第131話先代聖女クレリスタ

 皇帝が居るのは、帝国と王国の境。

 霊峰山に囲まれ、その合間に建てられた女神教の教会。


 そこに到着すると同時にユリーナ達につけていた密偵から連絡があり、彼女たちは無事に帝国宰相の討伐に成功して、現在は船にて南下して大公国への帰路についていると。


「閣下、ユリーナ様に途中でお会いにならなくてよろしかったのですか?」

 珍しくサビナがそう言ってきたが、俺は静かに首を振る。


 とても残念ではあるが、そんな余裕は無いし何より俺は……。


 僅かに目を伏せ、少しだけ笑みを浮かべる。

「……機会があれば、な」

 サビナにそれだけを返事をする。


 サビナはそれ以上は何も言わず、一度だけ目を伏せるだけだった。


 大多数の兵は教会の手前で待たせ、俺たちはカリーとコウ、エルウィンは残して他の主だったメンバーと護衛10名ほどで教会に向かう。


 主だった者とは言ってもザイード、シロネは義勇兵がおかしな事をしないようにお留守番だ。

 鉄山公には共について来てもらう。


 俺たちが教会に向かおうとすると同時に、教会の方からモドレッドが出迎えに来た。

 俺はそのモドレッドに声を掛ける。


「お前がここに居るということは、上手くいったということだな。

 ご苦労だった、悪いが案内を頼む。

 サビナ! モドレッドと共に先行してくれ」


 モドレッドは深く頭を下げる。


「了解致しました。

 ……それと閣下。

 王都と例のこと、報告がやって来ました」


 俺は歩みを止めモドレッドをチラリとだけ見て答える。


「……そうか。

 その反応を見るに予想通りだった、というわけだな」


 モドレッドは答えない。

 それが返事だ。

 俺は軽い笑みで、そんなモドレッドを慰める。


「モドレッド。

 大戦終了後、即時サビナと祝言を挙げろ。

 人は土地に帰るのではない、各々の大切な人の元に帰るのだ。

 ……お前たちには苦労をかけるな」


 アルクたちにも振り返り、そう告げた。


「何のこと?」

 1人メラクルはキョトンとした顔で首を傾げる。


「……お前には今度説明するよ。

 まあ、頼みたいこともあるしな」


 少し離れた位置でついて来ている鉄山公は特に何も言わない。

 こちらの事情なので、関わるべきではないことは分かってくれているようだ。


 メラクルは納得はしていない顔をするが、今は皇帝との会談が先だと告げると引き下がった。


 事実、大戦はまだ終わった訳ではないのだ。


 教会は高台にあり、そこからは周りの景色を一望出来る。

 高台を登り切ると、中年の……しかし年齢を感じさせない柔らかい雰囲気を持った女性が出迎えてくれる。


 彼女こそ先代聖女のクレリスタだ。


「ようこそ、ハバネロ公爵様。

 お待ち致しておりました」


 ふんわりとした優しげな笑みを浮かべ、目の前までやって来る。

 彼女の笑みに裏はない。


 あの日、彼女をこの剣で刺し殺した生々しい記憶。

 燃え盛る炎、崩れ落ちる目の前の教会。


 突如湧き出た生々しい記憶に俺は片手で顔を抑える。


 違う! 下がれ、アレはゲームの記憶に過ぎない。


 不意に、俺のもう一方の手に誰かが触れた。

 クレリスタだ。

 彼女は俺の手を取り、包み込むように手を重ね告げる。


「……良いのです。

 私はあの日、殺されると分かって立ち塞がったのです」


「……貴女も記憶が?」

 クレリスタは静かに首を横に振る。


「公爵様の記憶に触れたに過ぎません。

 今の私にはもう、そのように未来を見通す力はありません」


 それはどういう……。

 それを尋ねる前に、彼女はすぐに俺から離れきびすを返し、案内するように奥へと進む。

 その後ろ姿に俺はそれ以上、尋ねる事は出来なかった。


 彼女、クレリスタとゴンドルフ・ゼノンは数十年の昔、この教会で出逢った。


 そしてゲーム内ではこの場所で……共に殺された。

 他ならぬ『俺』の手で。


 クレリスタを追いかけると、歩きながら彼女は話を続けてくれた。


「……かつて、私はゴンドルフが皇帝になると預言しました。


 ですが、そこから先、彼の未来について預言することは出来ませんでした。

 当然です、未来は絶え間なく変化します。

 誰かの思考、行動、あらゆる可能性がそこにあります」


 20年程前、帝国は後継者争いから端を発し長い内乱状態にあった。

 英雄の時代と人は言う。


 その中で現在の皇帝ゴンドルフ・ゼノンは皇族であっても、帝国継承権からいって末席に近かった。


 それをいくつもの英雄同士の戦いを経て、帝位の頂点へと上り詰めた。

 その時期にゴンドルフの傍らに居た女性の1人が先代聖女クレリスタであった。


 彼女もまた彼の仲間の1人であった。

 ゴンドルフが帝位についた後、聖女であったクレリスタは彼と結ばれることはなく聖女を辞めて、この教会にひっそりと引き篭もった。


 この知識はゲーム設定にはない。

 大戦前、帝国の隙を探すために得た情報の1つだ。

 ゲーム設定が未来予知だとしても、こんな風にいつも情報が足りない。


 そこにまるで俺の思考を読んだかのようなタイミングで、クレリスタは言葉を紡ぐ。


「いくつもの可能性を内包し、計算し論理でもって繋げ一つの可能性として見せる、それが黙示録のゲームとアニメ。

 かつて貴方がここから持ち去ったものです」


 ……まったく覚えがないぞ?

 元聖女、さらりとトンデモナイコト言わなかった?

 ねえ?


 なんで黙示録、俺が持ってることになるの?

 持ってないよ?


 ちょっと振り返ると、俺からゲームの話を聞いたメラクルとサビナが驚きに目を丸くしている。


 俺と目が合うと、メラクルはバンバンと何度も肩を叩いてくる。

 イテェ〜よ!


「ちょちょちょ、ちょっとゲームよ? ゲーム!?

 何よ、あんた、自分で……」


「覚えてねぇよ」


 ぶっきらぼうに言い捨てるようにそう言ってしまった。

 メラクルは何故か、叱られた子供のようにシュンとなり。


「……ごめん」

「あ、いや、うん、俺の言い方がキツかった。何度も言うが今はともかく大戦を終わらせることだけ考えよう」


 シュンとするメラクルを慰めるために、その柔らかそうな髪質の頭を撫でようとして手を引っ込める。

 淑女の頭にそう容易く触れるものではないからだ。


 この駄メイドは淑女っぽくはないけれど、よい年頃の娘だからな。


 もちろん娘という年だろうか、と疑問に思わなくも……。


「……あんた、今、下らないこと考えなかった?」

 ギロッとメラクルが睨んでくる。


「ン? ナニモ? キノセイダゾ?」

 何故、分かる……!?


 適当にひきつり笑いで誤魔化しつつ俺は再度、元聖女の後に続く。

 グルグルと頭の中を失った記憶の謎が巡るが、今はその思考を奥底に押し込めた。

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