第86話リターン7-あの女が大好きだった

 私たちは泣いて喜んだ。

 メラクル先輩はどんな任務だったのかは言わなかった。

 けれどある人に助けられて帰って来れた、と私たちにコッソリと教えてくれた。


 メラクル先輩が言った『その人』が誰かは最後まで教えてくれなかったけれど。


 ……でもそれがハバネロ公爵のことだと、私は気付いた。


 彼女はやはり。

 裏切ったのだ。


 そのことに気付いて、私は彼女の笑みが途端に嘘くさいもののように思えた。

 この女は私たちを騙しているのだ。

 この女は私たちを裏切っているのだ。

 この女は騙される私たちを嘲笑っているのだ。


 心に残っていた彼女を先輩と慕う心は、暗い情念が塗り潰した。


 そして、運命の時。

 副長と共に伯爵に任務を言い渡された。


 裏切り者を消せ、大公国のために。


 帝国と王国との緊張状態が高まっている。

 戦争になることはないだろうが、帝国の密偵も大公国に入り込んでおり、その密偵にたまたま遭遇したメラクルは斬られて死んだ、そういうシナリオ。


 さらにこれには裏があり、本当は大公国が仕掛けた暗殺計画に気付いた王国のハバネロ公爵が、王国から逃げたメラクルを見せしめに殺して見せたのだ、と。


 どちらの話も真実ではないが。


 邪神の影響により増え出したモンスターと、それに便乗した山賊の調査のために訪れた大きな崖がある山の中で、私はメラクル先輩と2人になった。


 そのペアになるように私と副長で誘導したのだ。


 私は冗談めかしたように、下に着込んでいた帝国の密偵の服を彼女に見せた。

 薄手の服とはいえ、余分に着込んでいたので少しゴワゴワする。


「見て下さい! 先輩!

 帝国の密偵の格好です!

 偶然、手に入ったので来てみたのです!

 これで密偵調査もお手のものです!」


 私は気付かれないように、殊更にいつも通りの口調でそう言った。

 彼女は何故か苦笑いを浮かべる。


「う〜ん、似てるけどねぇ〜?」

「えー? これ本物の密偵の服らしいですよ?」


 伯爵が帝国から秘密裏に取り寄せた服らしいから、本物のはずだ。

 もしも実行の際に、他の人に見られてしまった時のために着ている。


「そう言えば先輩。

 その魔剣。

 結構良い魔剣じゃないですか?

 ちょっと見せてもらっていいですか?」

「これ? 良いわよ」


 ……私が思っているたよりもずっと、彼女は私を信頼していたのだろう。

 そうでないと大事な剣を相手に預けたりなどしない。


 それに私たちは剣好きのユリーナ姫様の影響もあり、男の話と同様に剣談義もよくしていた。

 魔剣に興味があるフリは自然なことだったのもあるのかもしれない。


 そう言って見せてもらった剣は、ハバネロ公爵の所で作られている魔剣に良く似ていた。

 一般にはあまり出回らないが、たまに出回る魔剣よりも造りが良いことも見て取れた。


 良く見ないと分からない場所に、小さな公爵印も。


 疑いが確信に変わる。

 だから私はその剣を彼女に向けて抜き放った。


 一撃で殺してあげる。

 それが私の優しさだ。


 私の中の僅かな逡巡しゅんじゅんさえも心の中から吹き飛ばすために、全力で抜き放った勢いのままに、剣を斜めに振り下ろす。


 魔剣には魔剣で防がないといけない。

 彼女の手には魔剣はない。


 ……だから、彼女がこの剣を防ぐ術は、ない。

 彼女には何が起こったのか分からないはずだった。


 斬り殺そうとしているのは、貴女を殺すのは私だ。

 ……なのに、その刹那、彼女の表情は。


 どうしてそんな悲しそうな顔をするの?

 どうして私を心配するような目で見るの?


 彼女の唇が動いた。


『ごめんね?』と。


 何がだろう?

 聞きたくない!

 見たくない!


 その顔を、その声を聞きたくなくて、振り払うように私は目を閉じて。


 剣は、振り抜いた。

 振り抜けて、しまった。

 魔剣が何かに当たる感触はあった。


 閉じていたのは、一瞬のこと。

 目を開くとまるで時間がゆっくりと流れているとでもいうように、崖から落ちていく彼女の姿。

 

 彼女の表情は、もう見えない。

 魔剣にも大地にも血が付いている。

 もう……、助からない。

 自分が斬り殺したのだから。


「あああぁぁぁ……。

 アアアアアアアアア!!!!!!!」


 泣き叫ぶ私のそばに副長シーリスが来た。

 近くで様子を見ていたのだろう。


 私から帝国の密偵の服を剥ぎ取り崖から落とし、証拠を消す。


 大地についた血痕と血の付いた公爵家の剣を証拠として残し。


 集まって来たキャリア、クーデル、サリー、ソフィアに副長が痛ましげに事情を語る。


 彼女たちは半狂乱に泣き叫ぶ私を見て、メラクル先輩が死んだことを、何者かに殺されたことを事実だと知る。


 真実を知ることなく。


「……先輩! メラクル先輩!!

 なんで! なんでぇぇえええええ!!」


 なんで私が彼女を殺さなければいけなかったのだろう。


 なんで……私は彼女を。

 殺したのだろう。







 メラクル先輩はモテない。

 何でモテないのって?


 変な男に引っ掛からないように、私たち皆で阻止してからですよって。

 そう言ったらきっと、うがーとか発狂しながら。


 でも結局、ため息混じりの優しい笑顔でしょうがないなぁ〜と許すんだろうな。


 でもね1番の理由は、メラクル先輩が男の人に素を見せないからですよ?


 いつも隙も見せずに微笑んで、高嶺の花過ぎて男どもが気後れしてるんですよ?


 気付いてます?

 気付いてませんよね。


 ……本当はあのひとが大好きだった。

 茜色の髪をなびかせる姿がとても綺麗だと思った。


 尊敬していた。

 憧れていた。

 誰よりも信じていた。


 あのひとの笑った顔が大好きだった。

 最期まで笑っていて欲しかった。


 その笑顔を永遠に奪ったのが自分だとしても。

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