないからいいでしょ?

 私はおばちゃんじゃなくてお姉様よ!

 間違わないで!」


 ハーグナー侯爵家の養女なんだから、孫娘のヒエルナからすれば叔母だけどな。

 まあ、そこはどうでもいい。


「なんでお前、またメイド服なんだ?」

「なんでって、仕事よ?

 あんたはともかくロルフレッド卿やベルエッタ皇女に、お茶ぐらい出さないといけないでしょ?

 ああ、あんたにもついでに淹れてあげるから安心しなさい。

 あ、もちろん姫様には当然だから」


 そう言いながらメラクルはポンコツメイド隊……つまり、コーデリアたちが持ってきたテーブルと椅子を研究所内の広いスペースに設置してカップを並べていく。


「いや、そういうことじゃなくて……」

「じゃあ、どういうことよ?

 はい、淹れたから休憩しなさい」


 休憩ならさっきしたところだが、このクソ忙しい中に仲間として連れてきたロルフレッドたちを来賓らいひん客扱いするのもどうかと思うが……。


 まあ確かに公爵家に帰還すぐに連れ回しているのだ。

 少しぐらいお茶で休憩させるのも間違ってはいない。


 だが、そうではなくて。


「メラクル」

「なに?」

 メラクルは研究所内の研究員たちにもお茶を飲むように声をかけ、俺たちの分は手ずからお茶を淹れてくれる。


 うーん、間違ってはいないのか?


「メラクル、お前はメイドじゃなくて俺の第2夫人なんだけど?」


 メラクルはお茶を淹れていたポットをガチャンと落とす。

 危ねぇ!


 いまごろ気付いたという驚愕の顔。


「冗談かと」

「冗談で手を出さねぇよ!?」

 何度か人前で口付けまでしてるのに、冗談で済ましたりしねぇぞ、どんな鬼畜だ。


「ああ、うん、そうよね?

 うん、戦場に出てたし。

 だんだんと、なんというか私の妄想だったかと」


「ハーグナー侯爵家の養女にしてるのに、嫁にしないわけないって話したよな!?」

「いやぁ、やっぱり夢かなにかだったかと……」


 なんだか自信なさげにお茶を淹れたコップを上げ下げしている。

 なにしてんの?


「メラクル、夢じゃないから」

「あ、そうなんだ。

 姫様が言うならそうね!

 ハバネロ……、いいえ、旦那様!

 改めてよろしく!」


 俺はメラクルの額に手を当てた。

「あっ……」

 メラクルが赤い顔で固まり俺にされるがまま。


 うん、熱あるわ、こいつ。

 働かせすぎた。

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