第276話皇帝とハバネロたち

「お主の最後の仕掛け、上手くいったようだな」

「ご協力感謝致します」


 俺は皇帝に深く頭を下げる。

 街での掃討戦はたいしたトラブルもなく終わった。


 最後は調子に乗ったメラクルたちポンコツ隊を中心に雄叫びを挙げて、それを囲むように50万の兵が勝利の雄叫びをあげるという歴史的に見ても異常な光景が出来上がったが。


 きっと気のせいだ。

 計算や作戦でもなく、そんな空気を作り上げて勝手に調子に乗って、人類の意思を1つにまとめあげるポンコツの恐ろしさを見た。


 本人曰く、ノリでヤッチャッタそうだ。


 このポンコツ、前の帝国との大戦でも同じことをノリでやったよな?

 きっと本番に想像以上のことをやらかすタイプなのだ。


「うん、レッド。

 メラクルはそういう娘だから」

 俺が呆然とそれを眺めていると、ユリーナが冷静にそう言い切った。

「ああ、そうだったな……」


 ワスレテタヨ……。


 その後、後片付けの部隊と街の防衛を残し、帝国主力のいる場所に移動。


 そこでも魔神とモンスターを数に任せて討伐して、帝国皇帝ゴンドルフたちと合流を果たした。


「よい。

 我らも世界も生き残るのに必要なことだった」

 皇帝も戦場に出てきて疲労も溜まっているだろうが、それでも疲れた様子を見せず堂々としている。


 公爵家の兵を各地域に派遣し、魔神戦の指導員として入り込む。

 それと同時にアイドル化計画……改め、ヴァルキリー計画を発動。


 それらを土台に教導国が水面下で準備していた勇者計画を実行に移す。

 勇者と言っても特定の誰かを指すわけではない。


 それぞれの戦場でメラクルやスパークが旗頭となったように、人を導く英雄を集める計画だ。


 その協力をあの日の会談で皇帝と行っていた。


「あの会談より前からすでに考えておったか?」

「少なくとも種は」


 アイドル化計画、勇者計画、それらを利用して世界の意志を1つにまとめ、来るべきときには勇者たちが集うというシナリオだ。


 そのためには帝国、王国のトップに対しても強い繋がりが必要だった。


 公爵である俺がいくら王国で強い力を持っていようと、それでは世界を救うにはまるで足りない。


 個人の英雄ごときがどうにかできるほど世界は甘いものではない。

 誰か1人の力ではなく皆の力がいるのだ。


 結果的には全ての国の上層部と繋がりは持てた。

 各国、特に帝国などにはラビットの部下たちが入り込み、市井しせいからも勇者譚を広めている。


 教導国も国としては滅びたが、生き残りの中にも影響力を持つ者はいる。

 そうやって生き残った者は、生きている限り前を向いていく必要がある。

 全てを終わらせないために。


「……恐ろしいものだな。

 自らが滅びるかどうかの瀬戸際であっただろうに、今日このときを、ここまで予見してあの大戦もあの会談も準備しておったのだな」


 当然、皇帝は俺が前王ウェルロイヤにうとまれて始末されかけていたことを知っている。

 俺は苦笑いを浮かべるにとどめる。


 それこそ言葉通り俺は種をいただけだ。

 いずれ誰かが立ち上がり、未来を掴めるように。


 俺は死ぬつもりだった。


 生き残ったのは皆のおかげでしかない。

 自分で口に出すと、まるで世界のために自己犠牲にしようとでもしたかのようではないか。


 結果がそう見えたとしても、俺はそんなのではない。

 全ては俺が欲しいと願ったただ1人の女のためだ。


 どこまでも利己的なものだ。


 だが、と俺は思う。

 それで良いのだと。


「先の大戦。

 わしは戦争に反対こそしたが、攻め入った時点では勝ったと思っていた。


 すでに王は調略済み。

 王都は抵抗らしい抵抗もない。

 あとは王太子を数に任せて堅実に潰すだけ。


 それがふたを開ければお主のような化け物がいた。


 つくづく戦争とは割に合わないものだと思い知らされたよ。

 結果的には互いが戦力を残しての痛み分け。

 我らもお主という救世主を失わずに済んだというわけだ」


「生き残るためにそうしたまでですよ」

「それができずに人は足掻あがき苦しむ」


 あのとき王国が帝国の手に堕ちれば、そのどさくさで戦犯扱いにされて俺は殺されていた。


 外交によって和平が決まったとしても、理由をつけて俺を悪に仕立て、国をまとめ上げる口実にする。


 歴史上幾度も行われたことだ。


 ユリーナは誰かに組み敷かれ、メラクルは俺と一緒に死んだか、捕らえられた慰みものか。

 認められる未来ではない。


 その先がどう足掻いても滅びる未来だったとしても。

 それならいっそ俺が世界を滅ぼした方がマシだ。


 先代聖女とも話しをした。

 かつて先代聖女がゲームを起動したときには、ここまでの未来は予見できなかったそうだ。


 ただ口伝のみ、聖女にだけ魔神と悪魔神の真実が引き継がれていた。

 それを目覚めさせないように。

 それが目覚めるときは聖女としてイケニエとなり、それを封印するように。


 いつか来る滅びの未来を少しでも伸ばせるように。

 それが聖女の運命だった。


 それぞれに過酷な人生がある。

 からいというのはつらいにも通じる。

 人生は結構、からいものだ。


 それを噛み締めて、それでもと食べ続けていると自然とからいものでも悪くないと思うようになれる。

 からい先にも、それでもまた幸せになれる道がある。


 人は楽を選びたがる。


 なにも考えず、噛み締めることもせず、つらいことを乗り越えようともせず、考えず、戦わずでは未来は開けない。


 それを……つらい人生を踏み越えて、人は初めて前に進めるのだ。


 俺はやるべきことは終わった。

 あとは進むだけだ。


「生き残らないとダメです。

 私は子供を沢山産む予定なのです。

 父親が居なくなっては困ります」

「……だな」


 皇帝との会談が終わり、ユリーナがそっと寄り添いそう言ってくれた。

 メラクルもそんな俺たちを微笑で出迎える。


 世界は絶滅限界の淵にいる。

 世界が平和になって、そこからさらに世界を良くしていかねば人は滅びていくだけだ。


「……レッドにも更なる縁談が舞い込むかもしれませんね」

「勘弁してくれ。

 1人で十分なところを2倍も嫁を貰ったのだ。

 世界救済特典で勘弁してもらうさ」


 産めや増やせや、世界で国で地域で子供を守っていく環境を作っていかなければならない。


 当然、俺たちもその世界で生きていく。

 それが少しでも明るい未来であること。


 それはやっぱり努力しかないのだ。

 普通の人生を送れることを。


 その普通というやつは努力無くして得られるものではない。

 俺はただそれを忘れずにいるだけ。


 俺の環境が普通かどうかは別にして。

 特に嫁とか。

 メラクルが何かを察して言った。

「あんた、なにか変なこと考えなかった?」

「いや別に」

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