第133話メラクル◯◯◯◯化計画

 帝国と王国との和睦は即座に決まった。


 帝国は敗戦の痛手ゆえ。

 王国も結果だけ見れば完勝でも、主力が大敗北したこともあって早急に和睦となった。


 賠償について多くは求めない方向になったのは、勝利の立役者である俺の意見と帝国のなりふり構わぬ暴走を引き起こしてしまうことを恐れたためだ。


 仮に公爵軍抜きで再度戦争が発生すれば、帝国の勝利は間違いないのではないか、そう王国の貴族が思ってしまったことでもある。


 俺は公爵領には戻らず、王都で早急に片付ける戦後処理を急いだ。

 これ一つで飢える民の量が極端に変わる。


 戦争はその直接被害よりも、事後も含め貧困や病気や混乱による死者の方がよっぽど多いためだ。


 日々大量の報告とそれにまつわる決済。

 軍閥派の貴族が軒並み戦死し、王国の役職に大きな空洞が出来、その穴埋めもままならぬ中でその多くを生き残った貴族が代行している。


 また第2、第4王子の戦死も正式に発表され、王が悲嘆にくれて執務を滞らせているのも大きい。


 老害がっ!


 そのせいもあって、大々的に戦勝を大いに祝い、勲章の授与が飛び交うはずが、そのほとんどが据え置きのままである。


 もちろん、それだけが理由ではない。


 今大戦のほとんどの戦いに於いて、勲章を与えられるほとんどを公爵家が独占しまいかねない。


 そのため、勲章好きの貴族や騎士たちが二の足を踏んでいたりするためでもある。


 いずれにせよ目の前の業務に忙殺される日々。


 帝国宰相オーバルとの戦いで得た情報と事後処理のため大公国に直接戻ることのみが書かれた、堅〜い報告書のような端的な、一応俺宛のユリーナからの手紙を何度も読み返しながら俺は頑張った。


 そんな感じの感情を排したお堅〜いお手紙が大戦後、定期的にユリーナから届くようになったが、婚約者に対するような色気のある内容はどこにもない。


 堅い! 

 堅いっすよ、ユリーナさん!!

 辛いっす。


 そんな中、俺は待ち望んでいた別のある報告を受けたので、いよいよ俺は例の計画を実行に移すことにした。


「ハバネロ〜?

 呼んだ〜?」


 メラクルがあいも変わらずノックもせずに茶を運ぶワゴンを押しながら、俺が王宮で臨時で使っている執務室にやって来た。


 英雄となったはずのメラクルも聖騎士としての勲章も据え置きのまま、メイド服で王宮内の雑事を手伝っている。


 当人は勲章を与えられる立場なのを分かっているのかどうか……。

 今も積極的に俺のお茶を用意しているところを見ると、全く分かっていない気がする。


「うむ、これから王都でも評判の絵師と商人、それに仕立て屋が来るから」


「ほいほい。

 誰かの肖像画を作るのね?

 ということは誰かそれなりの人を世話するのね、もしかしてハバネロの肖像画でも?」


「んにゃ、お前」

「そっかぁ〜、私かぁー。

 肖像画とか初めてだなぁ……。

 ……はい〜? 私!?」


「そ、お前の」

「な、なんで……?」


 クックック。

 俺は椅子から立ち上がりメラクルの隣へ。


 そしてポンッと肩を叩く。

 何故かビクーッツと猫が驚いて毛を逆立てるように真っ直ぐ直立不動になる駄メイド。


「お前もこれで……」

 クククと俺は笑う。


「何、何なの!?

 何が言いたいの!」


 メラクルは後ろに下がりながら、俺から数歩距離を取る。


 ククク……。

「残念だが運命からは逃げられん……」


 俺は口の端をニヤリと吊り上げる。

 顔を蒼白にしながらメラクルはついに。

「いやぁー、いやぁあああああ!!!!!」







「は〜……、綺麗なお肌ざますねぇ〜」

「だろ?

 俺の目に狂いはない」


 椅子に座りポケ〜っと放心しながら、メラクルはやって来た化粧師の筋肉ムキムキマッチョで心は乙女のカーター氏に化粧をされるがままとなっている。


 俺はその横で仁王立ちで立ち口の端を吊り上げる。


 カーター氏は王都でも有名な化粧師だ。

 美を追求し続ける求道者として王都でもそう簡単に予約が取れない。


 今回、そのカーター氏に仕事を依頼したのだ。

 口説き文句は、世界初にして最高のアイドルを作ってみないか、と。


 その彼……彼女から了承を得た事でこの計画は一気に佳境を迎えたのだ!


 化粧をされるメラクルの周りでは、仕立て屋のおばちゃん集団が採寸していく。


「この娘、化粧映えしそうざますねぇ……これは……化けるわよ!」


「クックック、思うようにやってくれ!

 今日、この日より世界を代表するアイドルメラクルが誕生するのだ!」


 すでに絵師のチームが画材やら、道具をセットしながら入念な段取りの準備。

 書かれた絵は複製され、王都で1番の商人により流通される。


 すでに例の会見の際に、帝国と教導国にも話は済んでいる。

 お互いに損になる話ではないからだ。

 教導国には聖女という権威があるので、聖女とは対立しない聖騎士としてのアイドルであることもポイントだ。


 例のシロネが言っていた勇者計画の聖騎士候補とかいう奴は、見た目が良くても人格的に問題があり、教導国としても女神教を伝達するためのプロパガンダ、つまり広告媒体とは不適格だった。


 帝国も帝国内に蔓延っていた略奪を行うような不届きな連中や邪教の使徒が居たが、この大戦により聖騎士メラクルにより正され、戦後は正道に戻ることをアピールする。


 しかも帝国が正道に戻る際に大司教が立ち会っているとなれば、教導国としても文句はない。


 大戦が起こったことを特定の連中の責任とし、戦後との区別をつける狙いもある。


「どうしてこうなったのぉ……?」

 現実が理解出来ずに、カーター氏にされるがままのメラクルはポツリと呟く。


 俺はそんな駄メイドが、ポケ〜としたまま化粧で整えられていく様を見ながら見たままを呟く。

「やっぱ、お前って美人だよなぁ」


 そう感心すると、メラクルは目を見開き何故か慌てたように足をバタつかせた。

 そして心は乙女のカーター氏に怒られる。


 そこにアレクがやって来て報告を受ける。

「すぐに行く。

 それとロルフレット殿を呼んできてくれ」


 捕虜となったロルフレットだが、帝国との終戦が締結されたことにより解放され一時的な客人扱いとなっている。


 もうじきすれば帝国に送り返されることになる。


 途中でサビナとも合流して執務室に戻り待っていると、アレクがロルフレットを伴ってやって来た。


 俺は彼にソファーを勧め、俺も対面に腰掛け彼に告げた。


「……ゼノン皇帝陛下から、俺の方に皇女殿下を嫁にとの打診があった。

 それについて正式に返答を返した。

 その結果、皇女殿下の嫁入りが決まった」


 ロルフレットは何も言わず、ただ何かに耐えるように天井を見上げた。


 そして、地獄の底から声を出すように、ほんの一瞬だけ苦渋の表情を浮かべ、絞り出すように俺に言った。


「……何卒、姫をお願い申し上げます」

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