第282話必ず帰る
終わらせなければならない。
たとえそれがどんな望んでいない結末だとしても。
いくら世界がそれを望もうとも、大切な者を生贄にして引き延ばした世界など不要だ。
俺はそう断言する。
ユリーナのことはルークに任せることになる。
「もしもユリーナが死ぬようなら、俺は世界を滅ぼすことに躊躇いはない」
そう宣言してやる。
それからユリーナを抱き締める。
「わかったら必ず生きて帰れ。
ユリーナの命に世界の命運がかかっている」
「世界を人質にとって脅しです?
そんなこと言わなくても、貴方との子を護るために生き残ります。
母は強し、です」
ムンとユリーナはわざとらしく力こぶを作ってみせる。
俺はその腕にパクッと甘噛み。
「ひ、ひぃあ!?
ななな、なにしてんですか、レッド!?」
「くわえると気持ちよさそうな腕があったからくわえただけだ」
ユリーナ成分がこれから不足する俺に、そのようなユリーナの素肌を見せてはいけない。
もしもユリーナが子供ができていない状態なら、出発は1週間遅れていただろう。
なんでって?
聞くまでもないだろ?
ユリーナとイチャイチャするためだ。
「誰も聞いてません!」
また心を読まれた。
宥めるように俺はユリーナの唇にキスをする。
「ハバネロ、そろそろ時間よ」
いつもならアルクが時間を報告してくれるが、俺とユリーナの逢瀬を邪魔しないためか、ただ単に声を掛けづらかったせいか。
周りで見守る皆を代表してメラクルが報告してきたようだ。
「わかった。
皆、準備はいいか?」
俺の言葉に全員が敬礼で応える。
では行こうか。
最後の戦いというやつに。
ユリーナの方には指揮官としてルーク。
そしてシルヴァ含む銀翼騎士団、レイルズ、ローラ、セルドアと大公国出身の兵たち。
他にもミヨちゃんと黒騎士の一族。
黒騎士だけこちらに一緒に来る。
ユリーナの護衛の数が少ないので、黒騎士が一族を回してくれたのだ。
そう、戦力が足りないのだ。
ガイアやラビットたちは主力としてこちら側に回る必要がある。
女神側はゲーム装置を起動するまでは、通常戦力でどうにかなるが、悪魔神討伐側は帝国と王国の主力と教導国、共和国の生き残りの戦力。
つまり人類の総力を合わせて突撃しないと悪魔神の膝下にすら到達は難しいだろう。
帝国で敵戦力は随分と叩いたが、まだ人類全戦力よりも敵側の方が多いのだから。
だが女神側も楽なわけではない。
ゲーム装置起動までは大きな問題はないはずだ。
今のところ、過剰に魔神が集まっているという報告はない。
皆無ではないだろうが、どうにもならない程ではない。
問題は女神討伐のときだ。
簡潔にいえば、どういう影響が出るか全くわからないのだ。
ただし、想定はできる。
女神とは悪魔神を封印している
グツグツと煮えたぎる釜の蓋を突然、取り除くとどうなるかなど、火を見るより明らかというものだ。
Dr.クレメンスたちの見解では、魔神が湧き出すポイントになる可能性があると。
俺もそう思う。
だから魔神に囲まれても突破できる戦力はユリーナに回したいのだが。
「不要です。
私たちは最悪、逃げ切ればそれで良いのです。
ですがレッドたちは前に進むしかできません。
そして悪魔神をそこで打倒できなければ全てが終わりです。
ならば……迷う必要はないでしょ?」
ユリーナは俺にニッコリと笑ってみせる。
かつてユリーナは俺と添い遂げられないことがあるぐらいなら、一緒に破滅しようと言ってくれた。
ならば、俺はそれを信じるしかない。
選択肢はないのだ。
「女神討伐も難しければ、速やかに撤退し次のチャンスを待て。
状況を見誤るなよ?
俺にとって1番大切なのはユリーナ、君だからな」
ユリーナは再度、微笑む。
それからユリーナの方から首の後ろに腕を回し、情熱的に口を重ねた。
「……私たちにとっての1番はお腹の子ですよ?
私たちの愛の結晶だから」
ユリーナと共に目線をお腹の方に。
「そうだな、2人ともちゃんと帰ってくるんだぞ」
「……ええ、必ず。
レッドも生きるのを決して諦めないでくださいね?」
ニッコリと笑って言われた。
前例があるので、気をつけます。
「大丈夫、こいつは耳を引っ張ってでも連れて帰ってくるから。
安心して待っててよ、姫様!
……ゲホッ、ゴホ」
黙って俺たちを見守っていたメラクルがそう言って胸を叩く。
そしてむせた。
「貴女もよ、メラクル。
勝手に暴走して命捨てに行くんじゃないの!」
「はは、ははは。
はーい……」
メラクルとのそもそもの出会い自体が、パールハーバーの仕掛けたものとはいえ、それでもメラクルの命懸けの暴走ゆえだ。
俺はあのときのことを思い出し吹き出す。
「大公国の聖騎士がメイドになったり、無茶苦茶だったよな」
「笑うなぁー!
そもそもあんたが私にメイド服着せて、私をメイドにさせたんだからね!」
さすがに戦場では着ていないが、普段使いするほどメイド姿が気に入るなんて誰が思おうか。
「さて、今度こそ行こうか」
「ええ」
そうして俺たちはそれぞれの道に進む。
この先も共に生きていくために。
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