第118話リターン16-百鬼夜行メラクルさん
コウは通信を切った、というよりそれどころではなくなった。
「なんだ、あれは……」
こちらが草原に火を放ち、煙が立ち込めていたので気付くのに遅れた。
激しい土煙が帝国軍の後ろから近付いてくる。
つい先程まで、コウは僅か300の兵と共に、腰以上もある草原に身を隠していた。
戦線が開かれてもジッと動かず。
これが無限にも続くのではないかと思えたほど長く感じた。
今すぐ叫びながら、逃げ出したいほどにギリギリの緊張。
しかも、だ。
これが決死隊であることを誰もが感じ取っていた。
公爵閣下は生きろと言ってくれた。
だが出来る訳がないのだ。
ここでコウたちが足止めに失敗すれば、王国は滅び兵たちの家族もどんな目に遭わされるか分からない。
戦争とはそういうものだ。
ならば退くことは許されない。
救国の志に酔っていたのかもしれない。
いや、間違いなく酔っていた。
火を付けただけでは、魔導力を纏った騎士ならば突破出来るだろう。
彼らが火に
命を捨ててでも。
今、突如目の前で繰り広げられた光景は、そんな心の火に冷水をぶっかけられた。
そんな中、動かず状況を確認し続ける兵たちを褒めてあげたいほどだ。
帝国軍を挟んで反対側に位置するコウですら、その異様な光景に暫し言葉を失ったのだ。
間近に見せられる帝国軍の驚きは驚愕と言って余りあることだろう。
牛や馬、時には小さなロバまでが土煙を上げて突撃して来たのだ。
さながらパニック、パニック、帝国兵が慌ててる。
そりゃ、慌てるわ!!!
思わず心の中で叫ぶが、コウは自分が見ているものに対し思考が付いていかない。
「隊長! あれを!
牛の上に女が!」
コウが視線を上に向けると、丁度、牛の背中から誰かが高くジャンプしたのが見えた。
それに続き別の誰かもジャンプする。
それも1人2人ではない。
何十人、何百人と!
さらに牛たちの後方からも人が数百人以上走って来る。
俺、今何してたんだっけ?
コウは少しだけ自分を見失った。
何度も言うが、帝国軍を挟んで見ているコウですら、激しく動揺してしまうのだ。
それを目の当たりにしている帝国軍の驚きたるや、想像を絶することだろう。
ちなみに絶句もするだろう。
跳躍した女性は美しかった。
茜色の髪が太陽の光に反射され、コウたちも恐らく帝国兵もその美しさに刹那魅了された。
それはさながら伝説にある女神が天から舞い降りるような神々しさすらあった。
「キシャァァアアアア!!!」
その女が奇声を発して、帝国兵へ飛びかかっていなければ。
羅刹という赤髪の伝説上の存在がいる。
それは本来、大層美しい女だそうだ。
鬼女のことなんだけど。
「キシャァァアアアア!」
牛から飛び降りる者たちが次々と奇声を発している。
中には白髪の何かを背負った黒髪の修羅までいる。
百鬼夜行というお伽話がある。
化け物たちが群れをなして現れるお話だ。
昼間だけど化け物は出るらしい。
黒髪の修羅の背中の白髪がそこで茜髪の羅刹に呼びかける。
「メラクルさん! 今だよ!」
メラクルと呼ばれた茜髪の羅刹は剣を高く掲げ叫ぶ。
陽光を浴びてその剣がキラリと反射する。
「王国兵よ!! 今こそ反撃の時だ!
全軍かかれー!!」
牛や馬から飛び降りた化け物たちが、それに呼応する様にキシャァァアアアアと雄叫びを上げる。
どう聞いても化け物を煽動したようにしか見えないが、王国兵に呼びかけたらしい。
コウは周辺を確認する。
確かに王国主力軍は居たが、すでに敗北し生き残った者は全力で散り散りに逃げ出したはずだ。
王国貴族の指揮官などは真っ先に逃げた。
そうでなければコウたちは独力で死を問わず、足止めをしようとなど思わない。
今更、友軍の到来で奮起する気概のある王国兵は居ないはず。
そう思っていたが、帝国軍を挟み込むように両サイドに突然、王国軍らしき旗が立つ。
軍旗は状況にも拠るが、1部隊に1本ぐらいの割合が通常だ。
それが複数本あり軍旗と土煙の見た目だけなら、数百人以上は各サイドに王国兵が居る計算になる。
それが雄叫びと土煙を上げて、帝国兵に向かっている。
つまり数百、いや帝国軍の後背の数から見ても1000は超えている。
その王国の増援がこの場に突如として現れたのだ。
コウたちの部隊を合わせれば、足止めした帝国兵2000とも拮抗出来るほどの数になるかもしれない。
「動揺するなぁ!
包囲網はまだ完成していない!
今から各個に撃破すれば何も問題はない!」
しかし王国軍と違い帝国指揮官は無能ではない。
どこから得ているのか分からない公爵閣下の情報網によれば、敵指揮官ロンディウスという堅実な指揮をするベテランの指揮官。
その指揮官が帝国兵の動揺を抑えるように声を張り上げる。
指揮官と分かる仕立ての良さそうな帝国の士官服の男だ。
敵指揮官が真面目で規則をきっちり守るタイプという情報を、どのように活用すれば良いのかコウには分からない。
敵が裏切りや敵前逃亡をしてくれないことだけは分かった。
だが指揮官が兵の動揺を抑えようと叫んだ瞬間、茜髪の羅刹の目が光った、完全な比喩だがそんな気配がした。
「指揮官見つけたぁああああ!!!!
エルウィン! あそこだーー!!!」
女が剣で指揮棒のようにロンディウスなる敵指揮官を指し示した。
遠目では気付かなかったが、牛の背に残っていた兵がまだ居たらしく、帝国軍に食い込んだ牛の背から何人かが更に飛び出すようにジャンプして敵指揮官に襲いかかった。
コウが何が起こったのかを理解するのに、僅かに時を必要とした。
エルウィンといえば、コウの後輩の名がそれだ。
自分同様、公爵閣下の側近となって以来メキメキと腕を伸ばしてきた。
そこでようやく、ようやく思考が追い付き声を張り上げる美女が誰かに思い至る。
公爵閣下の愛人のメイドだ。
公爵閣下は愛人偽装であると言っていたが、仲が良過ぎるからあれは絶対に公爵閣下の愛人だ、間違いない。
それが何で側近のエルウィンを差し置いて、指揮をしているのか分からなかった。
最初からメイド服来た公爵閣下の愛人が、実は大公国の聖騎士だったとか、存在自体がよく分からなかったから、それはもういい。
もういいったら、もういい。
「援軍が到着したぞーー!!
公爵閣下の策通りだ!!
友軍に合流せよ!
反撃開始だーー!!」
そのような策を仕掛けていたとは聞いていないが、理由は生き残ってから確認すれば良い。
そう思いコウは自身の混乱を心の中のみで収め、剣を振り上げ周囲の兵を鼓舞する。
つい先ほどまで決死隊として死を覚悟していた兵たちは勝利の光に飛びつき、雄叫びを上げる。
「キシャァァアアアア!!!」
戦場では兵の士気が大事。
コウは決して、雄叫びを上げる自身の部下の兵士にツッコミをすることはなかった。
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