第231話ガイアVSメラクル

 暗殺には十分注意しているつもりだったが、ガイアはその警戒を上回る勢いで突っ込んできた。


 文字通り、捨て身で俺を押し倒しにきたのか。

 そう思ったが、しがみついたままガイアはなにかをしてこようとはしない。


 俺はしがみついたままのガイアに目を向ける。

 ガイアは腰のアルカディアの剣は抜き放っていない。


「……ガイア?」

「うん!

 リューク良かった!! 生きてた!」


 うん、ってやけに素直ね?


 俺とガイアは生きてたことをそんなに喜ばれる関係だったかなぁ〜と思う。

 若干、俺は嬉しそうにしがみ付くガイアという現実から逃避してしまう。


 ちゃきっと音がしたと思うと、そのガイアにメラクルは剣を突きつけた。


「離れなさい。

 ガイア・セレブレイト」


 うん、ガイアがしがみついたままだから、その剣は俺にも突きつけていると言えるね!


 滅多に見ない本気の顔だからメラクルが俺を護ろうとしてくれているのであって、冗談でそうしているわけではないので茶化してはいけない。


 それにガイアは冷たい目でメラクルを見返し言い返す。


「……ハバネロ公爵のコバンザメが。

 尻尾を振る相手は考えたらどう?」


 そのハバネロ公爵にしがみ付いているキミはどうなんだろう?


 アレ、オカシイナァ?

 なんでちょっと修羅場っぽくなってんの?


 メラクルは嫉妬でそうしているわけでもないし、ガイアの雰囲気も俺への親愛はあっても恋愛ではなさそうだけど。


 言葉だけ聞くとラブコメのそれだ。

 その場合、ここにいないユリーナの圧勝だけど。

 そんなふうに勝手に修羅場を想像する程度には俺も混乱していた。


 どちらかといえばゲーム設定の記憶がガイアにもあるせいで、ガイアは俺に敵意を残したままだったと思うが……。


 そこである考えに至る。


 ……そうか、それほど似てるか。

 似てるというより、やはり同一なのだろう。


 俺とゲーム設定の中のリュークとは。


 きっとハバネロ公爵として生まれていなければ、あんな生き方をしていたのかもしれない。


 熱く鮮烈な旅を通して仲間と共に強くなって。


 ガイア、ユリーナ、黒騎士、レイルズ、シルヴァ、メラクルを除くポンコツ隊の面々も。


 互いが大事な仲間だった。


 仲間と運命的に出逢い、時に冗談を言い合い、笑い、泣き、語り合い、数々の困難を乗り越えていく。


 かつて存在したゲームのように人が成長していくさまは、ゲーム設定の記憶を通して見るだけでも、楽しく胸を躍らせ人の心を惹きつける生き方だった。


 人を助け真っ直ぐに走り抜け、誰かを傷つけることなく人を護る。

 そんな生き方もあったのだろうかと。


 けれど、リューク。

 俺はお前を認めない。


 お前は失敗したのだ、リューク。

 ユリーナを死なせて、さらには世界も救えなかった。


 見ろよ、ガイアを。


 あんなに強かったのに。

 魔神に囲まれても1人で足止めして。

 すっかりちょっと強いだけの小娘に成り下がって。


 救わなければいけなかったんだ。


 たとえ俺のように極悪非道に染まろうとも、絶対に。

 だから、絶対に認めたりはしない。


「ガイア……。

 とりあえず離れてくれ」

「リューク?」


 俺は不安そうに揺れるサファイアの瞳を見て、優しく微笑みかける。


「……すまなかったな、助けてやれなくて」


 そんな余裕はなかった、とか。

 魔神の脅威は想像を遥かに超えていた、とか。


 悪魔神がどんな姿なのか、見ることすら叶わなかったのことを。


 ああ、だがなぁ……。


 人のことを言えた義理ではないが、それでも過去に囚われず前を向かないといけない。

 どれほど後悔する過去ではあっても、過去を変えることはできないのだから。


 転がり悶えるほど情けなく、辛い過去でも……それでも抱えて生きるのが人だ。


 ましてたお前は罪人ではないから。

 前を向いていいんだ。


「起こらなかった未来に囚われる必要はない。

 俺もお前も失敗しない。

 それだけだ」


 ああ、だが……。

 どれほど困難だろうと。

 どれほど罪を抱えようと。


 これからの未来を挑戦できるチャンスがあることはどれだけ幸福だろう。


 消えない過去も全て未来への力へと変えていけるなら。


 いつか、消したいほどの失敗をした過去の自分さえ……愛しく思えるのかもしれない。


「リューク?」

「……リュークではない」


 俺は……レッド・ハバネロだ。

 悪逆非道で人を苦しめた罪を持つ罪人。


 心のどこかでゲーム設定の主人公リュークのように。


 公爵という重荷も背負うことなく、自由に前向きに光輝いた生き方を心から願うのは止めて、俺は俺自身のありのままを抱えて生きる。


 人はそうするしかないのだ。


 そうして、まずは……最強だったお前を取り戻す。

 俺たち全員の未来のために。


 事情を知るギルド員の他は俺たち以外、誰もいない。

 ギルドの入り口に聖女シーアが遅ればせながら入って来て目を見開いているぐらい。


 実に良いタイミングだなと、俺は小さく笑う。


「我が名は……ハバネロ。

 まあ、なんだ。

 ここの公爵だよ」


 俺はニヤリとした笑みを浮かべる。

 それはハバネロ公爵笑みだったように思う。


 ガイアはサファイアの瞳に戸惑いの色を見せて……、なにかに気付いてその瞳を見開く。


「ひぃあああああああ!?」

 そしてパッとしがみ付いていた両手を手放し、叫びだすガイア。


 ようやく警戒を解いて剣を下ろしたメラクルが叫ぶガイアを気の毒そうに見て……。


 ポケットからビスケットを取り出す。

「食べる?」


 叫びながらガイアはそれを受け取る。

 そして俺を凝視し、目を見開いたまま迷わずパックンと自分の口に放り込む。


 食うんかい!

 それをガイアはモグモグとして……。


「ひぃあああああああああ!」

 ビスケットをしっかり食べて、ガイアは再度叫ぶのを続けた。


 ……ガイアがポンコツ化した。

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