第132話帝国皇帝ゴンドルフ・ゼノン
以前に俺がここを訪れ、ナニをしたのかはともかくとして……。
ナニって何だよ?
ナニもしてないぞ?
思わず自分の思考に自分でツッコミを入れる程度には混乱しつつ。
ゲーム設定に関係なく、以前から俺は大戦前からここの存在とゴンドルフ・ゼノンの関係性を知っていた。
だからゲーム設定の『俺』も大戦末期、逃げた皇帝を真っ直ぐに追って行けたのだ。
そして、この教会を焼き払い皇帝を殺した。
皇帝を庇おうとした先代聖女を迷いもなく切り捨てながら。
もっともゲーム設定の『俺』は、先代聖女と皇帝との間の過去まで知っていた訳ではないが。
「……クレリスタ殿。
後日、話を聞かせてもらいたいがよろしいか?」
今はあまりに時間が足りない。
やるべきことが山のようにある。
大戦の終結。
それが成れば、各所への調整。
戦後という名の後始末。
……それに。
「ええ、私の答えられる事であれば」
クレリスタはふわりと笑う。
その笑みを見ると、自然と俺自身が先代聖女の前で懺悔をするような気持ちになってくる。
……似たようなものか。
ハバネロ公爵としての行いが、今ではもう他人事ではない感覚がある。
もしも俺がゲーム設定のような状況なら、どれほどの犠牲を払っても大戦に勝利することを選んだだろうから。
その先に破滅しかないなんて、詰み過ぎる!
……ま、今と変わらないか。
むしろ俺個人に限定すれば、現状は『今の方が悪い』のだから。
「その時は頼む」
俺はそう言葉を紡ぐ。
そして深く息を吐きながら、一度だけ目を閉じる。
そう言いながら俺には『その時』が残されているのか、自信はなかった。
案内されたフロアにはすでに人が待っていた。
「お待たせした。
トルロワ大司教。
そしてゴンドルフ・ゼノン皇帝陛下」
トルロワ大司教はいかにもな司祭服に白い豊かな髭で、にこやかな笑みを浮かべている。
ゴンドルフ・ゼノンは筋肉隆々の偉丈夫で、顔にはいくつもの戦での傷と年相応の深い皺が刻まれている。
俺は足を止めたが、鉄山公はそのまま止まらず進み皇帝の斜め後ろに立つ。
あくまで自分は皇帝に付き従う者と愚直ながら態度で現して見せたのだ。
俺はその実直な姿を鉄山公らしいと思った。
「待っていたぞ、ハバネロ公爵」
皇帝の声は低く王者の風格は、敗戦である今この時であっても少しも損なわれていない。
そんな皇帝に俺は
「帰れよ」
「……何?」
突然の俺の言い様に、皇帝は訝しげな顔で俺を見返す。
「邪教集団の幹部なんて怪しい宰相なんてもう雇わずに、アホな野心なんて持たず帝国を良い国にしてろ。
邪神が出たら力を貸せば良いから」
俺がオブラートに包まない物言いを突然し始めたので、教導国から招いた大司教もおやおやと。
目を丸くして驚きを表現しているが、同時に面白いものを見たとでもいうように興味深そうにしている。
「そんなことが今更……」
皇帝が言い返そうとするところを俺は遮るように畳み掛ける。
「飲みこめよ! テメェが起こした『罪』だろうが!
老害発揮してねぇで、大人らしく若いもんに道に譲る気概を見せろって言ってんだよ!」
そもそも、だ。
皇帝が最初から断固として、戦争を反対してくれれば良かったのだ。
それが無理な状況だったのだろうとは分かっていても、俺にこれから襲いかかるモノを思えば止めようと思っても激情に駆られてしまう。
どうせこの場で本音を言わなくとも俺の未来は変わりはしない。
どうせなら、本音をぶちまけてしまおうということである。
「しかし……」
「しかしもカカシもねぇ。
だったらテメェはサントスの丘で帝国騎士一万を全て生き埋めで殺した方が良かったって言うのか?
帝国だけじゃねぇ、これからの未来を守る奴らを全員殺して、それで今この場でテメェを殺して、そんな悪夢みたいな未来が見たかったのかよ。
俺はアンタたちに賭けたんだよ。
悪夢は『もう』ごめんだ」
……そうでなくても俺は散々詰んでたってのによ、何やらしてんだよ。
それはどこかの記憶。
ゲームという名の、ハバネロ公爵の記憶。
サントスの丘で捕虜にした万の帝国兵を生き埋めにして、邪神そして悪魔神に対抗出来る戦力を帝国から根こそぎ奪った。
ゲーム設定では、世界から最初に消えたのはやはり帝国だった。
その原因を作ったのは……俺だった。
……世界を救うのはさぁ。
俺やお前みたいな……同じ人間の血に塗れた王や英雄なんかじゃなくて、ただ1人でも誰かを救おうとする勇者にこそ似合うもんなんだよ。
俺たちは救いたければ、そいつらの邪魔をしないようにただ道を切り拓いてやる。
それだけで良いんだ。
……それしか出来ないんだよ。
その言葉は言わなかった。
だけど皇帝にはその言葉こそ通じた気がする。
「始めから間違っていたという訳か……。
若造に諭されるとはな」
「ジジイの間違いを正すのはいつも若者だよ。
……あんただってそうして来ただろ?」
かつての帝国で。
物語のような英雄伝の中で。
ゴンドルフ・ゼノンは旧世代の間違いを正し、皇帝にのし上がった。
「……そうだな」
紡がれた想いを引き継ぐと共に、古きを壊し新たな道を模索する。
そうして一歩ずつ、時に半歩ずつ下がりながらいつでも人は歩んで来た。
時には信じられないような愚かなモノが世に溢れて来る。
そんな時もそこから時には全く関係のないところから、新しい何かが生まれた。
それが人の、人々のサガだ。
それを歴史と言う。
「……王家の暴力装置、暴君ハバネロは健在だったという訳か。
平原より真っ直ぐこの地へ逃げて来て、お待ち致しておりました、と王国の公爵の手の者に出迎えられた時、嫌でも悟ったよ。
勝てる訳がない、とな。
あの帝国を統一した頃ですら、お主のような化け物はおらなんだよ。
……なあ、友よ」
皇帝は鉄山公の方を向き、男泣きしながら同意を求めた。
「……陛下」
鉄山公は皇帝の言葉にそれだけを返し、感極まったように仁王立ちで男泣きを見せる。
俺は心から思う。
なんぞ、これ?
俺と皇帝が話した内容はそれだけだった。
後は、教導国から招いた大司教を調停者として、帝国と王国の間で休戦が決まり、すぐ後に終戦になることを約束し合った。
大戦がどう転ぼうとも、終戦に持ち込めるようにモドレッドを教導国に送り、仲介してもらえるように働きかけていたためだ。
王国が完勝した影響もあり、最終的には今回の件の最大の戦犯は邪教集団に染まっていたオーバル宰相となり、帝国は2度と邪教に誘導されることのないように教導国の教会の者の指導を受ける。
その一環として、先代聖女クレリスタがゴンドルフ・ゼノンに嫁ぎその側で監視することになった。
これにて帝国は教導国、如いては女神教の影響を強く受けることになる。
その話を提案された皇帝は、若造に良いようにしてやられた悔しさからか、大変複雑そうな顔で俺を睨んで来たので、俺は口を挟まず目を逸らしておいた。
20年以上も前、帝国の英雄伝のおり先代聖女と未来の皇帝が恋仲であったことは、ゲーム設定を通した俺以外には、当時を知る少数以外は誰も知らないことだったからだ。
こうして、帝国と王国の大戦は終わった。
そうは見えない形の中で、俺の『詰み』が確定されながら。
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