第281話いいんだよ、俺の物語なんだから

 ユリーナの妊娠が判明し、公爵家は更なるドタバタに見舞われる。


 俺はユリーナからその事実を知らされて、彼女を優しく抱きしめた。

 そうしてみると自分の中にもこれまでの様々な想いが駆け巡る。


 大変だったなぁとか、大変だったなぁとか、大変だったとか。

 ギリギリどころか半分以上アウトな状況からここまで本当に長かった。


 本当に本当に本当に!!

 長かった!


 大公国で倒れたときは本当に終わったと思った。


 世界ヤベェなぁと思ったし、ユリーナ大丈夫かなぁとか、意外とメラクルも俺が倒れたらダメそうだなぁとか、色々あの一瞬で思った。


 それを乗り越えて、生きてこの腕にユリーナを抱きしめている。


 ……もしも他に選択肢があったとしたら、俺はそれを選んでいただろうか?


 もっとわがままに自由に。

 いっそ女神に転生を願い、魔神に堕ちて力の全てを己の思うままに振る舞って。


 笑って嗤って……俺ではない誰かの物語を生きて。

 そうやって繰り返し、繰り返し。


 ゲーム設定の記憶のようにただ滅びるだけの記憶も含め、繰り返しだ。

 上手くいこうがいくまいが、何度も繰り返すならそれこそ無意味だ。


 それ以外はない。


 どちらにせよ、繰り返しのやり直しなど、ありはしないしあまりにも無意味で絶望でしかない。


 まったく無意味な仮定だった。

 俺は俺でしかない。

 甘い生き方などできず、からい人生突き抜けて。


 そうやって細い糸を紡いで紡いで、1人では決してたどり着かなかったこの場所に、ようやくたどり着いたのだ。


 人生いろいろこだわりすぎってか?


 いいんだよ、これは俺の人生っていう物語なんだからな。

 ちょっとからいけどな。




 男に子供ができた実感は女よりも薄い。


 だが、今回は確かな証拠があった。

 俺以外が持てなかった祈りの剣プレイアをユリーナが持てる。


 以前にメラクルとこの剣を持てるか試したそうだ。

 そのときは持てなかったと。


 女神の因子と呼ばれる女神になれる存在は血によって引き継がれるのは知っているが、ゲーム起動キーであるプレイアもまた遺伝によって引き継がれるとはわからなかった。


「うんうん、良かった。

 本当に良かった、姫様。

 ところでなんでわざわざこの部屋に入って抱きしめ合ってんの?


 いや、良いんだけどね?

 良いんだけど、ずっと黙って抱きしめ合ってないでなにか言ったら?


 主にこの部屋で体調不良で寝ている私へのお詫びの言葉とか!」


 俺とユリーナの逢瀬を邪魔するように、この部屋で寝ていたメラクルがぶつぶつ文句を言い出す。


「メラクル、ごめんね……」

 ユリーナがそう言うとメラクルはすぐに首を横に何度も振る。


「姫様、それは違うわ!

 姫様が謝罪をする必要なんて一切ない!

 おめでとう!!!」


 ベッドの上でメラクルがバッと両手を広げると、ユリーナは俺の腕から抜け出してメラクルの腕の中に。

 抱きしめ喜び合う2人。


「ありがとう、ありがとうメラクル」

「うんうん、良かった!

 良かったよ、姫様」


「ぐぬぬ」

 ユリーナをメラクルに取られた俺は悔しくてうめき声をあげてしまう。


「いや、姫様がこっちに来たからって悔しがってんじゃないわよ」

「おまえも子供を作ってやるからな!

 覚えてろよ!」


「捨て台詞のように言わないで!?

 もっと私に優しくして!?」


 わがままだなぁ。

 仕方ないのでメラクルの頬に触れて一言。


「子供作ろうな?」

「ストレート過ぎるぅぅうううう!」


 どうしろと。

 それはともかく俺には大きな課題があった。


「俺はこの喜ぶを3日3晩踊り狂って、お祭りを開催すべきだろうか?」

「なんでよ!?」


 相変わらず素早いツッコミがメラクルから飛ぶ。

 その場合は開始の挨拶はメラクルに全員の前でしてもらおう。


「さすがに冗談だ」

 さすがに最終決戦の前にその余裕はない。

 それでも、とりあえず……。


「明日1日中、世界の休日として休みに……」

「無理に決まってんでしょうがァァァアアアアアア!!」

 ユリーナを片手で抱きしめたまま、片手でワシワシと自分の髪をぐしゃぐしゃにする。


「あんまり騒ぐと熱あがるぞ〜?」

「あんたが叫ばせてるんでしょうが!!!」

「レッド。

 メラクルをからかうのはそれぐらいにしといてください」


 からかい過ぎということでドクターストップならぬユリーナストップがかかる。

 それなら仕方がない。

 これ以上からかうのをやめておこう。


「あれ? 私からかわれてた!?」

 気づいてなかったんかい。


 そこに部屋がノックされ、入れと促すと白髪の長身でイケメンであるルークが部屋に入ってくる。


「公爵閣下。

 悪魔神討伐作戦、作戦名オペレーションポンコツの修正案を持って参りました」


 悪魔神討伐の作戦を取りまとめたらしい。

 その名もオペレーションポンコツ!!

 なんとやる気溢れる作戦名だ!


「ねえ、ポンコツとか誰が言い出したの?

 あんたでしょ、どう考えてもあんたしかいないわよね!?」


「冗談だよ、じょーだん」

 上手くいったとルークと一緒に肩を組んで喜ぶ。


 さっき寝る前に元気がなさそうだったので、元気づけようとしただけだ。


 そこにさらに部屋がノックされ、返事を待たずに公爵家内務を担当するポンコツ、ではなくカロンが入ってくる。


「ルークさぁーん、作戦の見込み予算案の話に来ましたよ?

 無理ですと言いたいんですけど、なんとかしないと世界が滅びるんでなんとかしますけど、頑張るんで結婚してください。

 あ、公爵様、私に休みをください」


 うんうん、世界が滅びたらいっぱい休めるよ?

 滅びなかったら事後処理はすこーし大変だけど、それが終われば休めるよ?


 ルークはにっこり笑い、手に持っていた書類の1部をカロンに手渡す。


「結婚はどーかなぁー、考えておくよ」

「ぶー、いけずー」


 そう言って頬を膨らませるカロン。

 仲が良いようだが、ルークには軽くあしらわれている。

 そこからルークは何気なくつらつらとカロンに伝える。


「あ、カロンさん。

 今日の食事は店を予約したからの時間忘れずに。


 あと家の家賃振り込み忘れてたから、代わりに払っておいたぞ。

 そのついでに大家に引っ越しすることも伝えた。


 荷物は引越し業者が明日運んでくれるから、明日からは俺の家に帰ってくるように。

 帰る家を間違えんなよ?」


「へ? えっ? あれ?」

「じゃあ、公爵閣下失礼します」

「えっ? ルークさん、あれ!?」


 ルークはそう言って混乱するカロンの腰に手を回して、部屋を出ていった。


「カロン、結婚相手がいないとか言ってなかったか?」

 ユリーナがメラクルに抱き締められたまま、ため息をつきながら教えてくれる。


「ルークが根回しして、カロンに言い寄る男を排除してるだけです。

 結婚は『まだ』しないだけで。

 ほんと、やり口が誰かそっくり」


 誰だろう?

 俺じゃないぞ?


 俺が首を傾げると、なぜかメラクルがジト目で言い放つ。

「いや、あんたでしょ。

 姫様の目を見てみなさいよ」


 ユリーナもメラクルと一緒にジト目。

 解せぬ。

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