第230話滅びの記憶
コーデリアの見事な五体投地にてメラクル殺人(?)事件は見事一件落着となった。
それからここ数日間は、間借りしている部屋を執務室にしてユリーナとの仕事の調整を行なっている。
ユリーナ自身もずっと俺のそばに居座るわけにはいかないので、多くは通信や人を介してのやり取りとなる。
「にいちゃぁぁあーーーん!!!」
俺が休憩に入ろうとペンを置いたタイミングを待ってたかのように、リリーが両手を挙げて部屋に飛び込んで来た。
リリーは俺が椅子から立ち上がり出迎えると、狙ったようにお腹にアタックを掛けて来た。
高さ的にちょうどその位置、ということもあるが、とあるポンコツがそうやって遊んでいた時の
俺は腹ダイブをされる前に飛び付くリリーの脇の下を、すくいあげるように抱えて持ち上げる。
喜んで腕をバタバタさせるので降ろしてその頭を撫で、テーブルに置いてあったビスケットを渡す。
そこに……、これまたタイミングを測ったように茶のセットを乗せたカートを押して入って来たメラクルに、リリーは腹ダイブ!!
「ゴフッツ!?」
執念のメラクルはそれでも茶のセットを乗せたカートを倒すことなく、腹ダイブを真っ正面から受ける。
なお、このカートに乗っている茶のセットは大公国の城に置いてあったメラクルの私物らしい。
どこからツッコミ入れたらいいと思う?
城に私物置くなとか、それって元は自分の物とはいっても城から奪ってきた物といえるんじゃないかとか。
その全てがメラクルならあるよねぇ〜と思てしまうのが難点だ。
セットを取りに城に入ったとき、その茶器セットを大事に保管してくれてたメイドとか城の人に生きてて良かったと泣かれたらしい。
気まずかったわ〜とか言ってたが、嬉しかったんだろうな。
照れて顔を赤くしてた。
「り、リリー様……、腹ダイブはやめて……乙女が出しちゃいけないものが出ちゃう……、ぶっちゃけ、ゲ◯とか……」
いつもの光景になりつつあるそれを眺め、俺は身体を伸ばす。
大公国でやるべき調整。
公爵府とのやり取り。
モンスターの弱点と対策方法、その訓練。
やるべきことは沢山ある。
俺は今、レイリア・サルバーナの
今まで
もう少し冒険者ギルドに顔を出して、冒険者として存在をアピールしておきたいが、その役目は黒騎士に任せている。
メラクルやコーデリア含むポンコツ隊は聖騎士として多少なりとも顔が知られているので、大公国での本格的な冒険者活動は避けた。
そうはいっても、冒険者として名を売らないということではなく、逆に本格的に冒険者活動をするための前振りである。
これからは王国に大公国が吸収されたことを機に、大公国の聖騎士を辞めて冒険者活動をするという口実だ。
簡単に認めたくないが、歴然たる事実としてメラクルをはじめとしたポンコツ隊は見目が良い。
その彼女たちが冒険者として鮮烈デビューして、栄光を駆け上がるストーリーは人々の心を盛り上げる。
そうは言っても、俺が昏睡状態になる前に仕掛けていたメラクルアイドル化計画は
メラクル自身が嫌がったのだ。
「ふっ……、私はあんたの影に潜む謎の美女メイドとして、その地位を確立させてもらうわ」
「色々ツッコミどころはあるんだが、これからもそのメイド服で活動するつもりか?」
メラクルもメイド業を極めるつもりもなかろうに。
そもそもメイドは冒険者にならない。
そんなにメイド服気に入ったんだなぁ……。
あの日、初めて会ったあとノリで屋敷のメイドにしただけなんだが。
そんなわけで本格的な冒険者活動はしないが、これから冒険者活動をするんだぞ、とアピールと情報修正のために冒険者ギルドに何度か足を運ぶ。
その日は俺がメラクルを伴い、冒険者ギルドのカウンターにて良質な依頼を求めてやって来た……というポーズだ。
実際はそのギルドを通して、各地で収集した悪魔神や他国のことなどの報告を受けている。
そのついでに俺が知っているモンスターの性質やクセ、戦い方を冒険者ギルドへ報告という形で通達。
村や町の人がモンスター被害を少しでも避けられるように、同時に各冒険者や狩人たちが効率よくモンスターを狩れるように広めていくのだ。
冒険者ギルドでは定期的に教室を開くように指導もしている。
大公国から出るときは、表向きの支援者のラビットたちからの依頼という形で旅に出る予定だ。
「ねえ、ハバネロ」
「あん?」
カウンターで聞くべき話も聞き終えてそれを頭の中でまとめつつ、メラクルの問いかけに返事をする。
冒険者ギルドからの報告内容はメモなど残すわけにはいかないので大変だ。
「あんた自身が旅に出てまでって……それってあんたがやらなきゃいけないことなの?」
冒険者として旅に出ていくことなく、ここでユリーナと共に過ごせば良いと。
随分、気を遣われたもんだ。
……いや、そうか。
知らないのだ。
目覚めてから、ゲーム設定の記憶はよりリアルに、そして唐突に俺の頭に思い浮かぶようになった。
同時にその副作用か、激しい頭痛で身動きが取れなくなることも。
それは現実が滅亡の刻に近付いている弊害か、それとも身体中に回った魔導力の毒による弊害か。
そんなゲーム設定の記憶が今も俺の頭に浮かび上がる。
その最期の記憶が。
脳裏に映像が浮かぶ。
目覚めてからより濃厚になったゲーム設定の記憶。
……やがて訪れる最期。
舞い散る炎。
その炎に巻かれる人々と無表情の人型の魔神。
『もうやめてくれ!!』
その叫びは俺のではない。
『なんで、こんな……』
世界の終わりの……とんでもないバッドエンドの光景。
『どうにか、できないのか……』
記憶の中で生きる主人公たちの夢と希望の物語。
『私たちの今まではなんだったの?
なんのために……』
……その末路の記憶。
『誰か……助け……』
その絶望の記憶。
『誰かぁぁ……』
全ての希望が絶たれる様をまざまざと。
『誰か、助けてよ……』
世界最強と呼ばれた少女の託す人のいなくなった最期の記憶。
……そして。
途切れる命と大切な誰かの未来が終わる刹那に最期に願った記憶。
『誰でもいい……』
『誰か……』
『誰かこの世界を救ってくれ……』
絞りだすように吐きだされた祈りの記憶は、今も俺の心を荒らし駆り立てる。
悪逆非道の罪を
世界を救え。
そう訴えているかのように。
追い立てるように。
目覚めたときからその声はだんだんと、大きく、強くなっていく。
「メラクル、お前。
このままでも世界が滅びないと思ってるだろ?」
俺はなるだけ軽い感じになるように笑顔を浮かべ、メラクルに指を突きつける。
わざわざ軽い雰囲気で言ったのに、なぜかメラクルが青白い顔でたじろぐ。
「違う……の?」
ああ、そうか、俺のいまの記憶が伝わったのか。
俺のゲーム設定の記憶は、聞こえるはずのない虐げた被害者たちの怨嗟の声と重なる。
『
『自分だけ幸せになるなんて許さない』
『ハバネロ公爵……必ず、殺す……』
『嘘吐き……、嘘吐きーーーー!!!』
記憶の中で誰の声かもわからない、その叫びが俺の心をかき乱す。
のうのうと俺だけが幸せになることを声たちは許してはいない。
「便利だなぁ、どこまでわかるんだ?」
俺はメラクルになるだけ軽く見えるように、困った顔で肩をすくめる。
あまり知られたい気持ちではないんだが……。
だって情けないだろ?
やらかした後悔とそのとき背負った罪に追い立てられてるだけ、なんてさ。
「どこまでもあんたの気持ちを読み取れるわけじゃないわよ……。
今みたいに強い想いのことだけよ……」
つまり通信と一緒というわけだ。
同じ原理なんだろうな。
魔導力を通信媒体として思念を送る。
俺が再度肩をすくめて見せると、メラクルも落ち着くように大きく息を吐く。
「心臓に悪いわ……。
いつも見てんの、あんなの……?」
滅びの光景など見たくはないよな、それもリアルに。
「……起きてからはたまに、な」
女神に近付き過ぎたせいだろう。
「……呆れた。
それでよく気が狂わないわね」
俺にそれに苦笑で返す。
逆にそれを上回る罪悪感があるからな。
俺の中では、俺のやらかしによる怨嗟の声の方が耳について離れない。
俺は軽く手を振ってメラクルに大丈夫とアピールする。
メラクルは俺をじっと見て、もう一度ため息ひとつ。
無理をするなと言いたいんだろうが、世界に余裕はない。
ゲーム設定のリュークたち主人公パーティは権力者に
しかしそれと同時に、権力者たちもリュークたちの力を悪魔神にぶつけるしかないとわかっていた。
だから最後には悪魔神にリュークたちをぶつけようと世界は1つにまとまった。
世界最強戦力をぶつければなんとかなると思っていたのだ。
負けたのは単純に力が足りなかったのだ。
世界の誰も悪魔神の戦力を見誤っていた。
それだけ世界の脅威は突然に、そして圧倒的に全てを押し潰した。
……それがもうじきやってくる。
今、Dr.クレメンスたちにさせている魔導力の研究が上手くいっても、間に合わないだろうな。
だからユリーナとここでいつまでも一緒にいることはできない。
公爵領だけではなく、他領、そして他国へ行き、同様に悪魔神復活のための戦力の底上げと根回しを行わなければならない。
俺たちだけではダメなのだ。
世界を……動かさねば。
それには直接、俺が会って取りまとめを行わなければならないものも多い。
他の誰かではダメなのだ。
だから今はまだ……。
「リューク!!」
どこかで聞いたことのある声で呼びかける。
俺が顔だけ振り返ると、メラクルがぽ〜んと跳ね飛ばされるのが見えた。
……と思ったら、なにかが俺に体当たりしてきた!
油断した!
体当たりしてきた人物は……緑色の髪、やや小柄な美少年に見紛う容姿。
ガイア・セレブレイト!?
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