第85話リターン6-あの女が嫌いだった
あの
才能に溢れていて綺麗で明るくて、それでいて優しい。
まだ騎士学校の学生の頃から隣で一緒に居ることも多かった。
だから自分との差を見せ付けられて、いつも比べられているようで。
お前はあの女のようになれないと突き付けられているようで、そんな内から湧き出る嫉妬で。
自分が女であり、女としての情念が隣に居る輝くあの女と影の存在の自分をより鮮明に彩る。
時を共に過ごせば過ごすほど憎らしく思えた。
あの女はいつも優しく笑っていた。
大公国を未来を賭けた任務に人知れず向かう日の前日も、いつものように。
「コーデリア、後よろしくね?」
「何がです? メラクル先輩。また書類仕事ほっぽり出す気ですか?」
そう言うと先輩は目を逸らす。
いつものやり取りだ。
メラクル先輩の部隊の一員なので、隊長と呼ぶべきだろうけれど、私にとって先輩は先輩だ。
特殊任務にメラクル先輩が出発して、私たちは後になって、副長のシーリスさんから先輩が危険な特殊任務に出たことを聞かされた。
どんな任務なのか分からないまま時は過ぎ、ある日、彼女がどうやら任務に失敗したようだと聞かされた。
王国での特殊任務とだけしか聞かされておらず、生死についてはまだ情報がなかった。
彼女はもう帰って来ないのかもしれない。
普段なら合コンの話で盛り上がる仲間たち全員で、彼女が死ぬ訳ないと否定し続けた。
私たちの聖騎士団はその成り立ちが少し特殊だ。
魔導力を持つ実力者の女騎士。
他の国よりも大公国は女性の権利が強いが、それでも騎士団は男社会が中心なのは変わらない。
その中にあって、実力者の女騎士たちを騎士団は持て余した。
そこで本来は近衛の管轄である大公一族の護衛を、近衛隊に女性が少なかった理由から女騎士団を寄せ集めた部隊にて補助するという役割を与えら集められた。
大公国継承権第一位のユリーナ姫様が聖騎士であるため、場合によって女性だけの部隊を組むことも想定されてのことだ。
騎士になりたての頃からユリーナ姫様や近衛隊のローラ様も交えて、女同士で集まって稽古や話をしていて仲が良かったことも影響している。
そのため私たちの部隊は騎士団でありながら、近衛のユリーナ姫様直属のような、そんな特殊な部隊となった。
そんな私たちの隊は騎士団の聖騎士と言えども年頃の娘ばかりで、話の中心は恋の話がとても多かった。
特定の彼氏を持たない主義のキャリア。
ずっと付き合っている彼氏のいるクーデル。
貴族の嫡男からも人気なサリー。
彼氏が絶えたことのないソフィア。
それを取りまとめる凄く美人なのに、モテないメラクル先輩と私を含めた6人が当初の部隊。
副長のシーリス様は騎士団長の伯爵様のご指示で、後から私たちの部隊に合流して来た。
彼女は私たちの集まりには参加せず、一歩離れた後ろから私たちを眺めていた。
そのどこか冷たいような視線はあまり良い気分のものではなかった。
ある時、私はそんな副長に伴われ騎士団長のところに内密で呼び出され、とんでもない事実を聞かされた。
メラクル先輩が大公国を裏切り、ハバネロ公爵の女になったのだと。
信じられなかった。
大公国でハバネロ公爵を好きな者は居ない。
ユリーナ姫様の婚約者だが、彼の噂はあまりに酷かった。
傍若無人悪虐非道。
人の悪い笑みを浮かべ、その赤髪は全てを燃やす火のように。
大公国の隣に広大な領地を持ち、その兵力は2倍以上と言われている。
だから大公国は逆らえない。
大公国唯一の血筋のユリーナ姫様もその公爵の元に嫁がなければいけない。
それはすなわち、大公国を吸収してしまおうということ。
ユリーナ姫様の婚約者の話になると、皆一様に悔しさを滲ませた。
特にユリーナ姫様と仲の良かったメラクル先輩は、本当に自分のこと以上に悔しがった。
そんな訳がない!
私は否定した。
だけど伯爵は嘘を吐くような人ではない。
彼は若くして実力で騎士団長まで上り詰め、大公国への忠誠心も他の類を見ない。
王国が横からしゃしゃり出なければ、彼がユリーナ姫様の婿となり、大公国を継いでいたとまで噂される人物だ。
それからたびたび、私は副長と共に今後の部隊のこと、大公国との未来のこと、そして憎きハバネロ公爵のことについて話をした。
もう少し落ち着いたら、副長シーリスを隊長に昇格して、私を副長にすると話してくれた。
私の剣の腕はメラクル先輩の次。
彼女は防御特化だったが、私は攻撃特化。
攻撃だけならば、騎士団長にも匹敵すると言われたこともある。
伯爵から実力は十分とまで言ってもらった。
少しずつ、私はメラクル先輩が大公国を……何よりも姫様を裏切ったのだ、そう思うようになっていった。
それから暫くして、王国から大公国で随一の嫌われ者ハバネロ公爵が、突然大公国を訪問した。
それと同じく突然、メラクル先輩は生きて騎士団の宿舎にコソッと、帰って来た。
……何故かメイド服で。
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