第182話正体を現せ!

 はぁ〜……、とメラクルは大きくため息を吐いてまた肩を落とす。


 見てすぐに分かった。

 いつも元気なメラクルらしくなく、とても疲れている。

 いつものメラクルなら、私がこう言うとむしろ率先して走り出すはずだ。

 それほど見せたくないものがそこにあるのだろう。


 ……おおよその検討は付いている。

 ガイアの姉が見せくれた夢の内容こそがそれだろう。


 足止めまでするからには、そうしなければならない理由が確かに存在しているということでもある。


「ほんとに覚悟どころじゃない、覚悟が要るよ?」

 メラクルは今にも泣き出しそうな顔でそう告げる。


 分かってるよ。

 どんな苦難もあの人と居られるなら受け入れる。


 私はそれに微笑で返した。


「気遣いは無用です。

 公爵の軍が王宮にまで入り込んで……この状況で、何も察することが出来ないほど愚かでは無いつもりです。

 話が通じる段階ならこんな真似するわけがないのです。

 それも引っくるめて、殴ってでもどういうことか話して貰います」


「ああ、こりゃだめだぁ〜。

 姫様覚悟完了してるぅ……。

 あいつ何もかもバラすしかなくなったわ……」


 ゾロゾロと足止めしていたメンバーも集まる。


 私はまたガックリと肩を落としたメラクルの肩をポンっと叩く。

 それがスイッチになったようにメラクルから言葉が漏れ出す。


「……だってさ、あいつ頭いい癖にバカなんだもん。

 自分のこと後回しでさ、人を助けたくせに。


 姫様のこと第一で、自分なんてどうなってもいいやみたいな変な自己犠牲してるって気付いてないんだよ?

 ばっかじゃないのって」

 メラクルはホロホロと涙をこぼす。


 まるで自身の無力さに耐えかねるように、う〜っと泣くのを我慢しながらそれでも涙をこぼす。


 彼女のそんな顔を見るのは初めてだった。

 いつも笑って、怒って、仕事の時はキリリとして、それが彼女だった。


「姫様〜、あのバカを助けてあげてよ〜。

 人のことばかりで自分のこと本当は投げやりで、今も変な格好つけたプライドばかりのあのバカを」


 私は微笑みを浮かべメラクルの背をさする。

「分かってますよ、メラクル」


 彼がそうしている諸々のことが、きっと私を守るためなのだろう、と流石に私も気付いている。

 今、こうして真実から遠ざけようとしているのも。


「だってあいつ、あんなに姫様に愛を囁きながら、自分がここに居ないみたいに……。

 自分がいつか姫様の元から居なくなるみたいに……。

 あのバカは、ここに居るのに。

 やだよぉ〜」


 うんうん、と私は頷いてメラクルの背中をさする。


 そこにちょこちょこと4人が近寄って来る。

 キャリアなんて片足に投網が絡まったまま。


 傭兵団の人が一生懸命外そうとしてくれているのに、引きずりながら動くから外すのに苦労している。


 その向こうでは床に『の』の字を書いていじけてるミヨちゃんの頭を、黒騎士がため息混じりに乱暴に撫でて怒られてる。


「あの〜? なんだかそちらにいらっしゃる方なんですが〜?」


 サリーが恐る恐るそう言って。

 ソフィアがその言葉を引き継ぐ。


「なんだか、メラクル隊長によく似てらっしゃるのですが……?

 隊長って……双子の妹とか居ましたっけ?」


 ソフィアの疑問にクーデルが首を横に振って答える。


「2つ下のしっかり者の弟が居たはず……、コーデリアと同い年の。

 双子の妹とか居なかったはず……弟さんが女装してる?」


 メラクルにはクロウ君という弟が居る。

 いくらなんでも女装してもメラクルと同じ姿にはならない。


 あとふと気付いたけど、エルウィンという青年、どこかメラクルの弟さんと雰囲気似てるわね……。


 キャリアが涙目のメラクルをキッと睨み……睨もうとして、泣いているのを見て少し躊躇いつつ。


「あー、そのー泣いているところ悪いんですが……。

 メラクルタイチョーの偽物め〜、正体を現……。

 ごめん、えーっと偽物さんは、ハバネロ公爵さんとどういうお関係で……」


 最後には恐縮したようにぺこぺこと頭を下げつつ。

 なお、投網がキャリアの片足に絡まったままだけど。

 傭兵たちは投網を足から外すのは諦めたようだ。


「あら? 久しぶりキャリア。

 元気そうで何より……コーデリアは流石に居ない、か……」


 メラクルは少し落ち着き、4人の顔を見てフッと目を細め微笑する。


 4人は同時にズザザザと後退り!

 キャリアは投網に絡まって転倒。

 網がー、と叫び駆けつける親切な傭兵たちに今度こそ投網から救出された。


 私たちさっきまでなんで戦ってたんだっけ?


 そこでキャリアは投網からも抜け出し、4人はメラクルと相対するように並んだところでビシッとメラクルに指を突き付ける。


「メ、メラクルタイチョーの偽物めー!!

 どういうつもりだ!

 正体を現せー!!」

 現せー、と残りの3人も息を合わせる。


 メラクルは目をパチパチとさせる。

 そして顔を私の方に向けて。


「あ、れ……?

 姫様、まだ私のこと言ってなかった?」

「うん、言ったよ。

 言ったんだけどね……」


 通じなかったんだ……。

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