第233話ヤツの名は陽光の乙女聖騎士
日も暮れかけて残照の光が建物にも差し込んでいる。
なので、その日はへこむメラクルを俺が引きずりながら解散となった。
次の日。
冒険者ギルドには訓練場を備え付けてある。
これは冒険者たちの訓練のためだけというわけではない。
この訓練場で訓練を行う者もいるが、どちらかといえば支配者側の都合で用意されている。
有事の際は訓練場に協力してもらう冒険者や傭兵を集める集合場所でもあり、庶民の避難所にもなる。
地域によっては訓練学校の敷地の一つとしても使う。
普段は事故などが起きないように武器を使えるエリアはわけられているが、日常的な運動場としての機能が優先と言って良いだろう。
今回、ガイアとの手合わせにもそのギルドの訓練場を選んだ。
冒険者として活動するリュークが、貴族の屋敷などの敷地を使うわけにもいかなかったからという理由だけなのだが……。
ミヨちゃんが変な箱を持ってウロウロとしながら声を張り上げ、その周りに我も我もと人が集まる。
「さあ、賭けた賭けた!
誰もが知る世界最強美少女魔導剣士ガイアに対抗するは、新進気鋭売り出し中の冒険者、その名も鮮血リューク!
なぁんと!!
陽光の乙女聖騎士メラクル・バルリットと共に、あの要塞型巨大モンスターを討伐したという実績持ち!!
今ならガイア8、リューク2で大穴だよ!
今が賭け時!
さあ、乗った乗ったぁ!!」
鮮血リュークって誰よ?
いつからそんな二つ名ついたんだよ。
もう一つ聞き捨てならないんだが、陽光の乙女聖騎士ってどこのポンコツさんのことですかねぇ〜?
ナンゾ、コレ?
「私、ガイア!」
「私はぁー……、ヒー君どっちにする?」
「俺はリュークの方で」
「私もガイア!!
あっ、タイチョ〜!
早く賭けないと締め切られるよー!?」
ポンコツ娘どもが引換券を持ってメラクルに大きく手を振る。
ポンコツ娘どもの影に隠れるようにこそこそとコーデリアも小さく手を振っている。
「おう、ポンコツども。
どういうことだ、これ」
「へへへ〜ん、隊長から聞きましたよ。
ガイアさんと勝負するんですって、リュークさん」
サリーが自信満々で胸を張る。
へこんだメラクルをポンコツ隊が励ましに来たときに聞いたらしい。
別に訓練自体は秘密ではないが昨日の今日で連絡早いな?
「こんな面白そうな話、乗らないわけにいかないじゃないですか!
ミヨちゃんたち黒騎士の一族が率先して動いてくれたので大ギャンブルの開催です!
すぐに広報を頑張りましたよ!」
ソフィアがふふんと笑うとキャリアがメラクルを促す。
「さあ! タイチョー!
どっちに賭けます!」
「えーっと……」
メラクルがやっぱりガイアかなぁ〜とか呟く。
このポンコツども……。
「おまえら、俺が起きているのを隠してるって忘れてんだろ?」
「あっ……」
全員が全員、今気付いたとぽかんとした間抜けづらをする。
全員でタイミングもぴったりだ。
テメェら、実は全員姉妹だろ?
「ででで、でも、リュークさんとガイアさんのバトルとしか言ってませんし……」
クーデルがアワアワと言い訳をしたのを、ヒー君ことヒカゲがその肩をポンっと叩き首を横に振る。
そうだな、疑われた時点で各貴族の密偵が入るだろうな。
大公国の密偵であったヒカゲはそのことをよくわかっている。
メラクルに至っては本気で忘れていたらしく見るからに青い顔になり、目尻に涙まで浮かべている。
他のやつらもどうしよう、どうしようと右往左往しだす。
悪意があったわけではなく、純粋に抜けていただけらしい。
……ったく、このポンコツどもが。
「冗談だ、おまえらをからかっただけだ。
どこぞの公爵に間違われたわけでもなく、リュークの名だから問題はない」
最初からミヨちゃん含む黒騎士の一族が関わっているのだから、俺が預かり知らぬということはないのだ。
とっくの昔に報告と確認が来ている。
つまり俺の了承済みの出来事だということだ。
想像以上にお祭り騒ぎになっていたからびっくりしたが。
全員がボケっとした表情をする。
つくづくこの娘たちをポンコツ隊と断じる自分を褒めてあげたい。
ピッタリの言葉だ。
その筆頭のメラクルが俺に食い下がるように尋ねる。
「ほんとに!?
ほんとに大丈夫!?
なんでもするから言って!」
「なんでも、か」
俺が呟くと他のポンコツ娘どもは一斉にざわ……と動揺を示したが、当のメラクルは覚悟を決めた目で頷いてくる。
どうやら俺の冗談はわかりにくい……らしい。
もののついでに、なにかろくでもないことでも頼んでみようかとも思ったが……やめておいた。
文句は言うかもしれないが、メラクルはそれを本気で実行するだろう。
そういう目であったし、そういうやつだ。
メラクルの頭に手を置き、その髪をくしゃっともてあそぶ。
ざわざわとポンコツ娘どもが動揺する。
メラクルは覚悟を決めた眼差しのまま。
俺はフッと笑い、負けを認める。
いずれにせよ、ユリーナとの再会を果たした時点で、俺が起きていることを完璧に隠し切ることは不可能となっていた。
どこかで情報はもれる。
ならば、それをどのようにもらしていくかだ。
それぞれの情報には確度と優先度がある。
ハバネロ公爵によく似た人物が冒険者活動しているだけでは情報の正確性も高くないし、それが優先すべきこととわかるまで貴族が動くことはない。
それがどのように影響して、どんな被害を受けるか、どんなメリットを得られるか。
それが推測できて初めて動けるのだ。
これが謎の冒険者リュークがハバネロ公爵本人だと判明したとしても、即座に敵に回るわけではない。
邪教集団のように初めから敵ならば別として、多くの場合はハバネロ公爵本人がなぜ冒険者の真似事をしているのか、その意図をまず探ろうとする。
その段階になって気付かれた相手に接触したとしても遅くはない。
つまり警戒すべきは邪教集団などハバネロ公爵を敵とする相手だが、それこそリュークの名が派手に広まれば広まるほど、警戒しているがゆえに真実には辿り着けない。
まさかハバネロ公爵がそんな目立つ真似をするわけがないと。
それがどこの誰であろうと、人はどこまでも思い込む生き物だ。
それとは別に、これからは巨大モンスターを恐れない英雄の存在をアピールする必要がある。
メラクルか、それともリュークか、はたまた別の誰かか。
だからその意味でも、今回の世界最強と名高いガイアとの手合わせは都合が良いのだ。
「気にするな。
これからもおまえには俺に付き合ってもらわなければならないからな」
つまるところ、気にするもなにも発端は俺自身なのだ。
メラクルにもアイドルとして人々の先頭に立つ役割があるのだ。
どう転ぶかは別にして、その役割を存分に果たしてもらおうとは思う。
「聞きました、奥様!
付き合ってくれですって!?」
「浮気よ、浮気!
浮気かしら!?」
「ユリーナ様にお伝えしなければ!!」
「待って、そんなことしたらタイチョーの婚活が終わらない!?」
「ある意味、終わってしまうわ!
どうしよう!!」
「そう簡単に先輩は渡しません!!」
黙れ、ポンコツども!!
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