第280話うん、そうだと思った

「結局、ゲームだっけ?

 えーっと女神と言った方がいい?

 なんで、その装置の方をなんとかしないといけないの?」


 熱を出したメラクルのところに見舞いに来た俺は、いまさらながらだな、と思わなくもない。


 すでにそれに向けてバタバタと全員が走り回っているというのに。


 心配したメラクルの体調だが、疲労だけのもので特に妊娠したとか、妊娠中であるとか。

 そんなことはない。


 まあ、いずれはではあるが、それもこの先の決戦が終わってからだ。


 メラクルの力は悪魔神戦との決戦では必ず必要なものだからな。

 いや、決戦には誰が欠けても困るんだけどな?


「わかってなかったんかい。

 いやまあ、おまえらしいと言えばそうだけど」


 ゲーム装置でも女神でも、どちらの呼び方でもいい。

 今となってはそれは1つのものしか意味しない。


 悪魔神は元はたしかにゲーム装置の制御装置の一種だが、長い魔改造でもはや別物と言って良い。


 長らく戦場にいたメラクルだから、種々の事情がわかっていなかったというのもおかしくはない。


 他にもふわっとした理解しかしていない者も多いだろうから、主要メンバーには改めて説明し直してやる方がいいだろう。


 今日はさすがのメラクルもベッドの上で大人しくしていることであるし、ここで説明しておこう。

 俺は上半身を起こしているメラクルのベッドの隣で椅子に腰掛ける。


 寂しいのか、手持ち無沙汰なのか。

 メラクルが手を伸ばしてきたので握ってやると、えへへとはにかむように笑う。


 いつもは明るくなにも考えていないようなメラクルだが、今後の戦いに多少の不安もあったのだろう。


 ふと気を抜いてしまえば世界自体が終わってしまう。

 そんな瀬戸際なのだからな。


 頭をワシワシと撫でてやると、それは気に食わなかったのか、ムキーと赤い顔して手を振り払ってきた。

 まだまだ元気だな。


「過去の記録でいけば仮想現実というらしいが、女神も悪魔神もその世界の存在だ」


「それは物語の幻想世界とか、神様のようなもの?」


「そうだな、それに近い」


 だからこそ女神も悪魔神も神としていまに引き継がれているのだから、その表現も的を得ているといえよう。


「そいつらの存在が仮想現実を主体としていることが、旧世界のあらゆる兵器が通用しなかった理由だ」


「自分たちで生み出しといて?」


 メラクルはときどき実に的確に本質を突く。

 その通りなのだ。


 悪魔神がアークマシーンであった頃から、自分たちですら制御できない力を追加していった。


 アップデートを行った実務者はその制御方法を理解していただろうが、無理解の上位者がその肝心の実務者を排除するという常人では理解できないことが起こったのだ。


 ……というか、歴史上では幾度もそんなことが起こっている。

 人はときに自分より能力のある部下を容易く排除して自爆する。


 そして手遅れになるまで理解をしないのだ。

 さらに戦時という混沌がそれを加速させ、人は愚かにもそれを繰り返した。


 何度も言う。


 1人のバカは100人の賢者に勝る。

 そしてそのバカは決して1人ではなく、しかも群れる。


 ……よく今まで人類は滅びなかったな。


「その結果、ある意味で理想的なまでに悪魔神は半現実化してしまい、世界に影響をもたらせてしまった。


 そうなる以前から、現実に生きるべき者たちがこぞって仮想現実に逃走し、魔神化したことが悪魔神の暴走に拍車をかけた。


 いまよりもずっと高度に進んだ世界だったという中で、人が魔神化を選ぶ意味も、戦争をしたがる本当の意味も。


 本当の意味で、なぜそれにまで至ってしまったかまでは、俺たちにはもう想像すらできないがな。


 人はどれほど満ち足りようが足りるということはない、そういう証拠なのかもな」


 それでも人が今この時まで歴史を紡いでこられたのは。


 逃げるだけではなく努力をして。

 愛する者を護り。

 その意志を継ぎ。

 次の世代に引き継ごうと必死に努力する人たちがいたからだ。


 人は愚かな者たちばかりではないということだ。


 メラクルは首を傾げる。


「それなら結局、悪魔神をどうにかすることはできないってこと?」


「いいや、悪魔神は現実世界に具現化しようとしている。

 それを防いでいたのがゲーム装置、つまり女神だ。


 つまり蓋をしていたんだ。

 その蓋を取り除く。

 すると……」


「悪魔神が復活する……。

 でもそれだけだと悪魔神には勝てないんじゃないの?

 どれほどの力を持っているかわからないけど」


「そうだな。

 そのままだと悪魔神は具現化された存在であると同時に、仮想現実の存在のままでもある。


 そこで女神を始末する前にゲーム装置を起動して、世界そのものを仮想現実と同じ影響下にさせる。


 一時的にだが、これで悪魔神に攻撃を与えることができる。

 ところがこれには3つの大きな問題がある。


 1つ、女神の封印が解けた瞬間から、悪魔神は時間の経過と共に世界への影響力を強め、その力を増す。

 同時にその影響にある魔神も強くなっていく。


 2つ、ゲーム装置の影響は時間と共に減衰げんすいしていく。

 しかもゲーム装置を再度起動しようにも、女神を殺しゲーム装置そのものを破壊するので、それはできなくなる。


 つまり時間勝負だ。


 3つ、ゲーム装置を起動するのも、女神を殺すのも、その起動キーである祈りの剣プレイアを使わないといけない。


 同時に、悪魔神を殺せるように開発したサンザリオンXはその出力の関係から半魔神化した俺か、ユージーか、おまえの3人にしか使えない。


 ましてやそのサンザリオンXを扱って戦うともなれば、俺にしか不可能だ。


 女神は公爵領のゲーム装置……俺が眠っていた屋敷にあり、悪魔神は教導国で俺たちが休んでいた教会の地下にいる。


 その距離を移動している間に世界は滅ぶだろうな。


 ロルフレッドの能力なら、あるいはサンザリオンXを扱えるかとも思ったが……」


 先程、アフロ化するだけで使えないことがわかったばかりだ。


 なるほどと呟き、メラクルはポフっと倒れ頭を枕に沈めた。

 そうして言った。


「ま、なんとかなるでしょ」


「やけにいい加減だな」

 大変、メラクルらしいとは思ったがな。


「なんかそんな気がする」

 それから納得したのか、俺を気にすることなくスピスピと寝息をたて出した。


 寝るの、はえぇな!


 それはそれで、やっぱりメラクルらしかった。


 同時に最後の決戦を前にして、こうしてメラクルが寝付くまでそばにいるような状況になるとは、初めて出会ったときには想像もしなかった。


 その奇縁ともいうべき状況に思わず笑みが浮かぶ。


 メラクルを起こさないように静かに部屋を出る。

 部屋の外では護衛をしてくれている黒騎士とミヨちゃん、それにユリーナがいた。


「ユリーナ、来ていたなら入って来ればよかったのに」


 部屋の外で待っていたようだが、そういう気を使うことは珍しい。


 俺たちは良い意味で変な気を使う関係ではないし、ユリーナもそういう気はメラクルには使わない。


 ユリーナは俺の言葉には答えずに、すっと静かに手を伸ばしてきた。


「レッド。

 プレイアの剣を貸してください」


 俺はユリーナにプレイアの剣を優しく手渡す。

 ユリーナはそれを片手に持って上げ下げする。


「……持てますね」


 ……そうだよなぁ。


 メラクルが熱を出したときにその可能性は考えたが、そもそも可能性でいけばユリーナの方が圧倒的だ。


 ユリーナ相手には、いずれとか、気をつけるとか一切頭になかったから。


 ユリーナはそっと自身の下腹部に手を触れ言った。

「レッド。

 私、貴方の子供ができました」


 うん、そんな気はしてた。

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