第119話ヤッチャッタ、メラクルさん

 勝利したと思った瞬間に、それが逆転することがある。

 それが戦争の怖さだ。


 むしろ味方である王太子殿下とガラント将軍ですら、狐につままれたような顔で兵たちが忙しなく動く姿を見ていた。


 帝国兵に至っては茫然自失で抵抗もせずに、俺たちは勝っていたんじゃなかったのか、と現実を受け入れられず立ち尽くす者も居る。


「兵をまとめろ!

 勝ったとは言え、まだ皇帝が居る!

 気を抜くな!」


 下手をすればいまだ健在の帝国兵の方が多いぐらいだ。


 ゲーム設定では、足止め部隊の決死の火計とハバネロ公爵の返す刀により、皇帝は僅かな側近と共に逃げた。


 そのため、率いる者の居ない軍は数が多くとも『残党』となり、この時点で王国の勝利となった。


 今回は足止め部隊の方は玉砕を命じていない。

 それどころか『死ぬな』とさえ命令した。

 それはつまり、帝国兵は足止めされただけで皇帝と帝国兵2000は軍として健在なのだ。


 王国兵の生き残りを回収して同数ぐらいか、それとも捕虜が居ることで痛み分けとして軍を退くか。


 そうすれば大戦は守り切った王国の勝利となるが、大勝利とはならず今後に不安を残す。


 ユリーナたちが無事に宰相を討ち取れれば、大きな危機は避けられるか?

 おっと、今、考えることではない。


 俺からすれば今はユリーナが無事で、俺自身も生き残ることが出来ればそれ以上は。


 崩れた岩が邪魔ではあったが、早急に兵をまとめ渓谷を抜ける。

 敵である帝国兵の救助をしている余裕はない。

 何度も言うが、戦争はそこまで甘くはない。


 渓谷を抜けると、誰もが首を捻る。

 静か過ぎる。

 いや、戦場だった方向から人が動いている声は聞こえる。

 なのに剣戟の音が聞こえないのだ。


「何があった?」


 通信するための金属片は先程、ロルフレットを倒すのに使った。

 渓谷の上の控えていた別働隊のカリーも同様だ。


 偵察部隊に混じり伝令要員も駆けていく。

 戦場であるので、伝令も命懸けだ。

 だがすぐに戻って来た。


 またしてもカルマン君だ。

 流石に土やら何やらで、ところどころ汚れているが5体満足無事だ。


「伝令!

 公爵閣下の策が成り!

 お味方勝利です!

 繰り返します! お味方勝利!!」


 それを聞いた周りの兵が、歓喜の声を上げる。

 だが俺は。


「はぁ〜?」

 勝利って何でだよ?


 サビナとアルクが兵を取りまとめて反撃を仕掛けたか、それともコウが火計を予想以上に上手く発動させてかつ残党兵をまとめたのか?


 いずれも可能性は低いというかほぼ無い。

 何故なら決定的に兵が足りなかったのだ。

 知恵や策でどうにかなるなら、俺もサビナたちに命懸けの足止めなど頼まない。


 つまり、想定外の援軍が現れたということだ。


 誰だ? いや、何処だというべきか。

 モドレッドに託したことが、想像を遥かに超えて上手く行った?

 無いな。


 共和国が突然野心に目覚めた?

 事前にそんな動きはない。


 ……待て。

 伝令のカルマン君は何と言った?

 俺の『策』、だと?


 さらに確認しようと口を開きかけたその時!

「ハバネロー!」


 俺は何処かで聞いたことのある声に動きを止めた。

 正確には固まったと言った方が良いか。


「ハーバーネーローーーー!!」


 ご存知のように、俺は公爵である。

 当然、俺の名を呼ぶ者は非常にひっっじょうに、限られている訳である。


「ねー、聞こえてないのー!

 ハーバーネーローーー!!」


 ヤメテー、もうやめてー!

 ここには王太子殿下とガラント将軍も居るのよー!


 俺は天を仰ぎ見る。

 ああ、これが神に挑もうとする試練か。


 そして覚悟を持って振り返る、どうにでもしてという笑顔と共に。


 同時に何かが俺の腕の中に飛び込んでくる。


「ハバネロ! 私やったわ!」

 犬っころが全力でご主人様に飛び付くような満面の笑みで、メラクルは俺の腕の中でそう言った。


「うんうん、そうだな、メラクルさん。

 ヤッチャッタよね。」


 やらかしたと言い換えた方が良いか?

 んー、どうなんだ、駄メイド?

 おまえ、このやらかし気付いてないだろ?


 俺はアルカイックスマイル、つまり口の端まで大きく釣り上げた怪しい笑顔で、うんうんと頷く。


 褒めて褒めてと懐く犬と化した駄メイド聖騎士に、俺はまた天を仰ぎ見る。


 ……まあ、何にしてもこれで。


「よくやった。

 おまえのおかげで生き残ることが出来た」

 偉い偉い。


「えへへー、そうでしょ! そうでしょ!

 あ、でも皆のおかげだからね!

 ザイードもシロネも、皆凄かったんだから!」

 うんうん、ザイードはともかくシロネって誰? 


 まあ、それはとりあえず置いといて。


「なあ、メラクル?

 俺以外にしがみ付いたりするなよ?」


 若い綺麗な娘がみだりにそんな真似しちゃうと、とんでもない事態に発展するぞ?


 俺? 俺には、ほら、手遅れだから、さぁ、はぁ〜……。


「する訳ないでしょ?」

 何言ってんの、みたいな顔しないでね?

 おまえ、これ、とんだ大惨事なんだからな。


 ユリーナに婚約破棄とかされないよね?

 泣きそうなんだけど?

 王太子殿下、やめてね?


 ユリーナ姫と婚約破棄とかしたら俺どうにかなっちゃうから。

 具体的に言うと反乱とかしちゃうよ?

 口には出せないけど。


 こうして王国と帝国の命運を賭けたグロン平原の戦いは、王国の逆転勝利で幕を閉じた。


 帝国皇帝は少ない近衛と共に何処かへと逃げ出し、俺たちは兵をまとめ王太子殿下とガラント将軍に後事を任せ、皇帝を1200の兵で追うこととなった。


 その際、王太子殿下にコッソリと。


「あの聖騎士はあの時のお前のお気に入りのメイドだな?

 忠告しておくが女遊びは程々に、な?

 婚約者にバレると色々と怖いぞ?

 私もな、若い時は色々やらかしておまえの父にフォローしてもらったものだ。」


 そうしてニカッと親指を立てられた。


 王太子殿下も5人の妻を持っているので、女性の扱いもお手の物だろうが。


「誤解です、王太子殿下……」

「構わん、構わん、隠さなくても分かっておる」

 あっはっはと笑い声もあげる。

 ああ、いっそド突きたいけど、ド突けない。


 そのまま王太子殿下へ誤解であること、ユリーナとの婚約は絶対に破棄しないことを告げて馬に乗り、集まった兵の元へ。


 その様子を遠目に見ていた駄聖騎士メラクルが馬ごとそばに寄って来た。


「何、どったの?」

「どったのじゃねぇよ、この迷惑娘。

 行くぞ」


 そこで俺は一呼吸置く。


「……付いて来るからには、覚悟をしてもらうぞ」

 メラクルはふふん、と笑う。

「今更? 上等じゃない」

 俺はそれを見て静かに息を吐く。


 お前が思っている以上の覚悟がいるんだよ、と。


 その言葉を俺は静かに飲み込んだ。

「すまんな」

 代わりに吐いた言葉も音にならず、誰の耳に届くこともなかった。

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