第279話大丈夫、アフロになるだけだ

「ポンコツも風邪をひく、だな。

 全員の健康チェックを行なっておけ。

 ここからが正念場だ。

 体調不良でこれ以上倒れられては敵わん」


 俺は皆に体調チェックを行うように指示を出す。

 時間は限られているが必要なことだ。


 魔導力と健康は別物だ。

 見た目が元気そうでも一時的かもしれないのだ。

 いまは無理をするときでもあるが、これからさらに決戦がある。


 決戦の最中に倒れられた方が致命傷だ。

 結果としては良い機会だ。


「もちろんユリーナも身体を見てもらうようにな?」

 ユリーナを引き寄せ、軽くキスを落とす。


「はいはい、それは誰よりもレッドが診てもらってくださいね?」

 キスしたあとで手をバタバタとさせて、ぞんざいに扱われる。

 解せぬ。


「閣下、準備ができました」

 工房開発技術員のトリスタン・ウェッドが俺たちを呼びに来た。


 彼はかつて黒騎士ロイドが騙した王立学園の卒業生だ。

 魔剣研究員としてこいつを雇ったはずが、代わりに黒騎士が潜入してきた。

 優秀な人材には違いないので雇い入れた。


 俺の悪い噂をまに受けて本人はどうにか拒否しようとしていたが、同じ卒業生であるカロンらを通じ、あの手この手で引っ張ってきた。


 カロンには同僚が増えた方が仕事が楽になるかもなぁ〜と伝えると、学園の教授などへの伝手を使い必死になって根回しを行ったようだ。


 もちろん、部署が違うので、カロンは楽にはなっていない。

 俺が言った楽になるかもは、あくまで『かもしれない』、である。

 ファイト、カロン。


「わかった。

 ロルフレッド、こちらだ」


 わざわざロルフレッドを連れてきたのは、なにも俺たちのイチャイチャを見せつけるためではない。


 案内した場所は、魔剣の研究の中枢。


 何人もがある1本の魔剣の前で、ああでもない、こうでもないと話をしている。


 その魔剣は光を当てられ、時折、ばちばちと青い火花と音を放つ。


「滅神剣サンザリオンXだ。

 悪魔神を討伐するための切り札だ。

 ロルフレッドにはこれが扱えるか試してもらいたい」


「ただの魔剣ではないということですか?」

 ロルフレッドの問いに俺は頷く。


 滅神剣サンザリオンXはゲーム設定の記憶の中で、悪魔神と同質の存在である女神になる装置……俺たちが使ったゲーム装置を唯一破壊してみせた。


 その代償に俺は命を失ったわけだが、もしもサンザリオンXが暴走せずにその本来の力を存分に使えるなら、悪魔神にもその力は届くかもしれない。


 ……ただし、それにはいくつかの課題が残っていた。


 ロルフレッドに計測のための機材が付けられていく。

 Dr.クレメンスもやって来てロルフレッドの頭に小さなアンテナをつける。


「おい……、そのアンテナは絶対意味ないよな?

 見たことないぞ?」


「いえいえ、これは愛の力を確認できるアンテナです!」


「変態電波受信アンテナと前に言ってなかったか?」

 新女神転生派の討伐のあたりで。


「気のせいです!

 魔導力は愛の力によりその力を増幅させることがわかって来ました。

 なのでロルフレッド卿とベルエッタ様の愛の力により、サンザリオンXが適合するかもしれないのです!

 では、ポチッとな」


 ビビビッと怪しい音と共にロルフレッドが金色の光に包まれる。


「おがががっ」

 ロルフレッドがそれに包まれながら痙攣けいれんする。


「ロルフレッド様!?」

 慌てた様子でベルエッタが駆け寄ろうとするのを俺は手で制する。


「大丈夫、最初は金色の光を放ちながら髪が逆立ち、隠された力が引き出され、最終的にアフロになるだけだ」


「……それって大丈夫って言っていいのかなぁ?」

 ユリーナが複雑な顔で首を傾げる。

 ユリーナよ、世の中は気にしない方が良いことも多いのだ。


「アフロ!?

 アフロってなんです!?

 それって本当に大丈夫なんですか!?」


「大丈夫、格好良い髪型のことだ。

 そら!

 ベルエッタ、祈るのだ!

 愛の祈りこそロルフレッドに力を与えるのだ!」


「は、はい!」

 ベルエッタは必死に言われるがままにロルフレッドへ祈りを捧げる。

 皇女らしい雰囲気を持つベルエッタは祈る姿が絵になる。


「どうだ?」

 装置をいじるDr.クレメンスに尋ねる。

「愛の力は結構なものですが、やはり魔導力の総合力で公爵様には届きませんね」

「やはり、か」


 スイッチを切るとロルフレッドがふらついたのを、Dr.クレメンスの助手と化したトーマスが支える。


「ロルフレッド様!?」

 ベルエッタが駆け寄り、ロルフレッドに寄り添う。

 刺激が強いだけで怪我などをしているわけではない。


 ただちょっとアフロヘアーになっただけだ。

 イケメンだからその髪型もきっと似合う、多分。


「おそらくサンザリオンXを触れるのは3人。

 公爵様とメラクルさんとユージーさんだけですね。

 しかしご懸念けねんの通り……」


「わかっている。

 扱えるという意味では俺だけだろうな」


 メラクルは一時的に魔導力を上げられるだけで、サンザリオンXの力を一度放出すればその時点で扱えなくなる。


 ユージーにおいては持てはするが、剣技そのものが素人だ。

 まともに振ることはできないだろう。


 突如、巨大な力を持つ魔剣を得たとしても、それで人がいきなり最強になることはない。

 それを扱う技や心があって、力は力足りえる。


 それらを得るにはどれほどの才能があろうと、やはり長い努力が必要なのだ。


 悪魔神に祈りを捧げるだけで最強の力を得る魔神という存在がいかにいびつで、人からかけ離れた存在か、それでわかるというものだ。


「……結局、今のはなにを確認したのです?」


 ロルフレッドがベルエッタに寄り添われながら尋ねる。

 俺は思わず彼の頭に視線がいってしまうが、慌てて目線を彼の顔に合わす。


「持ってみろ」

 祈りの剣プレイアをロルフレッドに手渡すが、彼はそれを辛うじて持ち上げられる程度。

「……重いですね。

 なんです、これは?」


「ゲーム……、女神や悪魔神に関わる装置を起動できる剣だ。

 やはり適合者以外にはまともに持てないか」


 ガイアも黒騎士も無理だった。

 これでサンザリオンXもプレイアも俺にしか扱えないということがわかった。


「プレイアを使い、女神の封印を壊さないと悪魔神は倒せない。

 だが、女神の封印を解いた段階から悪魔神はその力を増していく。

 悪魔神が全ての力を取り戻せば、旧世界と同様、世界はなす術もなく滅びるだろう」


 女神のゲーム装置と悪魔神のいる場所は、公爵領と元教導国。

 国と国の距離である。


 時間との勝負。

 それも相当に分の悪い賭けだった。

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