第50話エピソードメラクル
公爵領に帰り執務室で仕事をしている時にアレクが報告にやって来た。
人材不足のハバネロ公爵領、少しずつ人は雇っているが急激に有能な者が増える訳もない。
当然、アレクも衛兵だけに専念させるという訳にもいかず、今回、アレクには諜報活動の統括も行ってもらっていた。
超過業務であるが、どうにかこなしてくれている。
彼は静かに、俺にこう告げた。
「大公国へ潜入している諜報部よりご連絡です。メラクル嬢が亡くなったそうです」
それを聞いて俺は動かしていたペンをゆっくり止めた。
「そうか。どのように?」
すぐにペンの動きを再開し、書類に自らのサインを書き込む。
「任務中に帝国の密偵と思わしき何者かに不意打ちにより魔剣にて斬りつけられ、死体は川に落ち……浮かんで来なかったそうです。
彼女の部下が見ていたそうです」
アレクの声はなおも静かに響く。
感情を乗せないように気を付けているのだろう。
彼もまたメラクルに関わっていた1人だったのだから。
「そうか。下がって良いぞ。
……ああ、そうだ。サビナ、この書類をセバスチャンに頼む。
それと整備に出しているサンザリオン2の調整の進捗を確認しておいてくれ。
それで今日は帰って良い」
サビナに一枚の書類を差し出す。
受け取ったサビナの声と手は僅かに震えていた。
「閣下、それは……、いえ……分かりました。
何かあれば即駆けつけます。ご自愛を」
そう言いながらもサビナは立ち上がり、一瞬口元を抑え、されど静かに敬礼を行った後、ゆっくりと慌てず部屋から出た。
その瞳からは涙が一筋流れた。
それを見送り、アレクもまた僅かに瞑目し敬礼をして部屋より立ち去った。
サビナとアレクが部屋を出て1人になると、俺はおもむろに立ち上がり部屋の中を歩き、ソファーの背もたれに触れる。
あのポンコツ娘はここに座って、仕事をサボって茶を飲んでいたな……。
俺が覚醒してから、初めて出会い、僅かだが仲間と呼べる時間を過ごした。
魔導力は纏わず全力で壁を殴りつける。
それでもバキッと音を立てて壁に穴が出来る。
俺は……初めて仲間を失った。
「だから、気をつけろ、と……」
俺は甘かった。
アイツも俺も最初から詰んでいた。
だから一切の油断など出来る状況ではなかったのだ。
温かい時間を過ごした。
笑い合い、馬鹿を言い合い、周りを取り巻く状況は厳しくとも、上手くいくようなそんな気すらしていた。
破滅はいつでも俺たちの隣に居たのだ。
そんなことも、分からなくなっていたのだ。
「メラクル……」
またねと大きく手を振って別れた仲間。
彼女は何を思っただろうか。
懐に入れていた、金属片を通信する時のように指でいじる。
「……だから気をつけろと、言っただろ?」
分かってるわよ、またね!
……あの時のように通信に応える声は、ない。
「パールハーバー伯爵……」
あの日の大公国での奴の目を思い出す。
やったのは奴で間違い無いだろう。
帝国の密偵というが、馬鹿正直に帝国がそれと分かるような行動を取る訳がない。
襲ったのはパールハーバー伯爵の子飼いなのだろう。
なんのことはない。
メラクルの部下の中に彼女を害した奴が潜んでいたのだろう。
パールハーバー伯爵の指示で。
「……仇は取る」
今すぐに叩きのめしたいが、今はまだ自身の身の安全すら確保が難しい。
いつか、その時まで……。
これが……復讐を願う者の気持ちか。
これの何万倍という多くの怨嗟がハバネロ公爵を覆っているのだろう。
本当は分かっていた筈だ。
パールハーバーの目に、嫉妬だけではなく義憤の炎が燃えていたことを。
俺を消すことで大公国を苦しめる種を一つ減らそうとしたのだ。
そこに俺への嫉妬が混ざってパールハーバーを凶行に駆り立てた。
メラクルはそれに巻き込まれただけなのだ。
ハバネロ公爵という存在は所詮、大公国を襲ういくつもの苦難の一つに過ぎず、俺を排除してもまた別の害悪が大公国を襲うだけなのだが。
俺がメラクルを犠牲にさせないためには、公爵という立場を全面的に利用し、人から好かれるよりも嫌われ者を返上することよりも、成すべきことを選びハバネロ公爵に対する恐怖を利用してでも状況を変えるべきだったのだ。
より嫌われながら、より憎まれながら。
それしか……なかったのだ。
「はは……。
詰んで、るな……」
水滴が目から溢れ、手の甲に落ちた。
馬鹿が、メラクル。
ユリーナを悲しませやがって。
あの日、メラクルと約束した言葉を思い出す。
『嘘付いたら……そうだなぁ……。
世界でも救ってやるよ?』
『約束ね、指切った!』
……悲しませたのはお前だけどな。
ああ、それでも。
世界を救う、その時は深い意味があった訳ではない。
だが、やがて帝国が攻めてきた戦乱が起き、邪神が復活し世界は混沌となる。
多くのものを犠牲にしながら邪神を乗り越えたら……最悪の悪夢が目を覚ます。
ゲーム設定ではオマケ要素と浮かぶ悪魔神。
だが、おかしいのだ。
ゲームでは邪神を超える存在であり、邪神討伐後にそれと『戦えるだけ』なのだ。
邪神を討伐し、ぼろぼろになった世界により大きな災厄が襲って来るが、ゲームはそこで終わり。
つまりゲーム終了後なので、邪神のように勝てる要素としては存在していない。
それが意味するところは……。
このゲームという記憶はなんなのか。
俺はまだ何も知らない。
それでも。
それでも、だ。
「……ああ。約束、だったな。
世界を、救ってやるよ」
例え世界を覆うほどの絶望の悪夢からであろうとも。
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