第130話ありがとよ

「……私、あんたを敵に回したくないから、敵対しそうなら先に言ってね?

 降参するから」


 戦う前から降参とはこれ如何に?

 俺は僅かに苦笑するに留めた。


 降参されては困る、とは口にして言うことはない。


「何よ?

 何か怪しいわね?」

 ジト目でジロジロと俺の顔を見てくる。


 そんなに顔を近付けるな!

 しかしほんと整った顔してんなぁ。

 なんでこれでモテなかったんだ?


 真っ直ぐで聖騎士らしい綺麗な心で。

 だからあの日、お前は俺を暗殺しに来たんだよ。


 そんなお前に敵対されるんだから、その時の俺は余程間違ったことをしたんだろうな。


 俺を見て何を感じ取ったのか分からんが、突如、へにょっと眉を下げ。


「……うそよ。

 そもそも敵対しようとすること自体、絶対に無いから」


 なんで突然、そういう結論に至ったのか分からんが、俺はいつもの笑みを浮かべて、ありがとよ、とだけ告げておいた。


「本当だから!

 だから、そんな顔しない……」


 何故、そんな心配そうな顔をする?

 そんな顔って、どんな顔だよ。

 むにむにと自分のほっぺをマッサージ。


「……ねえ、前から思ってたけど。

 あんた本当にハバネロ公爵なの?」

 メラクルが疑いの……というより、困ったような顔でそう尋ねる。


 それから自らの両側のこめかみを人差し指でクルクルさすりながら、むーんと唸る。

 悩んでいるポーズらしい。


「前にも言っただろ?

 本物だよ、ってお前も分かってたんじゃないのか?」


 今更、違うように見えるのか?


「……そうなんだけど、ね。

 私にとってあんたはあんただから。


 だけど、あんたを知ってるから余計に話に聞くハバネロ公爵とあんた……。

 どうしても繋がらないのよ。


 街を焼いたり、大公国を苦しめたのがあんただってのが。

 あれからずっと一緒に居るけど、どう見てもあんたそんなことしそうにないもの」


「公爵領な、豊かなんだよ」

「え?」


 大公国を吸収したいのは王国の本音。

 だけど大公国を豊かな公爵家が吸収して、公爵家がさらに大きくなることは望まない。


 それでなくとも、公爵家が大きくなり過ぎる事を王国は。

 ……王は警戒していた。

 だから、公爵家は『自らの身を守るために』、ある程度の問題を抱えていないといけなかった。


 だから大公国に無理を言って仲良くなり過ぎないようにしたり、公爵家は豊かではないですよ、とアピールすることも兼ねて幾つかの問題を放置したり。


 もちろん、そうやって問題を増やせば当然、真面目にやる者が減り不正が横行する。


 その結果、部下が好き放題。

 悪逆非道な行いも数多くあった。

 その責任は誰か?

 当然、上の者だ。


 事情はどうあれ、そうであるように促した訳だからな。


 それがハバネロ公爵の評価となる。

 まあ、そんな感じに最初から詰んでんだよ。


 ゲーム設定でもそんな流れがあったのだと考えられる。

 今と同様に。

 前と違うのは、ユリーナへの気持ちを隠していないことと、メラクルが居ること。


「ありがとな」

「え?」


「なんでもねぇよ」

 メラクルのこめかみをぐりぐりしながら誤魔化す。

「痛い痛い、メイド虐待反対!」


 悪いけど、後は任せたぞ?


 そこにベテラン伝令カルマン君が報告にやって来た。

「閣下。例の一団が接近しております!」

 ついに来たか。


 さて、道の向こうに土煙が見える。

 例の部隊が接近して来ているようなので、鉄山公には少しだけ釘を刺しておく。


「おーい、鉄山公。

 しばらく待っててくれよー」


 動くなよ、と。

 すると鉄山公は呆れすら滲ませたような顔をする。


 鉄山公は馬から降りる様子もなく、部下たちも武器を取り出す様子もない。


「分かっとるわい!

 お主もそこを動くでないぞ?」

 なんだか鉄山公が投げやりな言い方で返事を返してきた。


「あー、分かる分かる。

 鉄山公将軍もどうにでもしてって気分なんだね……。

 私も覚えあるわ〜」


 メラクルがポツリと呟くが、無視だ無視。

 いつそんな気分になったんだお前は。


 さて、鉄山公が動くな、と言った理由は簡単。

 一応は俺を釘付けにしているということで、鉄山公は役目を果たしているという訳だ。


 動きはしないが口は出すぞ?

 俺は近付く一団に向け、声を張り上げる。


 もう目と鼻の先だ。

 俺がその場でそちらを向き剣を振りかざすと、全軍が一斉にそちらの方を向き抜剣。


「卑劣にも我が軍の横っ腹の食糧を狙う野党の如き帝国軍に告ぐ!

 降伏せよ!

 降伏する者は帰りの食糧と共に安全に帰国の途につけよう。


 されど! 愚将アルモンドに付き従う者にはこの王国公爵ハバネロ、一切容赦はせん!

 愚劣な指揮官に従う者よ! 死をもって償え!!

 合図と共に歯向かう者を血祭りにあげよ!!!」

 

 俺がアルモンド率いる帝国軍へそう高らかに宣言した後も、帝国軍は猛烈な勢いで突っ込んでくる。


 突っ込んで来ていたが、突如、その軍が大きく乱れる。


「俺たちは公爵閣下にお味方するぞー!!」


 帝国軍の中からそんな声が上がり、帝国軍が互いに争い始めた。


「え? え? なんで?

 シロネたちが入り込んだの?

 いつの間に!?」


 帝国軍が突っ込んで来ると思い、俺の隣で身構えていたメラクルがそんな素っ頓狂な声を上げる。

 俺は腕組みした状態でその様子を見つめる。


「シロネたちじゃねぇよ」

「へ!?」


 その完全に混乱した帝国軍の背後から、シロネたちと見られる部隊が現れ突撃を開始する。


 アルモンド率いる帝国軍の混乱は激しさを増す。

 俺の正面の視線の先に居る鉄山公は、味方のピンチではあるが動く気配はない。

 鉄山公は自軍の兵に動かぬように手で合図しながら、ため息を吐いているのが見える。


「鉄山公。動く様子はなさそうだな」


 俺の呟きにサビナが珍しくポツリと返事を返す。

「動ける訳がありませんよ。

 もう詰んでらっしゃいますので」

「……だな」

「へ!? え?」


 メラクルさんは分からないようだ。

 まあ、メラクルらしい。

 これで自らが実践する時には、ちゃんと身体が勝手に動くんだろうなぁ。


 俺は内心だけで苦笑しながら、全軍に合図する。


「トドメを刺す!

 全軍、アルモンドを討て!」


 混乱に続く混乱、すでに壊乱状態のアルモンド率いる帝国軍1000。


 最早、その混乱はどうにもならないところまできており、俺の号令と共にアルモンドは討たれ、残りは抵抗することもなくその大半が捕縛されることとなった。


「な、ナニがあったの?」

 メラクルが呆然として俺に問いかける。


 毎回思うが、お前のナニってナニを意味してんの?


「アルモンドの軍に同行してた傭兵団が反乱を起こしたんだよ」

「……またタイミングのいい。

 まあ、傭兵団も機を見るのに敏感じゃないと生き残れないものね」


 分かってなさそうなメラクルに俺は更に告げる。


「何言ってんだ。

 仕掛けてたに決まってんだろ?

 そんなに都合よく裏切ってくれる訳ねぇだろ、傭兵団なんて信用商売なんだから」


 しかも率先して裏切るなんて周りが敵だらけになるから、傭兵団も自分たちが危なくなるだろ?


「へ!? いつから!?」

 メラクルさっきから、『へ!?』が多いな。

 まあ、良いけど。


「最初からだよ。

 大戦始まる前から打診してたんだよ。

 俺と遭遇して、それが撤退の途中だったり兵力が互角以下なら合図と共に裏切れば、報酬を渡すってな。


 負け戦の場合、自分たちの命もそうだが傭兵団に金が支払われないことも多いからな。

 そんな状況になれば乗ってくると思ったからな。

 ま、いくつか仕掛けたうちの1つを使っただけだ」


 それを聞いて。

 メラクルはあんぐりと口を開いた。

「ポンコツ顔になってるぞ?」


 メラクルは口を閉じて、むーんと唸り……。


「……私、あんたを敵に回したくないから、敵対しそうなら先に言ってね?

 絶対、敵対しないけど。」


 なんでもう一度、言った?


 でもまあ、ありがとよ。

 その気持ちで十分だ。

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