第232話ガイアとの手合わせ……の前

 しばらく待ってみると、だんだんとガイアの叫び声も小さくなり……。


「ひぃやぁぁああああー、あああ、あぁぁ……あー……」


 そんなふうにうめき、最後は口を閉じた。

 落ち着いて自分のやらかしたことに思い至ったのだろう。


 青い顔から羞恥で赤い顔になって、最後には……。


「よくも騙したな!」


 逆ギレした。


「騙してねぇよ!」

 人聞きの悪いことを言うな。

 勝手に勘違いしただけだろうに。

 本人といえば本人なんだろうが。


「そうよねぇ〜、詐欺みたいよねぇ」


 ビスケットをバリバリと、先ほどの剣を突きつけた雰囲気はどこへやら、元祖ポンコツはギルドの椅子に腰かけて俺たちを見学している。


「それで?

 死んだはずのハバネロ公爵ともあろう者が、どうしてこんなところにいるんだい?」


 フンッと息を吐き、腰に手を当ててガイアは何事もなかったかのように問いかけてきた。


「あ、誤魔化そうとしてる」

「メラクル、それは言わないでおいてやれ」


 図星を刺されてガイアは羞恥で赤くなり、ぷるぷる震え出した。


「うちの妹をあまりいじめないで下さいねぇ〜」

 聖女シーアはいつのまにか椅子に腰かけ、茶をズズズと飲んでいる。


 もしかしてこの聖女シーアが1番、底知れないのかもしれない。


 マイカップは持ち歩いているようだが、自分の妹が叫び声をあげている間に、戸惑うギルド員に茶を淹れてもらえるように頼んだとか。


「いや、お前の妹を先に落ち着かせてやれよ」

「……私が旅に出る前に解決しておかなければならないことなので」


 目覚めた後で聖女シーアと約束した。

 ガイアと話をつける、と。

 そのことを言っているのだろう。


 荒療治を施すわけだが聖女シーアも俺の旅に同行するので、ゆっくりとガイアに向き合う時間がないこともその理由の一つなのだろう。


 聖女シーアは当初、このまま大公国に残るはずだった。


 だが今後についての話の中で、各国の有力者の全面協力を得るという俺の考えを伝えるにあたり、聖女シーアはこう答えた。


『聖女としての立場があった方が、悪魔神の話をするうえで都合が良いこともあるでしょう?』


 聖女シーアもゲーム設定の記憶を持つ。

 なのでこれから訪れる崩壊の危機感は俺とも共有している。


 同行させると危うい部分もある。

 聖女シーアは元々、教導国で暗殺もしくは死よりも辛い暴虐にさらされる可能性があった。


 それは今なお解決しているとは言い難い。


 教導国の内部で聖女の位置付けがどうなっているかまでは、外からではわからないのだ。


 希望的観測もある。

 同時にそれ以上の絶望もあるかもしれない。


「賭けでしょうけどね、色々と。

 試さなければ滅びるというなら、試す以外の道など元よりないでしょうね」


 そうやってふふっと柔らかく笑って見せる。

 覚悟ができているならば俺からなにかをいうことはない。


「それに護ってくださるんでしょ?」

 聖女シーアは今度は挑発するように微笑するが。


「……可能な程度には、な」


「つれないお方……あら?

 どうしましたメラクルさん、複雑そうな顔で手を上げたり下げたりして?」


 珍妙な踊りのような動きをするメラクルに聖女シーアはニコニコ顔で問いかける。


「あまりからかってやるな。

 ポンコツがさらにポンコツ化するだろ」

「は〜い」


 聖女シーアを形だけたしなめる。

 そのやりとりに満足したのか聖女シーアはニコニコ顔を深めた。


 実際、嬉しいのだろう。

 大公国に来るまでの移動の間もそうだったが、現実の中では得られなかった気のおけない関係。


 ゲーム設定の記憶の中で主人公たちが旅をする様子はこんな感じだったのようにも思う。


 聖女として教導国に囲われ、そこから抜け出したあとも俺の都合で眠りにつき。


 俺もそうだが、その記憶の中の彼らの関係に憧れもしたのだろう。


 そこでなにかの意を決したらしいメラクルがキッと俺を睨む。


「ハバ……リューク! 私を護りなさいよ!」


 今、ハバネロと言いかけただろ!?


「おまえ、自衛できるだろうが」

「ムキー! そういうことじゃないのよー!!」


 ポンコツがなにか言っているがそれはさておき……。


「さて、ガイアよ」

「なに?」

「少し手合わせするか」

 するとガイアは不満げに顔を歪ませる。

「なんで僕が」


 意外と好戦的な一面もあるので、すぐに食いつくと思ったんだが、その気分ではないのか。

 もしかしてすねているのだろうか。

 年相応の顔でそっぽを向く。


「負けたままでいいのか?」

「いつ誰が負けたって?」


 それだけでギラっと負けん気を発する。

 いささか単純だが上々だ。

 まだ心の奥底では折れていないということだからだ。


 思わず微笑むように笑ってしまう。

 するとガイアはなぜか俺から目を逸らす。


 どうしたことかと見ていると、ガイアはキッと形だけ睨みつけながら訴える。

「リュークの顔して笑うなぁー」


 そう言われても、である。

 自分でリュークとどう似ていたかまではわからない。


「リュークってどんなやつだよ?」


 かねてよりの疑問でもあった。

 それを知る記憶を持つのは俺を含め3人しかいない。


「今のキミみたいなやつだ」

「ねえ、ちょっと……。

 なんだか甘酸っぱい雰囲気出さないでくれる?」


 メラクルが困ったような顔で割り込む。

 別に恋愛的なやり取りなんぞしてないつもりだが。


 そのメラクルを見て、ガイアは実に嫌そ〜な顔をしながら文句を言う。


「ちっ、どいつもこいつも恋愛ばっかり。

 アレですかぁ〜?

 男女2人いれば恋愛するのは当然ですって?」


 もちろん、そんなことは言っていない。

 ガイアの周りでも恋愛の話題多そうだもんなぁ。


 ガイアが少しやさぐれている。

 さっきのポンコツ化でタガでも外れたか?


 ガイアはさらにぶつぶつと文句を言う。

「第一、ユリーナしか見てないことがわかってるのにそういう対象にするわけないだろ?」


 そのガイアのぼやきの結果。

 あからさまにメラクルがへこんだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。

 生まれてきてごめんなさい……。

 あと何度も謝ってるけど姫様ごめん、まじゴメン……」


 ガイアに剣を突きつけたときの勇ましさはどこへやら。

 いつも通りのメラクルだった。

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